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【読書録】『BORN TO RUN』クリストファー・マクドゥーガル

今日ご紹介する本は、クリストファー・マクドゥーガル氏の『BORN TO RUN』(読みは「ボーン・トゥ・ラン」)(NHK出版、2010年)。副題は、『走るために生まれた ウルトラランナーVS人類最強の“走る民族"』。訳は、近藤隆文氏。

著者のクリストファー・マクドゥーガル氏は、ライター兼編集者。AP通信の従軍記者の経験があり、全米雑誌賞のファイナリストに3回選ばれた実績を持つ。

本書は、ウルトラマラソンランナーでもある著者が、走ることやランニングについて書いたノンフィクション作品。全米で大ベストセラーになり、日本でも多くのランナーに愛されている本だ。

本書は、複数の話で構成されている。メキシコの山岳地帯に暮らす、走る民族・タラウマラ族の秘密に迫る話。人間にとっての走ることの意味や、ランニングシューズが足に及ぼす影響などを、科学的に考察する話。そして、タラウマラ族と現代の最強ウルトラランナーたちが山岳地帯で過酷なレースで走りを競う話、である。

はっきり言って、この本は、大変読みにくかった。まず、固有名詞が横文字だったり、原文のジョークやニュアンスが分かりにくかったりという、翻訳ならではの読みにくさがある。さらに、急に話が飛んだり、突然場面設定が変わったりすることが多い。そのうえ、この本には目次がない。何がどういう順序で論じられているのか、全体を俯瞰できない。さらに、全体を通して漫談のような語り口で、要点を把握しにくい。何度も、挫折しかかった。

しかし、辛抱して読み進めるうちに、次第に引き込まれていった。科学的な考察のくだりになると、あっと驚く仮説が次々に登場し、目から鱗が落ちた。そして、タラウマラ族と現代のランナーたちとの山岳ウルトラレースのくだりになると、さらに面白くなった。スリリングなレース展開を目の前で見ているような感覚に陥り、手に汗を握りながら一気に読んだ。

以下、特に印象に残ったくだりを、引用又は要約しておく。

われわれは走るために生まれた。走るからこそ生まれた。誰もが”走る民族”なのであり、それをタラウマラ族は一度も忘れたことがない。

p132

ランニングシューズは、人間の足を襲う史上最大の破壊勢力かもしれない。

p240

人間は健康を維持するために有酸素運動をする必要がある。人間を健康にする特効薬があるとすれば、それは走ることにほかならない。

p241 ダニエル・リーバーマン博士の言葉

最高級シューズを履くランナーは安価なシューズのランナーに較べてけがをする確率が12.3パーセントも大きい。

p245 ベルナルト・マルティ医学博士を中心とした研究結果

シューズのクッション材が多いほど、足が保護されない。

p247

足の下にふわふわしたものがあるのを感じると、脚と足は本能的に強く踏ん張る。クッション付きのシューズで走れば、足は硬い安定した踏み台を求めて靴底を突き抜けようとするはずだ。

p248

ランニング障害の蔓延を巨悪のナイキのせいにするのは安易すぎるように思える ー が、気にしなくていい。大部分は彼らの責任だからだ。

p256

タラウマラ式癌予防の第一段階はいたって単純、少なく食べることだ。第二段階も理論上は単純だが、実践するのは難しい。それは、よりよく食べることである。運動の量を増やすとともに、赤身の肉や加工された炭水化物から、果物と野菜中心の食生活にしなければならない。

p300

身体の熱の大部分を発汗によって発散する哺乳類は、われわれしかいない。世界じゅうの毛皮に覆われた動物は、もっぱら呼吸によって涼をとり、体温調節システムが肺に託されている。汗腺が数百万もある人間は、進化の市場に現れた史上最高の空冷エンジン。われわれは汗をかきつづけるかぎり、前進しつづけることができる。

p320

およそ4万5000年前、”長い冬”が終わり、温暖前線が到来した。森は縮まり、乾燥した草原が地平線まで広がった。新たな気候はランニングマンにとって好都合だった。ネアンデルタール人は苦境に立たされた。

p328

人間の走り方は地球上のどの生物の走り方とも異なる。それは数百万年にわたる命がけの決断をへて磨きあげられた戦略と技術の融合。そしてあらゆる芸術と同じように、人間の長距離走は、ほかの生き物にはとうてい不可能な脳と身体の連携を必要とする。

p332

走ることはわれわれの種としての想像力に根ざしていて、想像力は走ることに根ざしている。言語、芸術、科学。スペースシャトル、ゴッホの『星月夜』、血管内手術。いずれも走る能力にルーツがある。走ることこそ、われわれを人間にした超大な力スーパーパワー ー つまり、すべての人間がもっているスーパーパワーなのだ。

p343

64歳が19歳と互角に渡り合う競技はほかにない。われわれ人間は、持久走が得意なばかりか、きわめて長期間にわたって得意でいられる。われわれは走るためにつくられた機械。そしてその機械は疲れを知らない。

p345

人は年をとるから走るのをやめるのではない。走るのをやめるから年をとるのだ。

p345

歴史上のどの生物とも異なり、人間には心身の相克がある。身体は動かすためにつくられているが、脳はつねに効率を求める。

p347

われわれは筋骨たくましい丈夫な狩猟採集民の身体を、人工的なレジャーの世界に放り込むことになった。

p349

西洋における主な死因 ー 心臓病、脳卒中、糖尿病、うつ病、高血圧、十数種類の癌 ー のほとんどを、われわれの祖先は知らなかった。医学もなかったが、ひとつ特効薬があった。脚を動かせばいい。

p349-350

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ネアンデルタール人が滅ぶなか、我々の祖先であるホモ・サピエンスが生き残ったのは、狩猟のために長く走れたからだったとは。マラソンランナーがよく負傷するのは、故障を防ぐために製造されたはずのランニングシューズのせいだったとは。衝撃的な仮説に、驚きの連続だった。

走ることは、私たち人間のDNAに深く刻まれた記憶だったのか。神話的なタラウマラ族の存在や、現代のランナーたちの驚異的な走力獲得ストーリーも、そう考えると、納得がゆく。

私はランニングを初めて10年弱になるが、走りながら、陶酔感や多幸感を感じ、いわゆるランナーズ・ハイの状態になることがある。これも、太古の人類から受け継がれた遺伝子のなせるわざなのかもしれない。

本書の読了後、居ても立ってもいられなくなり、ランニングシューズをつかんで、走り出した。普段走ることに興味がない方も、きっとこの本を読むと、走りたくてウズウズしてくるのではないだろうか。

ご参考になれば幸いです!

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