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【読書録】『世界を知る力』寺島実郎

今日ご紹介する本は、寺島実郎氏の『世界を知る力』(PHP新書、2010年)。15万部を超えるベストセラーだ。

寺島実郎氏は、外交評論家。TBS系列のテレビ番組『サンデーモーニング』のコメンテーターとしても有名だ。三井物産での商社マンというバックグラウンドを持ち、鳩山政権時代には、鳩山元首相の外交ブレーンであった。現在は、一般財団法人日本総合研究所会長、多摩大学学長などの役職に就いている。

この本は、タイトルにもあるように、日本人が「世界を知る」ことの重要性について説く本だ。平易で語りかけるような言葉で書かれているので、あまり政治や外交に興味のない読者も、無理なく読むことができるはずだ。

以下、特に印象に残ったくだりを要約しておく。

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  • 戦後の日本人は、アメリカを通してしか世界を見なくなった。それは特殊な世界認識・固定観念(p20)。

  • 日露関係は、日米関係よりももっと歴史的に深く長いかかわりをもっていた(p39)。

  • 日本人のなかには中国を源泉とする思想が連綿と受け継がれている(「歴史時間の体内蓄積」)(p44)。

  • 「国際人」は戦後に誕生したわけではない。異なる国の人たちにも心を開き、自分を相対化して見ることのできる人間が「国際人」。そういった特質を有したいにしえの国際人の例は、空海(p49)。

  • 空海は、人間の心に潜在する仏性を信じ、絶対平等の世界を訴えると同時に、現世の現実的な課題にも正面から向き合おうとした。そこに人間世界の総体を体系的かつ調和的にとらえようとする「全体知」を見る。現代世界で問題に対処する場合にも「全体知」を希求するなかで問題の本質的解決に向かわなければならない(p50-51)。

  • 歴史感に絶対的な正解はなく、誰もが納得する客観的な歴史などは存在しない。しかし自分の瞳に映る「世界」を狭めないために、自らの歴史観、世界観を相対化して見る視点は不可欠(p54)。

  • 太平洋側が「表」で日本海側が「裏」という感覚が身についているが、明治の地図は上下逆さで、日本がユーラシアに近接していることがわかる(p56-57)。

  • 大中華圏:中国、台湾、シンガポールの産業的連携が深まることによって、大中華圏がひとつの産業的実態となりつつある(p65)。国家体制が共産主義か否かといったイデオロギー問題を超えて、大中華圏を構成する人々の間には「中華民族の歴史的成果」という言葉に共鳴する心が深層底流のように流れている(p72)。

  • ユニオンジャックの矢:かつて大英帝国の支配下にあったイギリス連邦の主要都市(ロンドン、ドバイ、バンガロール、シンガポール、シドニー)が一直線に並んでいる(p79)。イギリス連邦は、共通言語、文化価値・社会的インフラといった財産の「埋め込み装置」として機能しており、現在も生きている(p88)。

  • ユダヤネットワーク:ユダヤ人は、国家を喪失し、離散と流浪を余儀なくされるなか、「国際主義」という視点を獲得し、「高付加価値主義」という戦略をとることで生き延び、世界を動かす存在となった(p98)。人類史に多大な影響を及ぼしたユダヤ的思想の根底には、どんな逆境にもくじけない根性が横たわっている。世界を知る力の源泉はそういうところにある(p100)。

  • 「日米関係は米中関係」:日米関係は二国間だけで完結されるものではなく、常に中国という要素が絡みつくが、戦後の日本では対米依存を深めるあまり、背後に米中関係がある認識が欠落した(p134-135)。二〇世紀初頭から続いた密接な米中関係があったからこそ戦中の悲劇的な日米関係がもたらされたこと、戦後に米中関係の混乱があったからこそ日米同盟がもたらされたことを忘れてはならない(p133-134)。

