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【読書録】『熔ける』井川意高

今日ご紹介する本は井川いかわ意高もとたか氏のける』(幻冬舎文庫、2017年)。副題は『大王製紙前会長井川意高の懺悔録』

本書は、大王製紙の創業家三代目である著者の数奇な人生を綴ったノンフィクション自伝だ。優秀な経営者として順調な人生を送っていたところ、一転してカジノにハマって106億8000万円を「かし」てしまう。大王製紙の子会社から55億円3000万円を借り入れたことが会社法違反(特別背任)と認定され、実刑判決を受けて刑に服した。

最初から最後まで文章がとても読みやすい。前半は、著者の生い立ちの紹介や、経営者としての考え方を語るビジネス本的な内容になっており、参考になった。後半は、100億円以上をギャンブルで失ってしまうという、凡人にはおよそ想像しがたい状況を、手に汗にぎるストーリーテリングで展開していく。普通の小説よりもよほど面白く、ページを繰る手が止まらなかった。

以下、特に印象に残ったくだりを要約または引用しておく。

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経営に関する話

  • 大正製薬と永谷園のリーダーとの会話:広告宣伝費の費用が2桁近くてもブランドが残る、という視点(p87-88)

  • 5W1Hではなく、5W2H。もうひとつのH(how many / how much)を付け加えて数字を重視する。定量的な目標、時間軸としての期限を決めなければ、結果を出せたかどうか曖昧になってしまう(p111)

  • 日本人のメンタリティは「努力をしている」という言い方を好むが、努力するなら正しい努力をしなければ意味がない。必要条件と十分条件を一緒くたに考えてはならない(p116-117)

  • 地方の「1人出張所」を改め、最低でも1か所に2人を置くことを支持。1人ではどんな人間でも競争意識が湧かないから(p119)

  • 多くの管理職が若い社員とのコミュニケーションに悩んでいるが、趣味の話について全くコミュニケーションが取れなくても問題なし。何のために仕事をしているのか、目標は何なのか、目標を達成するためどんなプロセスを踏むのか。仕事における会話とは、結局のところそれにまつわるコミュニケーションを取ること(p121)

ギャンブルに関する話

  • 「カジノのテーブルについた瞬間、私の脳内には、アドレナリンとドーパミンが噴出する。勝ったときの高揚感もさることながら、負けたときの悔しさと、次の瞬間に湧きたってくる『次は勝ってやる』という闘争心がまた妙な快楽を生む。だから、買っても負けてもやめられないのだ。地獄の釜の蓋が開いた瀬戸際で味わう、ジリジリと焼け焦げるような感覚がたまらない。このヒリヒリ感がギャンブルの本当の恐ろしさなのだと思う。」(p248)

  • 資金の上限を定め、これ以上は勝負していはいけないというリミッターを設けておく限り、さほど大負けすることはない。バクチをやる人間は、結局のところバクチに向いていない。皮肉なことに、バクチをやらない人間ほどバクチに向いている(p249)

  • トマス・ホッブズ(イギリスの哲学者)の「愚行権」の話。他人の権利を侵さない限り、どんなに自分にとって不利なことであっても自己決定する権利がある。愚行権も基本的人権のひとつ。愚行権を否定するのであれば、人はカジノどころか山登りや冒険もできなくなってしまう(p287)

  • ギャンブル依存症の疑いがある人の割合は、日本は世界に比べて高い。カジノを批判する前にパチンコ、競馬、宝くじなどの問題を指摘すべき。宝くじの控除率は約55%、競馬は25%、パチンコは10-20%、これに対してカジノの控除率は平均3%にとどまる(p288-289)。

  • 普通の観光客の出入りするザラ場は商売にならず、VIPルームのVIP客のおかげでカジノ全体が黒字になる。日本は動線を作ることからしてVIPの取り扱いをすることが苦手。負けたカネの回収や、ディーラーが客と組んでカジノからだまし取る不正防止などを含め、カジノ運営のノウハウが未熟。外資系カジノが参入しない限り、日本のカジノ運営は混乱を極めるだろう(p291-293)

人生はやり直せるという話

  • 失敗をしない人間などいない。人間は何度だってやり直せるというホリエモンの話(p295)

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事実は小説より奇なり。人がギャンブルに依存し、沼にハマってしまう様子が恐ろしいほどよく分かった。「勝ったときの高揚感のみならず、負けたときの悔しさと、次の瞬間に湧きたってくる闘争心が妙な快楽を生む」「地獄の釜の蓋が開いた瀬戸際で味わう、ジリジリと焼け焦げるような感覚」「ヒリヒリ感」・・・。地獄を味わった当事者ならではの、何ともいえないリアルな表現だ。本書を読みながら、自分自身もジリジリ、ヒリヒリとした感覚を味わった。

ギャンブルに限らず、酒、たばこ、ゲームや漫画、SNSなど、人を支配する誘惑はいくらでも存在する。いけないと分かっていても、自分の中でリミッターを設けて自制するのは、なんと難しいことか。

また、検察の取り調べや刑事裁判や、喜連川社会復帰促進センターでの受刑時の様子なども、興味深く読んだ。

そして何より、刑期を終えて出所してから、人生を再びやり直すという決意で本書を締めくくっているのが素晴らしい。著者は敏腕経営者であり、とりわけ強いメンタルの持ち主であるのだろうが、凡人の私にも、失敗から立ち直る勇気を与えてくれた。

ノンフィクション自伝だが、エンタメ小説的に面白い上に、自分の人生に役立ちそうな気づきを得られる本だった。

ご参考になれば幸いです!

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