「サイバーパンク・買われた奴隷」

 2119年。
 科学技術・資本主義が発展しつくした結果、道徳や倫理と言ったモノは売り飛ばされてしまった時代。
 売れるモノは何でも売れ、買えるモノは何でも買え。資本こそが正義。持つモノが正しく、持たざるモノは間違っている時代。
 俺は、持たざるモノだった。
 
「――四番。十五歳男性。電脳化・義体化なしのフレッシュな素体。労働力というよりは実験用のモルモットに最適な奴隷です。では二十万から……」

 ヨミガハラ市、地下の奴隷オークション。
 その舞台の上で、多くの観客達に値踏みされている全裸の男が一人。
 俺だ。
 名前は無い。昨日まではあったが、親の借金のカタに奴隷業者に売り飛ばされた際、戸籍ネットワークから消されてしまった。
 今の俺は"四番"と呼ばれるオークションにかけられた奴隷。ただそれだけの存在だった。
 
「――二十二万、他にございませんか……?」

 オークショニアの言葉を聞き流しながら、俺は舞台の下の観客達を見る。
 不自然なほど整った顔立ちの男女がいる。ヘルメット状の義体頭にモノアイの人物がいる。子供にしか見えない人物がいる。
 普通の人間なんて、誰もいない。
 それがこの時代だ。普通では乗り遅れる。異常でなければならない。
 誰よりも多く金を、誰よりも多く財を、誰よりも多くの富を――自分さえも改造し、どこまでも貪欲に、高速に走り抜ける者達で無ければいけない。
 そうでなければ――俺のように、全てを失うだけだ。
 
「では決定です」

 カンカン、と渇いたハンマーの音がする。俺の買い手が決まった合図だった。
 俺はこれからどうなるのだろう。
 そんな絶望感と共に、俺は舞台袖へと連れていかれるのだった。
 
●●●

「――君は美しいな」

 俺を買ったのは、全身義体の女だった。職業・義体プロレスラー。サイボーグ同士の素手の殴り合いで生計を立てている人だった。
 俺は彼女のマンションの一室に置かれた。何もせず、ただそこにいる事。それが求められたことだった。
 
「私の機械だらけの身体とは違い――君の身体は100%生まれたままだ。一切の電脳化・義体化が無い。それが、とても美しい……」

 何も無い真っ白な部屋で、全裸の俺がただ体育座りしているのを、彼女はじっと見る。
 俺にはよく分からないが、それで彼女は"癒し"を得ているのだという。
 一度、何が良いのですか? と聞いたことがあった。
 
「人は、生まれたままが最も美しい。そのことを確認出来るのが良いのだよ」

 彼女は奴隷の無礼な質問にも関わらず、真摯に答えてくれた。
 
「この時代。人は電脳化・義体化して――機械に身体を置き換えなければ、生きていけない。時代から振り落とされ、富も名誉も失ってしまう。だから私も全身を機械に置き換えたわけだが――だからこそかな。時折どうしようもなく"生身"を恋しく思ってしまうのだよ。私達が失った生身(モノ)。それこそが最も価値のある物だったのではないか――とね。こうして君を見ていると確信するよ。私達が失った生身(モノ)の、なんと美しい事か――」

 恍惚とした表情で俺を眺める主人。
 それを無表情に眺めながら、しかし俺は胸中で思うのだった。
 
 ――生身に価値があると貴女は言うが。生身では、何も得られず、奴隷に落ちるしかない。そんなものに、どれほどの価値がある――?
 
 持たざるモノが、持つモノに憧れる。結局はそれだけの話なのではないか。
 そんなことを思い、しかしそれはおくびにも出さず――
 何も持たない奴隷は、今日も愛でられるのだった。
 
「サイバーパンク・買われた奴隷」END


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