今日ご紹介する本は、『ある奴隷少女に起こった出来事』(原題は、"Incidents in the Life of a Slave Girl ")。著者は、ハリエット・アン・ジェイコブズ("Harriet Ann Jacobs")氏。私が読んだのは、新潮文庫版。訳は、堀越ゆき氏。
この本は、約150年前に、米国南部の奴隷少女がペンネームを使って書いた、自伝的ノン・フィクション小説だ。しかし、実話ではなく著者不詳のフィクションだと考えられ、長い間、その存在は忘れられていた。それから実に120年後、歴史学者であるJ・F・イエリン教授が、本書が奴隷少女によって書かれた自伝であると証明した。それをきっかけに、ベストセラーになったという。なんとも数奇な運命を辿った作品だ。
以下、特に心に残ったくだりを記しておく。
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大変ショッキングな内容のストーリーで、時々、読み続けるのが苦しくなり、休憩を挟みながら読んだ。この話がフィクションではなく実話であることを考えるにつけ、重い気分になった。当時の米国南部が人種差別を前提とする社会であったとはいえ、人間がここまで同じ人間に残酷な仕打ちをしていたということに、戦慄を覚えた。
また、奴隷はあくまで所有物であり、財産のひとつとして、契約書を交わし、代金をつけられて、売買されていた。これは、たった150年前の出来事だ。もちろん、歴史上の奴隷制度の存在は、知識として知っていはいた。しかし、所有者に性的強要を受けても我慢するほかなく、モノとして売買される不安から一時たりとも逃れられなかった奴隷の苦悩については、本書に出会わなければ、遠い日本の平和な現代に生まれた私が、ここまでリアルに感じ取ることはできなかっただろう。
全ての人にとって、必読の書だと思う。ここまで読んでくださった方には、是非、本書を手に取っていただけると嬉しい。
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ところで、訳者である堀越ゆき氏による「訳者あとがき」は、必読だ。この本を読み解くための手がかりとなる情報が満載だが、とりわけ素晴らしいと思ったのは、この翻訳本の出版に至るまでの、訳者ご自身のストーリーだ。
ビジネスウーマンである訳者が、出張のために乗った新幹線の車内で、携帯電話を使ってKindleで『ジェイン・エア』を検索した際、偶然、本書の存在を知った。ダウンロードして「ちょっとだけ」読もうとしたところ、3時間の間、ずっと携帯電話をにぎりしめて読んだという。それをきっかけとして本書の翻訳出版を決意し、実際に出版にこぎつけたというのだ。
彼女のように、偶然の運命的な出会いをきっかけに、何か世の中に役立つ行動に結び付けられるというのは、何とも素晴らしいことではないか。強く感銘を受けた。また、彼女の翻訳力が一流であることは、本書の読みやすさからして、疑う余地がない。まったく脱帽だ。
彼女のような活躍はできなくても、きっと読書の旅は、これからも、セレンディピティや新鮮な学びをもたらしてくれるはず。ますます読書が楽しみになった素敵なエピソードだった。
ご参考になれば幸いです!
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