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鈍くさい駕籠/捕縛  町田康

【第50話】「海道一の親分」として明治初期に名をはせた侠客、清水次郎長。その養子であった禅僧・天田愚庵による名作『東海遊侠伝』が、町田版痛快コメディ(ときどきBL)として、現代に蘇る!! 月一回更新。
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 次郞長と八尾ヶ嶽(実は福太郎)が四日市の三九郎方にやってくると家の前に駕籠が降ろしてあって、その脇で駕籠舁が煙草を吸っていた。
「あれ、駕籠がいやがるぜ。おい駕篭屋」
「へぇ」
「ここは三九郎さんのお宅かい」
「さあ」
「さあ、って頼りねぇな。おめぇ、この辺のもんじゃないのかい」
「へぇ」
「頼りねぇ野郎だな。伊勢ってな、ぼんくら揃いだな」
 次郞長がそう言ったとき、
「ぼんくらって僕のことかい?」
 とそう言って家の中から出てきた男があった。背ぃがすらっと高く苦み走ったいい男であった。その男っぷりを見て、思わず次郞長が居住まいを正した時、後ろから八尾ヶ嶽が、
「久しぶりだな、三九郎」
 と声を掛けた。それに答えて三九郎、
「おお、誰かと思ったら宗七じゃねぇか。久しぶりだな。達者だったかい」
「おおよ。相変わらず銭はねぇがな」
「そうかそうか。達者がなによりよ。で、お連れさんがいるようだが、お友達かい」
 と言うのは、同じやくざものか、と尋ねたのである。勿論、八尾ヶ嶽は、
「ああ、やくざもんだ。おらな、こないだうちからこいつには随分と世話になっているのよ。兄弟、ひとつ、おめぇからも礼を言ってくんねぇ」
「ああ、そうかい。お初にお目に掛かります。俺はこの八尾ヶ嶽とは飲み分けの兄弟分で三九郎ってんだよ。兄弟がてぇそう世話になったてな。礼を言うぜ」
「いやいや、どうってことねぇよ。カネを三十両ばかり恵んでやっただけで」
 と、次郞長、さりげなく自慢をする。それに対して三九郎は、
「十両から首が飛ぶ世の中に三十両もの大金を恵んでくださるたあ、そらそら、こらこら、兎のダンスだ」
 と大仰に驚いて見せ、
「時におまえはなんて名デー」
 と次郞長に名を問うた。
「俺は長五郎って言うんだよ。みんなは俺のことを次郞長と呼ぶ」
「おお、おまえが次郞長か。噂にゃ聞いてる。いい男だってね」

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