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トルストイ『戦争と平和 第三部第二篇』読書会(2024.3.8)

2024.3.8に行ったトルストイ『戦争と平和 第三部第二篇』読書会の模様です。

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解説しました。


ロシア正教は、ロシア国民の関係を樹立し、リアリティを創造している

(引用はじめ)

権力が実現されるのは、ただ言葉と行為とが互いに分裂せず、言葉が空虚でなく、行為が野獣的ではなく、言葉が意図を隠すためではなく、リアリティを暴露するために用いられ、行為が関係を侵し破壊するのではなく、関係を樹立し新しいリアリティを創造するために用いられる場合だけである。

『人間の条件』 ハンナ・アーレント ちくま学芸文庫 P.322

(引用おわり)


ボロジノの戦いは、兵力の減少から見れば、ロシアの惨敗であった。しかし、激しい砲撃に怯むことなく、ロシア軍は戦場に立ち続け、フランス軍に精神的優越を見せつけた。経験したことのない凄惨な戦場を目の当たりにして、フランス軍は、統制を失い、支離滅裂なおびえた群衆となりかけていた。


この戦いを期に、ナポレオン軍の権力が崩壊していったのである。多量の血を流しながら谷に転げ落ちる獣のように、ナポレオン軍はボロジノからモスクワに侵攻した。しかし、モスクワのクレムリンに入ってもナポレオンは権力を実現できなかった。

クレムリンでのナポレオンの言葉は空虚で、モスクワ市街でのフランス軍の略奪行為は野獣的だった。彼らには、ロシア人との間に新しい関係を樹立し、新しいリアリティを創造することはできなかった。モスクワには火がつけられて燃え盛った。

それはなぜか?


ピエールの指摘した『潜熱(シャルール ラタント)』がロシアの防壁となったからである。その『潜熱』は、クトゥーゾフが聖像画に跪拝するシーンに最も象徴的に描き出されている。ロシア正教は、ロシア国民の関係を樹立し、リアリティを創造し、防壁を築いたのである。ナターシャの勤行(P.154~155)にもロシア人の『潜熱』が現れている。


フランス革命は、新しい言葉(フランス人権宣言)と新しい政治的結合による権力(ブルジョワの憲法制定権力)を打ち立てた。ナポレオンは、フランス革命によって樹立された新たな関係に、国民皆兵の軍隊を包摂した。さらには、民法を整備して、ブルジョワの財産権を確立し、ブルジョワ市民社会のリアリティを創造した。


ナポレオンが実現した権力空間は、ロシアのボロジノまで及び、そこで、ロシア人の『潜熱』の壁にぶち当たって、崩壊しはじめたのである。ナポレオン戦争を戦う過程の中で、ロシアの民族意識が高まり、ロシアにはロシアの固有の民族意識と宗教意識によって結合された政治的権力の空間が実現されていた。


その政治的権力の空間はボロジノという戦場で、ナポレオン軍とナポレオンという男の正体を暴露し、ヨーロッパで信じられていた彼と彼の軍隊の虚像を打ち砕く凄惨なリアリティ(何万人もの死体 P.539)を見せつけたのである

 

(おわり)

読書会の模様です。


お志有難うございます。