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やくざの喧嘩・福太郎敗亡

【第54話】「海道一の親分」として明治初期に名をはせた侠客、清水次郎長。その養子であった禅僧・天田愚庵による名作『東海遊侠伝』が、町田版痛快コメディ(ときどきBL)として、現代に蘇る!! 月一回更新。
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「いてもれ、アホンダラ」
「じゃかあっしゃ」
「こなくそ」
「ぎゃん」
 ヤクザの喧嘩と言えばそのような罵声の飛び交う修羅場のように思われがちである。マア、実際に斬り合いになれば、そんな声も上がるが、その前段階、実際の喧嘩に至るまでは割合と面倒くさい駆け引きが続いた。

 弘化二年夏、次郞長の家を出た八尾ヶ嶽宗七は尾張で一家を構えることに成功した。と書けば一行で済む話だが、それが出来たのは八尾ヶ嶽がかつて江戸相撲で鳴らし、地元でも活躍した力士であったからである。
 それを知る地元の旦那方は、「オー、お前が花会を。じゃあ、行ってやるよ」など言って応援してくれたし、家も貸与してくれた。また、当時の角牴は今と違って、不良の集まり・ヤクザ予備軍みたいなものだから、「八尾ヶ嶽が一家を興すなら仲間になろう」と、嘗ての力士がその配下に集結してくる。
 そうなると、身体が大きくて力が強い、喧嘩のプロが集団になっている、ということになり、そこらの農家の次男とか三男とかが喧嘩をして勝てる相手ではない。ヨイショ、と立って、ポーン、と突けば相手は六尺も跳ね飛ばされる。投げれば肋が折れ、手が曲がる足が曲がる、忽ちにして勢力を伸長し、ブイブイ言わすようになってきた。だけれども。
 それには自ずと限界がある。なんとなれば此の世には、どの業界にも既存の勢力というものがあって、小さくやっているうちはいいが、大きくなってくると目をつけられる。
「最近なんか、八尾ヶ嶽宗七が家の縄張内で勝手な事してます」
 と乾分の報告は一の宮の久左衛門である。
「そらいかんなあ」
 報告を受けた久左衛門はそう言った。知らぬ事ではなく、少し前から、八尾ヶ嶽の身内が自分たちの縄張で勝手に賭場を開帳したり、自分たちの渡世場にやってきて賭場荒し、因縁をつけて場銭をかっ攫っていく、などしているのをも久左衛門はちょくちょく耳にして心を傷めていた。
 だからと言って、「よっしゃ、ほんなら潰そ」と言って直ちに喧嘩を仕掛けることもなかなかできない。というのは相手が高が知れたチンピラならそれでもよいが、相手がそれなりに強かった場合、こっちに怪我人や死人が出る可能性が高いし、はっきり言って費用も掛かる。そしていくらこっちが正しくても、事と次第によっては大事の縄張りをすべて取られてしまう可能性があるからである。
 じゃあどうするのかと言うと、マアいろんな手段が考えられる。もっとも穏便なのは警告を発する、という事で、「そこはうちの縄張りなのでやめてください。やめないと大変なことになりますよ」と通告するのである。
 しかしそれで、「アー、お宅のナニでしたか。ちっとも知りませんでした。すみませんでした。すぐやめます」と言うことは先ずない。なぜならそんなことは百も承知でやっているからである。それは判っているけれども、「相手の権益を奪って自分が得をしたい。なぜならその方が楽しいから」と思ってやってる。だからやめない。やめる訳がない。
 じゃあ仕方ない、戦争か、というとすぐにはそうはならない。なぜならさっきも言うように戦争をしても儲からない、というか損をするばかりだからである。そこでどうするかというと、例えばだが、報復をする。自分の縄張内で勝手な事をしている奴を見つけたら、「なに勝手な事してくれてんねん」かなんか言い、取り囲んで暴行を加え、素手で髪の毛を引きちぎり、田の溝に捨てるようなことをする。あべこべに相手の縄張りに行って賭場を荒らす。旅館や飲食店に嫌がらせをする、などする。
 それで相手が、「アー、そもそもこっちが悪いことをしたから相手も同じことをしてくるんだな。こっちが悪いことをしなかったら相手もしてこないのだな。よし。もう金輪際悪いことをするのはやめよう。人の嫌がることはしないでおこう。やくざ相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚して、平和を愛する諸一家の公正と信義を信頼して、われらの安全と生存を保持しよう」と思えばよいのだけれども、大抵の場合、そう思わず、じゃあどう思うかと言うと、「確かにこっちも悪いかも知らん。だが、相手はもっと悪い。こっちの悪さと向こうの悪さが釣り合っていない。腹立つ。殴りたい」と思う。或いは、「ちょっと悪いくらいで報復するなんてひどい」と被害感を抱き、「半殺しにしたい」と思う。でどうするか、と言うと、思うだけでなく、実際に殴ったり、半殺しにしたりする。その結果、紛争・小競り合いが始まるのである。

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