見出し画像

もし平安の皇子と恋に落ちたら ~和の宮廷モノ、実は恋愛が難しい~

創作をされる層の厚みが増し、時代考証ガチな歴史モノが増えて、歴オタには喜ばしい限りです。では平安モノも、リアル志向の作品を期待する…かというと、さに非ず。なぜなら平安時代の価値観は、現代のエンタメには合わなすぎるからです。特に恋愛事情が。という訳で、平安モノを書くに当たっての障害となる、当時の世相を語ってみようと思います。

1. 恋のイメージ強い平安貴族、その実態は?

平安の貴公子、姫君といいますと、「恋の和歌を詠み合っていた」印象が強いと思います。…いや実際、詠み交わしてはいたのですが、実態は想像とかなり違うんじゃ…と思います。だってですね、ちょっと思い描いてみてください。

【ラブラブの男女が、恋しくてやり取りする手紙】

というと、皆さんはどんな文を思い浮かべますか? 「会いたい」「好きだよ」「私も」みたいな感じではないでしょうか。しかしこれは

【現代人イメージのラブレター】

です。では平安の恋文は、どうだったでしょう。…基本は「貴女はひどい、私がこんなに想っているのに、冷たくて」「想っているですって?どうせウソでしょう」がテンプレです。夫婦になると「わたくしに飽きたのね」「いや貴女こそ」とか「どうして隔てを置くのですか(隠しごとをしないで)」など、方向性は少し変わりますが、なすりつけ合戦なのは変わりません。要するに、

【平安のラブトークは、恨み合い】

なのです。この辺りは、感覚の根本的相違ですね。現代人目線だと「なんて荒んだカップル」と見えるやり取りが、平安人には「あはれ(あぁ…と溜息出ちゃうような胸キュン)」だった訳です。


2. 平安のレディは、恋をしない

これは若干、時代差がありまして、平安時代も前期だと、自分から恋する女性たちもいるんですが。在原業平の寝所に忍んできた斎宮(伊勢神宮に仕える皇族女性)とか、幼なじみとの恋を実らせた「筒井筒」の女性とか、ですね。しかし我らが「平安」といったときイメージするのは、主に

清少納言・紫式部らが活躍したころ(平安中期)

です。このころになると、貴族社会が極度に成熟しまして、姫君の箱入り化に拍車がかかります。なので、

【貴婦人とは、屋敷の奥深くで大事大事に守られて暮らすお方】

という感じになっていくんですね。侍女たちでさえ、姫にお目にかかれるのは限定メンバーのみ。異性に至っては、父・兄弟にだって御簾や几帳越しに対面する。現代から見れば「幽閉された」かのような暮らしですが、当時の価値観では、

【危険がいっぱいの外界から守るために、最も安全な場所を用意されたVIP】

です。当時的には、戸外=盗賊・物の怪(感染症ふくむ)が満ち溢れた場所、ですからね。という訳で、レディたるもの、異性には無縁に育ちます。となると、

【恋をする女の子≒男と接する機会がある、育ちの悪い女】

と感じられるようになってきたらしいのです。源氏物語(作者・紫式部)の中で光源氏が、「ウチの娘に恋愛物語は読ませるな。色気づいた女のことを、『ステキ』とはまさか思いはすまいが、『世の中にはそんなこともあるのね』と知ってしまう事じたいが恐ろしい」と語っていますが、これが当時の「恋愛観」「貴婦人らしいお育ち」だったのです。そういう時代に、「レディの恋愛」とは、どういうものであったでしょうか。

(1)すでに結ばれた夫に対する、不安に揺れる気持ちや愛されない嘆き
(2)レディ本人は嫌がり拒むのに、男は迫り恋心(恨みつらみ)を訴え続ける

この2つです。よく「光源氏は女性をレイプする!」と非難する方がいますが、光源氏だけでなく、平安物語のヒーローは皆そうです。

【自身はまったくソノ気がないのに、親/乳母/女房の手引きで結婚させられ、不本意ながら妻&母になっていく】、

これが平安の、最も姫君らしい婚姻です。相手が天皇である場合のみ、「お仕えしたい!(←妃になりたい、の意)」と思っても姫の不名誉にならないんですが、まぁこれが唯一の例外。それ以外では、(〇〇中将、ステキ!)と内心では思っても、態度には出さないのが貴婦人です。美男にキャーキャー言っちゃうのは侍女とか中下流の「お安い」女、ってことです。

3. 夫と妻とは「しょせん他人」

「他人」と言い切ってしまうと語弊がありますが(亡くなったときは服喪する対象ですので、いちお)、平安の夫婦関係は、現代にくらべ圧倒的に稀薄です。今に例えると、「10代のカレカノ」みたいな感じでしょうか。あっさり別れたり忘れたり、「相手が音信不通/行方不明だ~」もザラです。さらに、扶養義務があるのは妻側だったので、妻が財産を使い果たすと離婚になるのが当然だったりします。

どうしてそんなことが、と思うかもしれませんが、この時代の「家族」意識には、母系社会のなごりが残存してたんですね。女性が生家に居続けて婿を迎え、財産を受け継ぐシステムです。もっとも、姓や政治力は父系で相続したので、両方の制度のコンビネーションですけどね。なので、この時代の婚姻を見ると、

【夫は、妻&その一族のお客さま】

という感じです。妻の親・兄弟が手練手管を弄して、夫を妻のもとへ引っぱり込もうと頑張るのです。具体的には、金品を貢いだり仕事道具をそろえたり出世のバックアップをしたりして絡め取るのです。若くてキレイな侍女を多く雇用して、夫を「接待」させるのも常識です。とにかく夫に「今夜はあの家に行きたい!と思わせること」、それが妻一族の目的で、団結しておもてなしを尽くすのです。

なぜそこまでするかといいますと、優秀な婿を迎えて優れた「次世代」を得るためです。『落窪物語』に、4人の娘を婿取りさせた奥様が「自慢の婿殿の子は、産ませようとしているのに授からない。なのにクズ婿があっさり孕ませた」と、ロコツにぶつくさ言う場面がありますが、まぁこれが当時の「結婚目的」です。よい婿の子をたくさん儲けて、婿との絆を強め、その出世のおこぼれにあずかり、一族をさらに繁栄させる…それが平安の婚姻でした。


という訳で。
1. 平安の「愛の語らい」は、愚痴のネチネチ応酬
2. 最もセレブっぽい結婚とは、無垢な(無知な)姫君の涙と傷心
3. 婚姻は妻一族挙げての「種馬」確保
この三点を押さえますと、ガチな平安モノ、書けると思います。…読みたい方がいるかは別ですが^^;

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?