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【特別公開中】1. 螺旋とさざえ堂を再解釈するふたりの絵画 ーー三瀬夏之介、高橋大輔

・太田市美術館・図書館「2020年のさざえ堂ー現代の螺旋と100枚の絵」公式図録(左右社より3月末刊行)から、担当学芸員の小金沢智による展示解説と総論を特別公開しています。
・本記事は、1階展示についての解説です。
・作品写真撮影:吉江淳

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本展は、太田市美術館・図書館から約4キロメートルの太田市東今泉町に位置する曹源寺さざえ堂が、2018年12 月、国指定重要文化財[建造物(建築)]に指定されたことを機に企画された。当館も美術館と図書館からなる螺旋状の構造であり、そのことが時代を越えて、曹源寺さざえ堂と共振するのではないかという発想が動機である。ただ、当館は基本理念に基づく美術館の事業として、主に現代美術を領域としている。よって本展は、曹源寺さざえ堂の歴史的価値を各種資料によって検証するのではなく、曹源寺さざえ堂のユニークなふたつの特徴(①螺旋状の構造であること、②100体の観音像が奉安されていること)を、 現代のアーティストとともに、 新たな視点を通して解釈すべく構想された。①については日本画家の三瀬夏之介、音楽家・アーティストの蓮沼執太、アーティストの持田敦子、そして②については画家の高橋大輔である。

 まず、 展示室1で鑑賞者を出迎えるのは、日本画家の三瀬夏之介と、画家の高橋大輔による絵画だ。三瀬は、「日本画」を表現のベ一スにしながら、2009年以来居住している東北(山形)の風景や、生まれ育った奈良の大仏をはじめとする「日本」由来のモティーフを、 大胆に解釈し、スケール(それはサイズの問題だけにとどまらない)の大きな作品を制作している日木画家である。本展では、原寸大だという 「奈良の大仏」(東大寺)が描画されている《ぼくの神さま》(2015年)を空間の中心に天井から吊り下げ、そこを起点として、さながら螺旋状の空間を絵画作品によって作り上げようと試みる。三瀬にとって螺旋という形態は、 三次元的かつ不可逆的に上昇していく近代的な歴史観が認められるものであり、ー方さざえ堂は構造として基本的にー方通行のために直線的でありながら、逆方向に戻れる可逆性も有している。螺旋とさざえ堂の共通する都分と相反する部分を見つめながら、 展示空間をどう構成するのかということが、 まず三瀬にとって本展の課題となった。

 屏風作品をはじめとして自立型の作品群は鑑賞者の導線を作りつつ、高低差のある展示方法は鑑賞者の視点の行方を撹乱させるだろう。そもそも三瀬の作品自体、エネルギーの渦のような形態がいくつも画面に描きこまれている。たとえばそれは、渦巻くような気流であり、大仏の螺髪である。「螺髪」の「螺」も、「螺旋」同様「巻貝」を意味することは、本展において偶然ではない。三瀬の作品はそうして、(1) 作品のモティーフ、(2) 展示構成の2点によって、空間に螺旋を出現させる。鑑賞者はその渦の中に飛び込むようにして、空間を歩き回るのである。けれどもその場が決して直線的な空間ではなく、三瀬の作品の多くがコラージュによってできているように、異なるもの(作品)同士を空間内で組み合わせるように構成されている点に、さざえ堂の螺旋構造を作品によって解釈しなおす三瀬の視点がある。
 三瀬の作品が展示空問の中心を軸にして展開する一方、高橋の作品が周囲の壁面を中心に展開する。当館1階から3陛までの3フロアで、計100点の作品を展示するうち、34点がここで展示されている。

 高橋の作品をよく知る人は、 油絵具をこれでもかというほど厚く盛った、抽象絵画を想像して会場に足を踏み入れるに違いない。それらは、高橋が筆、ペインティングナイフを使用し、またはチューブから直接画面に油絵具を出すなどの手法を用いることで、支持体であるカンヴァスやパネルから油絵具が飛び出るかのような画面が形作られ、 絵画でありながら彫刻的な様相を帯びていた。しかし、近年の高橋の作品は必ずしもそのようなものばかりではない。作品は、具体的なモティーフを必要とせず、 画面における色と形の純粋な検討のはてに生まれるような、抽象的な画面にかぎらないのである。たとえば、樹木、壺、自転車、靴、自画像など画面から具体的なモティーフがわかるものもあれば、画面のイメージはそれとわからない抽象的なものであるが、具体的な事物がタイトルとして付けられ、作品と鑑賞者の橋渡しをしているものもある。

 本展では全体に渡って、高橋の画面のイメージとタイ卜ルの関係に注目していただきたい。1階では、あえて具体的なモティーフや事物を、画面あるいはタイトルから想像できる作品を集めている。けれども2階、3階は、それとは異なる意図によって構成した。鑑賞者が100点の絵画すべてを見終えたとき、さざえ堂における「百観音巡礼」で「巡礼の終わり」があるように、絵画を見ることの新しい経験を達成できないだろうか。


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