源氏物語のミステリー 玉鬘十帖が見せる「オトナの事情」オブ千年前♪
『源氏物語』。名作の傑作の言われますが、実は「あれ?」と思うような変な箇所もあります。そういう所を検証すると、書かれた当時の「オトナの事情」が、何となく見えてきたりもするのです。今回は「玉鬘十帖」と呼ばれる部分をテコに、その【連載当時のいきさつ】を探ってみました。
当記事は、YouTube動画「砂崎良の平安チャンネル」の内容を、スクショとテキストでまとめたものです。動画で見たい方はYouTubeを、文章で読みたい方はこちらをどうぞ。
前置:源氏物語、今の順に書かれたとは限らない
現在は「全54巻」、この順番。
1巻「桐壺」、2巻「帚木」…と、源氏物語の巻の配列は、現在、完全に固まっています。皆さま、「原典(またはその現代語訳)を読んでみよう!」という方は、当たり前のようにこの順に読んでいかれます。
…でも、「書かれたときこの順だった」保証は、まったく無いのです。この配列は、後世の読者が細かに検証し、「光源氏(後半では薫)の年齢順に整えた」ものなのです。
時系列順になっているお陰で、わかりやすさは向上しました。反面、「ちょっとヘン」になってしまった箇所もあるのです。その【とばっちり】を最大に受けたのが、今日のテーマである「玉鬘十帖」です。
今の配列―その悪影響を食らった「玉鬘十帖」
「玉鬘十帖」とは、そもそも何?
源氏物語の22~31巻の10巻を、「玉鬘十帖」と呼びます。内容がやや纏まったものとなっており、「玉鬘(たまかずら)」という新キャラが活躍するからです。…とはいえ、現代人の視点で見れば、お屋敷の奥でお琴弾いてたり、ラブレター貰って嫌がったりしてるだけなんですがね^^;
なお脱線ですが「帖(ちょう)」とは、冊子や屏風を数える単位です。平安の頃には、絵巻物に使うような長~い紙を、屏風のように折り畳み、端を綴じて冊子とすることがありました。そのため冊子も「帖」で数えるのです。以上、脱線、了。
「玉鬘十帖」には、不自然な点がある
この「玉鬘十帖」は、現代の配列で読んでいくと、どうしても違和感があるのです。具体的に見てみましょう。
源氏物語の第1部は、以下のようなあらすじとなっています。
1巻「桐壺」で、主人公・光源氏が誕生し、一度は挫折を経験するけれども、最後(33巻「藤裏葉」)では大成功する、というストーリーです。典型的な出世物語です。
そして、現在の配列では、21巻「少女(おとめ)」と32巻「梅枝(うめがえ)」の間に、「玉鬘十帖」が置かれています。
現位置の「玉鬘十帖」が醸し出す違和感2つ
(1)ストーリーの流れがおかしい
21巻「少女」の内容を見てみましょう。主な登場人物は、主人公・光源氏とその息子・夕霧です。
そして光源氏は「過去にはいろいろあったけれど、今は紫上という妻に落ち着いた」ところです。一方夕霧クンの方は、幼なじみとつらい恋愛中です。
二人のこの恋愛事情、33巻「藤裏葉」では、以下のように収まります。
光源氏と紫上は安定した夫婦として、娘の結婚支度に仲よく取り組んでいます。夕霧クンの方は、幼なじみとの仲が認められ、晴れて成婚の日を迎えます。
つまり、「少女」巻から「藤裏葉」巻への流れを整理すると。
光源氏の方は「定まりかけていた夫婦仲がいっそう固まり、幸せの絶頂へ」。夕霧は「恋の障害にぶつかっていたけれど、解決して恋の成就へ」。
そのように、ストーリーラインがキレイに流れています。…なのに!
「少女」と「藤裏葉」に挟まる「玉鬘十帖」では、光源氏と夕霧クンが、そろって玉鬘ちゃんにお熱な姿が描かれます。
現代の読者なら、「光源氏といえばオンナを追いかけてる」イメージがあるかもしれませんが、本文を地道に検証していくと、明らかに「若いころの関係を清算する」方向へ向かっているんですね。
(※ 現代人が「関係を清算」と聞くと、「別れる」ことを想像すると思いますが、平安人の清算は「一の妻を定めて、他の妻たちとの序列を明確化する」です)
なので「玉鬘十帖」で新ヒロインが登場し、光源氏がラブラブし始めるの、「おい、これまでの流れはどうなった!」って感じです。
さらに夕霧クンです。彼は、源氏物語きっての「真面目人(まめびと)」、幼なじみちゃんに一途なことで有名です。もちろん、現代人とは感覚が違うので、身分ひくい愛人はいたりする訳ですが、幼なじみと同等身分の貴婦人・玉鬘に、ハッキリ言い寄るのは「まめ」とは言い難い。「…ちょっと、キャラ設定変えた?」と言いたくなります。
(2)ヒロイン・玉鬘がなぜか消える
「玉鬘十帖」(22~31巻)で大活躍する玉鬘ちゃん。実は、32巻「梅枝」と33巻「藤裏葉」には、玉鬘ちゃんがまったく登場しないのです!
