見出し画像

農業ドローン普及を阻む行政手続きの煩雑さよ。「デジタル国家創造」の理念は何処へ

現政府の政策の一つに「攻めの農業」があります。新規デバイスやITによる自動制御の活用は、この政策の推進力の一つです。

しかしながら、行政手続きの煩雑化が阻害要因になっている例が残念ながらありました。産業用マルチローター(通称ドローン)による農薬散布の手続きです。本記事ではそれを取り上げますが、なるべくただの愚痴で終わらないよう対応策にも触れたいと思います。

ドローン農薬散布の効能

ハウス栽培では環境が安定しているので電子機器が使いやすく、センシングデバイスを利用した生産管理が既に盛んです。更には工場野菜なんかも普通にスーパーに並ぶようになりました。

一方で日本の農地の大多数を占める露地栽培においては、温度変化・雨・ホコリ・紫外線など精密機器の大敵となる要因が多く、電子デバイスを常設するには環境が過酷すぎます。田んぼの真ん中にはもちろん電源もWi-Fiもありません。案山子の背中に太陽電池で動くIP88対応ルーターを背負わせでもしないといけません。

あらゆる環境に堅牢で蓄電池を積んだ地上センサが直接5Gでインターネットに繋がるIoT時代が待たれますが、ニーズはあってもコストや技術が実用レベルになるにはまだ時間がかかりそうです。そのため、地上センサの活用よりも、降雨や気温データ、GPSなどの衛星情報を使った管理サービスが先行しているように見えます。

しかしながら、「省作業化」、つまり人手削減や作業時間の短縮化という意味では、現技術でも露地栽培で実用レベルに達するサービスが登場してきています。

一例としてGPS情報をもとに自動運転するトラクターが実証実験段階にありますが、これは広く直線的な圃場を大量に持つ農家でないと難しいと思います。つまり大規模農家に適用が限られてしまいます。「こっだの、おらほじゃ使えねぇべ」ってマジョリティ零細農家が冷ややかに受け止めています。

農業の担い手を選別し農地を集約化していくという方針に立てばそれでも良いのでしょうし、そのほうが日本のためになるのでしょう。しかし、日本の非効率農業の元凶とされる零細兼業コメ農家の息子としては、農業にプライドを持って生きがいにする人ならば大小問わず全てに恩恵がもたらされるような技術を望むのです。

その候補となりうる技術のひとつが「ドローン(産業用マルチローター)による農薬散布」です。

ドローンで農薬散布すれば、農家の重労働と健康被害への懸念が減らせます。それだけでなく、ドローンのプロペラにより発生する吹き降ろしの気流(ダウンウォッシュ)によって、植物の根元まで均一に効率よく農薬を散布することができます。

筆者は当初、この気流が強すぎて農作物によっては悪い影響を与えるのではないかと思いました。稲が倒れてしまうのではないかと。意外に水稲においては問題なく、懸念の風がこのようなメリットを生み出すということに感動しました。
単に「作業が早く終わる」だけでなく農薬も減らせてその効果も上がるということだからよくできています。ドローンの機械的特徴が「偶然にも」フィットしただけでなく、農薬散布を専用とするドローンはこのダウンウォッシュの強さ・方向を緻密に計算し設計されているのです。下のサイトはダウンウォッシュの説明が詳しいです。

ドローン農薬散布の課題

もちろん課題もあります。

結局零細農家は不利

上で、農家の規模の大小問わず恩恵を受けられる期待ができる技術だと述べました。ラジコンヘリに比べればコストはずっと下がっています。また、小回りも効くので小さな棚田などにも適用できます。

しかし、散布業務を請け負う側からすれば、やはり広く平坦で連続した圃場で使った方が手間が少なく、危険も少ないので楽に作業できます。そのため価格設定も自ずと「山間部や小面積の費用は要相談」となってしまいます。
多少コスト高でも受けてもらえれば良いですが、効率化を追求すると残念ながら「注文を受けられません」ということにもなります。先祖代々愛着を持って向かい合ってきた我が土地が見捨てられたかのような寂しい気持ちになること、胸中察するに余りあります。農家のじいさんを拗ねさせるとろくなことがありません

散布業者もビジネスでやってますから、これは集落レベルで話し合って依頼を取りまとめて大口発注にするなど、農家側の工夫も必要でしょう。

ドローンの構造上の問題

機械ですから、「技術的にそもそも仕方ない」問題も当然あります。

1.  電池で動作するため大量の替えバッテリーが必要。バッテリーは高いので発電機を回し充電しながら作業。
2. 雨風が強い日は飛ばすことができずに散布予定が狂いやすい。スケジュールに追われた結果、早朝散布、土日散布など労働に負荷がかかる。
3. ドローンと言いながら自動操作では対応できないことが多く、リモコン操作がメインで技術が要る。

