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トルストイ『戦争と平和 第一部第一篇』読書会(2023.11.3)

2023.11.3に行ったトルストイ『戦争と平和 第一部第一篇』読書会のもようです。


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トルストイの『戦争と平和』を解説しました。

私も書きました。

アンドレイの危機意識

伊丹十三監督の『お葬式』や是枝監督の『海街diary』で描かれているような、お葬式を機縁にして、親族の隠されていた感情が明らかになるという場面が、私は好きである。なので、ベズーホフ老伯爵の臨終にあたって庶子ピエールが、正当な相続人として台頭してくる場面は、とてもドラマチックで面白く感じた。

アンナのイブニングパーティーで、顰蹙を買うようなふるまいを無自覚にしてしまうピエールの性格も、アンドレイが、妻のリーザの「私は幸せな公爵夫人です」という意識に安住したふるまいに、心からの憎しみを感じているのにも、私は深く深く共感した。ピエールやアンドレイの心の中に兆し始めた、古いロシアの政治体制とそれに基づいたロシア社会への疑念というものが、私の心に刺さった。

歴史の上っ面しか考えずに、これからの世界に明るい希望を漠然と抱いている貴族の子弟ら、とりわけロストフ家の面々が、この後ナポレオン戦争巻き込まれて、散々な目にあっていく。アンドレイがなぜ、リーザにあんなにも辛く当たるのか? それは、アンドレイにとって心の上で一番近いパートナーでいて欲しい妻が、これから来るであろうロシアの危機への意識から一番遠い人だということが、アンドレイには非常に辛いのである。妻も子も置き去りにして戦地に赴かんとするアンドレイの意志は、危機感の裏返しである。その危機感をぎりぎり共有できるのが、ピエールしかいないのである。

政治体制や社会を根本から変革するのは、革命か戦争であるとするならば、沈みゆく現代の日本国家、日本社会というのも、次に巻き込まれる戦争で決定的な変革期を迎えるのではないか。

私が考えざるをえなかったのはその点だった。

この100年後にはロシア革命が起こり、『戦争と平和』の登場人物の属する貴族階級というのは、ロマノフ朝とともに完全に崩壊してなくなった。その後には、共産主義国家ソ連という、これはこれで別のおぞましい政治体制が成立した。

現代の日本を見ていれば、いろいろなものが崩壊過程に入っているのに、世間は、ロストフ家の若い面々のように、危機感もなく、晩餐会でふざけあってお茶を濁しているような雰囲気である。私はこのことが苦々しいが、何もなすすべがない。ただ、そんな危機感も、私の杞憂ではないかとも思う。

日本が戦争に巻き込まれるかどうかはともかくとも、人間の愚かさが戦争を避けられないものにしてしまうことの予兆を、この『戦争と平和』の社交界の浮ついた人々の様子に感じてしまった。

私も中年の域にさしかかり、年ばかり食ってしまい、ピエールやアンドレイの意志や煩悶や情熱も、もうすでに失いかけている。いろいろ考えても、自分の非力では、なるようにしかならないという、諦めを感じつつある。

だから、私には、遺産を相続しようと目論んで、様々な卑怯な振る舞いをして、結果、自己嫌悪に陥るワシーリー公爵のやるせなさ(P.231)が、非常に印象的だった。50歳の近くなれば、老後のことしか考えないだろう。アンドレイだって戦争に行かなければワシーリー公爵のようなメンタリティーになっていったことだろう。

それはそれとして、戦火の中で、登場人物がどう成長していくのか、非常に楽しみである。


(おわり)

読書会のもようです。

https://youtu.be/ui_jGS-1tmo

お志有難うございます。