なお、源氏物語の34~41巻は「第2部」と呼ばれます。この第2部では玉鬘ちゃん、シレッと再登場してきます。
つまり、32巻と33巻のみ玉鬘ちゃんが、ナゾに消失する訳ですね。これが2つめの違和感です。
以上の2つの違和感。これを解決する手が、実はあります。
「玉鬘十帖」を、10巻まとめて、スッパリと除去してしまうことです。
「玉鬘十帖」は存在しなかった!そう考えるとキレイに収まる
現在、22~31巻の位置にある「玉鬘十帖」。試しに、この10巻を取り除いてみてください。
21巻「少女」で描かれた2組のカップル、光源氏&紫上、夕霧&幼なじみ。この2組は33巻で幸せになり、ハッピーエンドです。
また32巻33巻で、玉鬘ちゃんが消えるという問題。「玉鬘十帖」がそもそも存在しなかったのなら、32巻33巻に出てこないのも当然です。
要するに、「玉鬘十帖」が22~31巻の位置にあることの方が不自然なのです。
書かれた順序:第1部→玉鬘十帖→第2部では?
実のところ、上に述べてきたような不自然さ、現代人ならむしろピンと来るのではないでしょうか。
新作マンガが毎週リリースされ、連載が長期間となるにつれ、ストーリーが矛盾を起こしたり、「番外編」という読み切りが掲載されたりする。そんな事情に慣れている現代人は、「あ」と思うことでしょう、「あ、これ、リリース順と巻順が違う」と。
そうです。上で挙げた2点の違和感は、
・第1部→玉鬘十帖→第2部、という順にリリースされた
・そのあと、「主人公の年齢順」に配列し直した
そう考えれば、解決できてしまうのです。
では、源氏物語が書かれた当時のいきさつ(想定)を、図解でちょっと見てみましょう。
図解:書かれてリリースされた順番(想像図)
作者さんが最初に書いたのは、「光源氏という主人公が最後には成功する出世物語」でした(上図、緑(1)の冊子群)。その中では、光源氏&紫上、夕霧&幼なじみという2組のカップルが、最終的には幸せになり、大団円を迎えました。
次に作者さんは、「玉鬘十帖」を書きました(上図、赤(玉)の冊子群)。時間軸としては、「先に書いたストーリー(今日、第1部と呼ばれる部分。上図緑(1)の冊子群)」の終盤あたりを想定し、玉鬘ちゃんという新キャラを登場させて、「ちょっとオマケのロマンス」を展開させました。
なおも読者の「もっと書いて!」が止まないため、作者さんは、第2部(上図:青(玉)の冊子群)を新たに書き始めました。人気キャラになった玉鬘ちゃんは、今後も登場させることにしました。
図解:後世に起きた「並べ替え」(想像図)
長い時が過ぎ、源氏物語が書かれた当初のいきさつは、すっかり忘れ去られてしまいました。そのころの読者が、「時系列順がスジだろう」と考えました。
それで各巻の内容を詳しく調べ、年齢が明記されている部分や、登場人物の役職名(出世にともない上位の職になっていく)を検証して、時系列順に並べ替えました。
その結果、
「第1部」と現在呼ばれる部分の、終わりから3巻めの位置に、「玉鬘十帖」10巻がまとめて挿入された
のです。
・第1部終盤の恋愛ストーリーを、乱すような展開が「玉鬘十帖」で起きる理由、
・第1部末尾の2巻から玉鬘ちゃんが不自然に消える訳、
その2点とも、こう見れば納得できます。
以上、執筆当時のリリース順とその後の並べ替え、その結果生じた(現在の)巻順についての、想定込みの解説でした。
要するに「玉鬘十帖」は、第1部と第2部の合間に書かれた、ボリュームのある番外編だったのです。
トリビア:「玉鬘十帖」の存在意義
さて作者は、「玉鬘十帖」をなぜ書いたのでしょうか。考えられるのは、「雇用主に書けと言われた」です。この点については、次の記事で詳しく扱う予定です。
また「玉鬘十帖」の内容から推し測るに、「作者自身、書きたかった」ものと思われます。「玉鬘十帖」はとても夢々しい世界を描いていて、作者が自分の理想ワールドを、筆一本で創造した感があります。
加えて。「玉鬘十帖」は、つまりオマケで書かれたと見える訳ですが、この10巻が存在することにより、すばらしい効果が生じています。光源氏や夕霧、また他のキャラたちの、メインストーリーとは別の一面が書かれ、人物像に深みが出ているのです。
ですから、「源氏物語、読んでみようかな」という方にはぜひ、「玉鬘十帖」も読んでいただきたいものです。メインストーリーに番外編を重ねてみることで生まれる、物語世界の多彩さをお楽しみください♪
その際の、おすすめの読み順は、第1部→玉鬘十帖→第2部、です。
現在の配列順に読むと、上で挙げたような「2つの違和感」が邪魔となり、(筋がぐちゃぐちゃ?)(またオンナの話?)等と思うことでしょう。メインストーリーをしっかり把握できたあと、「オマケ」だと思って「玉鬘十帖」を読むことで、作者の意図した作品世界がスッキリ見えてくると思います。
まとめ:「玉鬘十帖」は、10巻もある番外編!
「玉鬘十帖」とは、源氏物語、全54巻の、22~31巻を指す呼び方です。新ヒロイン・玉鬘が登場し、本筋とはひと味違うロマンスが展開されます。またこの10巻は、内容にやや不自然さが見られます。おそらく、書かれた順序は現在の巻順とは異なり、「玉鬘十帖」そのものが壮大な番外編だったと思われます。
ご高覧まことにありがとうございました。次回は、「玉鬘十帖」の内容をフィーチャーします。現代の少女マンガをほうふつとさせる、エンタメ性豊かな物語ですので、ご期待くださいませ。
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