これらはある程度は技術の進歩で解決するものと思います。

散布許可を得るための手続きの問題

以前、空撮用のドローンが皇居の上を飛んだとか、城など文化財の近くを飛んだとかで問題になったニュースがありました。法律が追いついていない状態でしたが、今はだいぶ整備され、厳格化されました。それは一般市民の安全を守るため仕方ないことです。前置きが相変わらず長くなりましたが、ここからいよいよ、飛行に必要な資格や手続きについて説明します。

<操縦資格>

産業用マルチローターの操縦は、意外にも国家資格というものはありません。政府のガイドラインPDFに簡単に説明があったのでリンクします。

https://www.maff.go.jp/j/kanbo/smart/pdf/nouyakusannpu.pdf

とはいえ、国でなくても、ドローンを製造・販売するメーカーや民間団体が独自に教習等を設けライセンス制にしています。そりゃそうです。何の対策もなく自分のところで製造する機体を操作されて人身事故でも起こされ、製造物責任で損害賠償請求でもされたら商売になりません。

<国への申請>

飛行・農薬散布のためには、国交相や農水省への許可申請や定期的な実績報告が必要です。
上のPDFにもある通り、個々人から直接国に申請するほか、一般社団法人農林水産航空協会がとりまとめて代行申請してくれるパターンもあります。

国交相への情報提供という意味では、「FISS(飛行情報共有機能)」(https://www.fiss.mlit.go.jp/topというサイトへの飛行計画登録がこの7月に必須化されました。これはあらゆる飛行機体の飛行状況を共有して、事故を予防する取り組みのようです。安全に関わりますから、「登録しねーと権利を剥奪するよ」くらい強制性を発しています。

<県・市町村への申請>

国への申請に加え、県や各管轄自治体に対して飛行計画の提出が必要となります。
特に殺虫成分を含む農薬の散布の場合事前申請が必要で、地域管轄下の農林事務所への計画提出に加え、蜜蜂への被害を防止するために個別に養蜂家に対して計画を通知しなければいけません。そのためにわざわざ県知事宛で養蜂家リストを取り寄せなければいけないのです。
下記は福島県のガイドラインです。

養蜂家のほかにも、小学校の近くを飛行する場合は学校に通知することが努力事項とされるようです。

以上の手続き、文章だけではとても伝わらなかったと思ったので、図にまとめてみたのが下の画像です。

マルチローター農薬散布関連組織関係図(note)


説明しきれていないブロックもあります。登場人物多すぎという点では漫画「キングダム」にも引けを取りません。
ちなみに図中の「NEW」タグは、今年7月から新たに必要になった手続きです。漫画の敵のように倒したらいなくなるどころか、既存人物そのままで次々と新キャラ登場です。「キングダム」というより「ハンターハンター」でしょうか。

手続きは仕方ない。しかし・・・

新しい技術が登場するといろいろな役所手続きが必要になる、というのは仕方のないことです。それが皆の安全や不安解消に繋がるのであれば必要なものだからです。本記事としてはそれ自体を問題としたいのではないのです。

問題なのは、同じような書類をフォーマットを変えて作らせ、複数祖組織に提出(またはシステム登録)させていることです。

<問題1:散布地図>

上で貼り付けた「申請・関係組織」図で、申請の矢印内に地図を示すアイコンをつけました。散布地域を示した地図を提出(もしくはシステム入力)しなければいけない部分です。主に4つあります。

1. 市町村への計画書に添付(電子データ。ファイル種別問わず。)
2. 養蜂家への情報提供で同封(印刷物)
3. 国への実績報告に添付(電子データ。ファイル種別問わず。)
4. FISS登録(ブラウザ上のWEBアプリで飛行場所をマークする)

地図フォーマットの自由度は高く、1〜3は共通化できることに気づきました。
方角や縮尺を示せとか、緯度経度を明記しろとか、詳細図と広域図を両方描けとか、それぞれ求められている要件は異なりますが、「大は小を兼ねる」ですべての条件を盛り込んだ図を作れば良いのだな、というわけです。

とはいえ、そんなに素直な市民にはなれません。湧き出た疑問という名のほぼ愚痴を書きます。

[市町村に出した地図データをなぜ国が共有できないのか]

地方自治体(県と市町村)と国でデータ連携できる提出方法を構築すべきでしょう。
国交相のFISSはWEBアプリで急にシステマチックですが、これは「操縦者間の情報共有」を主眼としているため、入力タイミングも地図の精度も、ほかの申請用途とはマッチしません。
でも結局国がこのようなシステム入力を必須化しているのだから、申請や実績報告も同じようにWEBアプリにでもなんでもして、一発入力で済むようにしていただきたいものです。(なお、FISSはPC不慣れな操縦者のためにご丁寧に「代理入力」の仕組みを用意しています。代行者に依頼したり承認したりとか、へんに芸が細かい!見るからに金もかかってる!!)

