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ポー『モルグ街の殺人事件』読書会 (2021.6.4)

2021.6.4に行ったポー『モルグ街の殺人事件』読書会のもようです。

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青空文庫 モルグ街の殺人事件


デジタル・デュパンの奇癖


デバイスの発達で画像、動画、テキストなどで個人データが容易に集められるようになった。そうやって収集されたビッグデータと呼ばれる情報群は、AIで解析され、人間の観察では、導き出せないような人間社会の因果関係を探し当てるようになった。

以前、ビールとオムツは同時に購入されやすいというデータが話題となった。


人間の購買行動の因果を単純に捉えれば、トイレに行くのが面倒くさいので、オムツを履いてビールを飲んでいるというビザール(奇怪)な因果関係が推理されるところである。


こんなビザールが夜な夜な繰り広げられていたら、世間が信じられなくなる。


仮説として妥当なのは、幼い子供を育てている世帯では、外で飲むのは控えて、家で慎ましくビールを飲んでいるということなのだろうが、実は、ビールとオムツの関係はよくわかっていない。

デュパンは、今で言えば、データマイニングや統計情報学の専門家に近いのだが、それだけでは物足りない。彼は、それ以上の人物なのである。

デュパンは、金利で暮らしている都市生活者で、職業を持たない。ぶらぶらしていて、チェスやホイストなど、いろいろな遊びに精通している。古典文学作品や稀覯書を眺めるのが趣味である。

与えられた知性を、目的もなく消費しており、自分の興味のないことはやらない。

能力を国家のお役に立ててこそ、人の道なんて、道徳的なことは考えていない。事件に対して、傍観者的態度で、興味本位で接しながらも、警察以上に見事に、手がかりから事件の真相を再構成し、犯人像を組み立てていく。

しかし、現代はビッグデータを解析するのはテック企業であり、あるいは、テック企業を国有化している中国のような権威主義的政府の技術官僚である。

犯罪捜査も、街角に備えられた防犯カメラや、いざとなったら開示される個人のスマホデータなどが参照され、逃走犯の経路や、アリバイなどは、しすぐに明らかになってしまう。

そこには、ダンディズムのかけらもない。家畜の豚を観察するような味気ないデータマイニングである。

本作では、広告で犯人をおびき出すという手法が使われた。これは、先見の明のある手法で、こっちの方が、恐ろしい問題を孕んでいる。蛇の道は蛇で、結局は、高度な騙し合いである。よりよく推理する者は、より高度な犯罪者の思考に影響されもするし、毒されもする。

ランサムウェアというPCをハックして身代金を奪うサイバー攻撃がある。これは、現代のモルグ街の現れたデジタル・オランウータンである。こういう犯罪を考えるオランウータンの飼い主もいる。

きっと、現代のデジタル・デュパンは、ハッキング・オランウータンの飼い主にさえも罠を仕掛け、おびき寄せ、捕獲するだろう。

そういう人物を、ダンディズムあふれる造形でもって創作し、シナリオを書いてネットフリックスに売りつけて、金を稼ぎたいという野心のある人は、ポーの作品を読み込んだらいいと思う。

とりあえず、私の考えたデジタル・デュパンは、オムツをしながらシャンパンを飲む変態である。

(おわり)

参考記事


おむつとビールはセットで買われる? データマイニングの手法の一つである「バスケット解析」とは

ランサムウェアとは?


読書会の模様です。


お志有難うございます。