「全身義体の感じる現実」

 ――僕は全身義体だ。
 
 脳と脊髄の一部以外の全てを機械に置き換えたサイボーグ。
 サイボーグ故に身体能力は非常に高く、タンカーを持ち上げ、ビルよりも高く跳躍し、リニア新幹線よりも速く疾走することが出来る。
 超人、と言って過言では無いだろう。
 その力を持って、僕は国のある諜報機関に所属し、エージェントとして活動している。
 常人には到底不可能なミッションの数々をこなし、国を護っているのだ。
 
 ――しかし時折不安になる。
 
 僕の眼はカメラアイで。僕の耳は集音センサーで。五感は全て、機械のセンサーから電気信号に変換されて脳に届けられる。
 僕は機械を通して世界と接触しているのだ。
 だからこそ不安になる。
 
 ――これは本当に現実なのか?
 
 こうして僕が見ている景色も、聞いている街の騒音も、肌で感じる風の感触も――本物だと、何故言い切れる?
 視覚も、聴覚も、触覚も――所詮は脳に届けられる電気信号に過ぎない。それを偽る事など簡単だ。
 
 ――僕は、本当にここにいるのか?
 
 夢を見ることがある。試験管の中に浮かぶ、電極に繋がれた脳。電極からの刺激で外界を認識していると思っている肉塊。それこそが、僕の本当の――
 
 ――そんなこと、あるわけない。
 
 くだらない夢だ。不安が夢に反映されているだけで、現実じゃない。
 だが、全てを機械を通して感じている僕に――感じられる|現実(リアル)がどこにあるというのだろう。
 
 ――駄目だな、この手の不安を感じることが多くなってきた。
 
 街角でふとそんなことを考えることが多くなってきた。
 また全身義体専門のカウンセラーに通う必要がある。気休めに過ぎないが――気休めでも、少しは不安を感じなくなるという過去のデータがある。
 そんな|現実(リアル)を思い出しながら、僕は家路につく――
 
「全身義体の感じる現実」END
 
 

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