出来事をただ自分の中に保留して黙っていることも可能だが、それでは仲良くなりにくい
夏だからイチャイチャしている中高生をこのところよく見かける気がする。
一緒に下校は、中高生カップルがとる最も基本的な動きの一つだ。
私も中学3年生のとき、彼女を家まで送る形で下校したことがあった。
毎日そうしていたわけではなく、付き合っていた数ヶ月のうち、一緒に下校したのは数度だけである。
その数える程の下校でも彼女の通学路についてはちゃんと覚えられた。
彼女の家の近くには「常光」という表札の掛かった家があった。この家を通過すればもうすぐお別れだという目印に私の中では、なっていた。
本当は「なんかわからんけど、この名字印象に残るから目印にしてるんだよね」と、こういうなんでもない感覚を共有してこそ仲が深まるものなのだろうけど、そんな会話はせず、表札はあくまで私にとっての目印なままであった。
このとき私には、彼女ともっと親密になろうという気が全く無かった。
中3の初め、同じクラスのある女子が「好きな人おらへんの? 好きじゃなくても気になる人とか」としつこく、それはもうしつこく訊いてきた。
ことあるごとに投げかけられるこの質問から解放されたかった私はある日、少し気になっていたクラスメイトの名前を出した。好きというわけではなく、もっと前の段階だった。
それからしばらく経過した頃、しつこい質問の女子がまた私のところにやって来た。やけに昂っている様子で「おい! おい!」と私の肩を掴んで振り向かせ「お前の時代来たぞ!」と言った。文字にすると粗野な感じが強調されるが、本当にこういう喋り方や行動をするパワフルな人なのである。
話を聞けば、先日私が気になる人として名前を挙げた女子が私のことを好きだと言っている、という。
そういう話ならば「お前の時代が来た」はあきらかに言い過ぎているなと思った。
それからまた時間が経ったある日、私は放課後の教室で生徒会の仕事をしていた。
するとそこに、前触れなくドーンと勢いよく乱入してきた者たちがあった。
まず見えたのは、しつこく質問してきたのち私の時代の訪れを告げたパワフルな女子である。この人に引っ張られるようにして、私が少し気になっている相手として名前を挙げた女子、あとはその彼女が属する女子バスケ部のメンバーもいた。
驚いていると、私以外の生徒会メンバーが教室のベランダと廊下にそれぞれ出され、女子グループの方も、私が気にしている相手以外が教室から出て行った。
2人きりにされたところでどうしようもないので、ドアを開けようとしたが、廊下からしっかり押さえられてしまい、しばらく脱出のためにもがいたものの、最後は告白止む無しとなった。
放課後の生徒会室でクラスメイトに見守られながらの告白。言葉にすると、なんとも物語的シチュエーションだ。
誉めているのではなく、つまんねーやつが左手で書いた妄想ストーリーみたいだという意味である。それに巻き込まれたとき私はこれを不服とし、全てのやる気を失った。
この件の難しいところは、私でも彼女でもない第三者が張り切った結果、発生した出来事だという点で、私の気持ちは彼女に対して閉じたが、その責任は彼女にはないのである。それもちゃんと理解した上で、それでも私は彼女に対して鉄壁の防御姿勢を取ることしかできなかった。
2人での下校についても、こういう状況を見かねた周りの女子たちが促してくるままにしたことで、だから習慣にはならなかった。
彼女には秋になる頃、振られた。当然である。
そこからは徐々に校内が受験のムードを帯び始め、気が付けば卒業していた。
中学生のときには知り得なかったのだけど、私が目印にしていた常光という家には、私と同い年の男子が住んでいた。彼は当時、隣町の私立中学に通っていて、このあと内部進学で高校に上がった。
私が受験・入学したのも隣町の私立高校であり、新1年生の教室にて、彼と出会うことになる。
物語に於いては意味のある偶然しか起こらないが、人の生活には、なんの必然性もない、ときめきもしなければガッカリもしない、プレーンな偶然も発生する。
クラスメイトの常光があの表札の常光であるとすぐに気付いたわけではなかった。
高1の冬ごろ初めて常光と遊ぶ機会があり、しかし特にやることも無かったために、その場のノリで常光の家を見に行くことになった。常光も「まあええけど。じゃあ、こっち」と歩き出し、よほど暇だったのだ。
彼に先導されるまま、見覚えのある通りに入ったとき、私の中の点と点が繋がろうとする気配にソワソワした。そうして実際、あの表札が掛かる家の前に着いたときはさすがに高揚した。
一方で、このような物語未満の偶然話を聞かせたとて私以外の人にとっては特に面白くはないだろうとも考え、常光や他の友達にも話さなかった。本当はこういうなんでもないことを共有しても別によいだろうにと、今は思う。
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