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優しくあれる唯一の方法

週末は基本働かない(働きたくない)のだけど、面白い相談が多く週末も家を出がちなここ数ヶ月。
久々に何もない週末に巨大なゲージを担いで妻と猫を引き取りに出かけた。

子猫の三姉妹。うちと妻の実家で手分けして引き取ることに。どんな争いごとでも止めてしまいそうな破壊力。いろんな生き物を作った神様が実在するならば「あんたすげーよ、大した仕事だ」つってビールをいっぱい奢るだろう。

なんか6日くらいかけて世界を作ったらしい神の残りの休日は猫と遊んでたんじゃないか。なんなら水曜日くらいにはあーでもないこーでもないと1日を費やして猫を生み出したんじゃないか?とか考えながら楽しげに戯れる猫たちを眺める。この妄想は仕事の疲れも相まっている。

どの子たちも性格が違う。人と同じで多種多様だ:
言葉を交わせない人と猫同士なのに徐々に信頼が芽生えているの感動する。昨夜は胸に1匹首の左右に1匹ずつとガンキャノンみたいな状態でサラウンドのグルグル音(喉を鳴らす音)を聴きながら眠る…というか眠れず睡眠不足。

週末には妻の母が2匹引き取りに来る。
昨年寿命で母の愛猫が続いて他界してしまった。
その寂しさで猫はもう飼うまいと決めていたらしいが写真を見せると引き取りたいという。僕も絶対その方がいいと思う。

家族というのは命の寄り添いだと思う。
家族が増えるということは大変なこともたくさんだけど幸せなことの方がずっと増える。猫だらけの家で確証もなくそう思っている。

うちの先住ネコのココちゃんが仲良くなりたそうに丸い顔で眺めている。威嚇するわけでもなくふわふわの巨体で近付いて威嚇されるたびに一度引いてもう一度近く。わー優しい子なんだなと初めてわかる。まだ馴染めずションボリしてるのも見てわかる。

人や猫、多様な命の中で生きていると自分もその一部なんだと再確認できる。人生は基本自分主観で進んでいくFPSみたいなもんだから家族が増えるたびに、その子の視点を想像できて生きる糧になるような気がしている。

つまりそれって、優しくあれる唯一の方法なんだと思うのだ。打ち合わせ終えたらまっすぐ家に帰る。家族で猫を眺めてお話をする。なんて優しい世界だろう。

いただいたお金は子どもに本でも買おうかと思ってます。