  • 国境を超えるネットワークが、うねりのような相関のなかで、世界を突き動かしていくのが二一世紀の構図ではないか。もはや世界潮流はかつての「冷戦時代」や「アメリカ一極支配時代」のように単純ではない。重層的に「世界を知る力」が日本人すべてに求められている。

  • 世界潮流に翻弄されずに自ら舵が取れる国になるには、シンクタンクと通信社の整備が喫緊の課題(p170)。

  • 古本屋通いのすすめ:古本屋通いは、本と本の相関の発見を促す。そういう発見の積み重ねにより、情報相互の連関や無関係に見えていた現象の相関などがだんだん見えてくる。個々の情報をプロットする座標軸のようなものが頭のなかに形成されていき、さらには座標軸自体が多次元的なものへと発展していく。知識が、空海のような「全体知」へと高まっていく(p174)。

  • 「世界を知る」とは、断片的だった知識が、さまざまな相関を見出すことによってスパークして結びつき、全体的な知性へと変化していく過程を指すのではないか(p176)。

  • 「世界を知る力」を養うためには、大空から世界を見渡す「鳥の眼」と、しっかりと地面を見つめる「虫の眼」の両方が必要。「虫の眼」を鍛えるのは、フィールドワーク(p177)。

  • 生身の身体性を有した体験は、ネットを通じてディスプレイに表示される情報とは比較にならないほどの強い印象を、わたしたちの脳に刻み込む。それが文献では得られない強い問題意識を醸成させる。ただし、それを熟成させていくには、文献の力が必要。深い知恵はフィールドワークと文献の相関のなかでしか生まれない(p180)。

  • 「agree to disagree」の関係:自分たちが有している歴史認識とは違うとらえ方が、他の国民・民族にはありうる。世の中にはさまざまなものの見方や考え方がある。賛成はできないけれども、あなたのものの見方、誠実に物事を組み立てて考えてみようという見方については大いに評価するという姿勢が、外交においても国際社会を個人として生き抜く上でも大切(p182)。

  • 外交において「未来志向の関係」を築くには、自分たちの主張は主張として臆することなく伝えつつ、相手の論理、論点を虚心になって理解する姿勢が必要。「世界を知る力」は、自らを相対化し客観視する過程なくしては磨かれない(p183)。

  • 異文化の中へ飛び込め:絶望や屈辱も含めた異文化でのさまざまな摩擦や衝突を経て、私たちは次第に自分を多面的な鏡に映し出していくことを覚える。そして自らの心の奥深くに向かって「日本とは何か」「日本人とは何か」と問い始める。そういった自分との対話に支えられたメッセージだけが、外の人の心も動かす力を持つようになるに違いない。外を知れば内がわかる。内がわかれば外とつながる回路ができる(p186-187)。

  • 情報は教養を高めるための手段ではなく、問題を解決するためにいろいろな角度から集めるもの。断片的な情報を「全体知」へと高める動因は、問題解決に向けた強い意志(p194)。

  • 「マージナルマン」:境界人、複数の系の境界に立つ生き方。ひとつの足を貴族する企業・組織に置き、そこでの役割を心をこめて果たしつつ、一方で組織に埋没することなく、もうひとつの足を社会に置き、世界のあり方や社会のなかでの自分の役割を見つめるという生き方(p203)。

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著者の分かりやすい語り口のおかげで、するすると読めた。一気に読み通して、世界の歴史や外交関係について、いかに無知であったか、気づいていないことがいかに多いかを痛感した。また、私が長年、外資系企業で勤務してきて、何となく感じていた諸外国の文化や国民性とも結びつくエピソードなどもあり、大変面白く読んだ。

ひと昔前に出版された本なので、鳩山政権やオバマ大統領の記述など、内容が古い箇所もある。しかし、本書は、日本で暮らす一般的な日本人におそらく欠けていると思われる、多面的に広く世界をとらえる見方や、断片的な知識や情報を相関的に結び付ける「全体知」の重要性を説く。何かと先行きの見えない現代においてこそ、読む価値がある本だと思う。

ご参考になれば幸いです!

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