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わたしのおとうさんのりゅう 〔第6回〕

詩人の伊藤比呂美さんの連載。幼い頃に、誰もが一度は目にしたことのある名作『エルマーのぼうけん』(ルース・スタイルス・ガネット作・わたなべしげお訳・ルース・クリスマン・ガネット絵、福音館書店)。そこから始まる、児童文学、ことば、そして「私」の記憶をたどる道行き。

 「私」の父は「博奕打ち」だった。父の名前を見つけた『サカナとヤクザ 暴力団の巨大資金源「密漁ビジネス」を追う』(鈴木智彦著、小学館)、そして『ドリトル先生物語』(ヒュー・ロフティング著、井伏鱒二訳、岩波書店)とが交差しつつ、「私」の記憶、父の過去をたどる旅は深まっていく。お楽しみください。

博奕打ちの娘

 工藤会の死刑判決が出たときには、驚きました。
 組の最高幹部が死刑、ナンバー2が無期懲役という判決でした。やくざという世界では、上の言うことはぜったいに聞かねばならない。つまり下っぱの起こす事件は、必ず上の者の指示である。でもだからこそ、裁判で上の者が裁かれることはめったにない。そんな先入観を持っていたのは、昔、やくざ漫画を濫読していたからだけじゃないと思います。
 私は、工藤会についてたいした知識は持ってなかったんです。でも死刑判決に驚いて、いったい何をしたんだろうと検索していったところ、つるつるといろんなことに、知っていたことや知らなかったことに出会っていったのでした。結成は1946年だったとか。戦後の混乱とか。山口組とか。力道山とか。田岡一雄とか。そうして銚子の髙寅組に行きついた。昭和二十四年に銚子で髙寅組が起こした事件についての鈴木智彦さんの記事でした。それは『サカナとヤクザ』からの抜粋だということで、私は工藤会のことなんてすっかりうっちゃって、本を買って読み始めました。そして私は、その中に、私の父の名前を見つけたのでした。

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