[なぜ県から養蜂家の個人情報を取得して個々に通知しなければいけないのか]

県が養蜂家の情報を持っているのなら計画地図を市町村と連携して、県から情報提供してほしいところです。
手間はかかりますが、普通の企業に県が管理している個人情報を渡すのはどうかと思いますし、通知を散布者任せにしていたら、本当に通知したのかどうか県が確かめようがありません。出さなかった散布者に罰則も与えられない、正直者が手間を食う仕組み。養蜂家のためを思って作った申請ならばそこまでやってほしいです。

<問題2:計画・実績報告の書式>

国・自治体ともにExcelフォーマットで計画や実績を提出します。散布日・住所など項目は共通のものが多いのに、書式はバラバラです。
自治体書式に至っては、散布計画一行がセル上は4行になっていて、どの行に書いても気持ち悪い。

スクリーンショット 2020-07-15 20.09.38

仕方なくセルを結合して中央揃えするのですが、国に出す報告書式は1実績1行なので、書式間の単純コピペもできません。テーブル化もできず、これをベースに計画を管理するのにも不向きです。

また仕方なく、別に計画表をエクセルで作成し、そこからマクロで自治体書式シートにデータコピーするVBAを書くのが効率的です。とても無駄です。

役所のデータ処理に対する考えの浅さ

地図データとエクセルの報告書式について指摘しましたが、実際にドローン農薬散布をする場合に全体としてどんな手続きが発生するか、やる側の立場に立ったシステム設計・運用設計ができていない上に、手続きがそうでなければいけない必然性を感じさせないのが問題です。

申請者と役所両者の手間を省くためにこういうフォーマットでないといけないとか、こうすることで必要なデータは国・県・市町村で一元管理されますとか、取り回ししやすくシェアできますとか、そういう「設計上の肝」が見えないのです。

国交省のFISSにしても、WEBアプリとしてはよくできているのに、完全独立システムで都度手入力が必要とか、WEB APIどころかCSV連携も想定されていません。こんなの飛行予定日時、緯度経度、半径をPOSTしたら地図上に図示するなど簡単なはずです。

デジタルガバメントの理念どこへやら

筆者は下記の記事で、政府が掲げる「デジタル化の基本原則」を歓迎しました。

ひとつが「ワンスオンリー」、つまり「何度も同じ情報を出させない」こと。

もう一つが「コネクテッド・ワンストップ」、つまり「情報を官民問わずバックヤードで連携する」というものです。

ドローンの申請ではこれら基本原則無視というわけでしょうか。ドローンなだけにこの原則は宙に浮いたままなのでしょうか。

冒頭に述べた通り、ドローンによる農薬散布普及は農業効率化施策の大きな推進力となりうるわけです。にもかかわらず役所の自己満足的手続きに付き合って非効率な作業をやらされたら、現場はすぐ疲弊します。

養蜂家にカラー印刷した地図50枚を郵送したら一件千円以上かかるわけです。それを50件に送ったら5万円以上です。10aあたり千数百円が相場という事業なのに、結局経費を料金に転嫁するしかないですね。それでは農家が過酷な手作業から解放される日はやってきません。

やってほしいこと

実費負担はともかく、最低限、計画や実績の報告は国・自治体組織で統一したシステムへの入力一発で済むようにしてもらいたいものです。そこから養蜂家に情報提供しようが国交相が安全管理にデータを使おうが、データを汎用的な形でシェアできる形になっていれば何でも来いです。

そして、散布業者で独自に管理が必要な情報(圃場を所有する顧客情報とか、どの社員が散布するとか)は別に企業のシステムなりで管理されるでしょうから、それとシステム的に連携できるよう、HTTPを使ったJSONでもXMLでも、この際独自テキストをFTPでも良いので(古っ)、公開APIを作ってもらいたい。個人情報を登録するわけでないので、有効期限つきの十分に長いトークン文字列でも発行して入力者の識別パラメータにさせれば、セキュリティ的には十分と思います。

500万円もして融通の効かない農薬散布ヘリの独壇場時代を経て、ようやくドローンという手軽なツールが出てきたわけです。ましてや農業と相性抜群。農薬散布だけでなく、映像撮影や温度取得などによる生育管理にも使われるでしょう。普及の道を閉ざさないよう、ユーザー第一で手続きを考えてもらいたいものです。

なお、農薬散布用ドローンはAmazonでも売っていて驚きですが、Amazonの優れた購入インターフェースで数クリックでポチるのはなかなか勇気が要る価格ですね。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?