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#9 【コラム4】納豆 ご飯に納豆。いや、納豆にご飯!?

リングにあがった人類学者、樫永真佐夫さんの連載です。「はじまり」と「つながり」をキーワードに、ベトナム〜ラオス回想紀行!今回はおなじみの納豆がベトナムにもあった!?(隔週の火曜日19時更新予定)

日干ししているブサイクな赤黒い円盤がセンベイ状納豆
(2000年 ベトナム、イエンバイ省ギアロ)

 ベトナムに納豆がある、といったら、たいがいのベトナム人は「そんなバカな」と否定するだろう。でも、実際にある。西北部のタイ系民族はむかしから自分たちで納豆をつくって食べてきた。しかも日本より、むしろそっちが納豆の本家本元かも、と考えている研究者たちもいる。
 納豆といっても日本の納豆のように糸を引かないし、もっと発酵が進んでアンモニア臭が強い。そのためか、黒タイや白タイは「腐った豆トゥア・ナオ」とよんでいる。
 黒タイの作り方は次の通りだ。ゆでた大豆を二,三日バナナの葉にくるんで醗酵させる。次にそれを木臼で搗いてひき割り状にする。発酵が進み過ぎないよう、それらをせんべい状に固めて天日乾燥させて保存する。
 ギアロの市場でも黒タイの女性がザルに無造作に盛って売っていたりするが、おなじようなものをベトナム西北部からラオス、タイ北部までのあちこちで見かける。ブサイクに成形された赤黒い円盤なので、知らない人は牛糞でも固めた固形燃料かも、と誤解するかもしれない。鼻を近づけてクンクンしてみると、なるほどクサい!

市場で売られていたセンベイ状納豆(2004年 ベトナム、ソンラー省)

 横山智さんというラオス研究が中心の地理学者がいる。あるときルアンパバンで納豆を食べて以来、納豆文化への興味にとりつかれた。その後、日本はもちろん、納豆をつくっているときけばどこにでも足を運んで調べまくり、アジアを行き尽くして『納豆の起源』(NHK出版、 2014年)『納豆の食文化誌』(農山村漁村文化協会、2021年)という大著2冊を刊行した。
 彼によると、納豆は中国南部からヒマラヤ・チベット、インド北東部、東南アジア北部に分布している。だが日本の納豆のように糸を引く粒状納豆は、日本からずいぶん遠い中国・ミャンマー国境以外では珍しいそうだ。
 黒タイの人たちは納豆を次のようにして食べる。
 まず鉢に納豆を入れ、そのうえに塩、トウガラシ、ニンニク、ショウガ、山椒、刻んだハーブ類を入れ、ぬるま湯で軽くといて少しドロドロにする。だが、ふつうご飯のうえにはのせない。モチ米を蒸したおこわが主食なので、手で握ったおこわ、ゆでた野菜やタケノコの方をこれにつけ、調味料として味わうのだ。生のキュウリを手にして金山寺味噌につけて食べるのに似ている。

黒タイの夕飯の食卓。もっとも右手前にある鉢に入っているのが納豆で、
肉や野菜をこれにつけて食べる(2008年 ベトナム、ソンラー省)

 だがわたしも黒タイの村で、納豆ご飯を毎朝食べていたことがある。それはライチャウ省タンウエン県のとある村に一週間あまり滞在した 2002年のことだ。たまたま居候先の家族がモチ米よりもうるち米をふだんから好んで食べていて、またうるち米を収穫したばかりの時期だった。味付けしてドロドロにした納豆を、家族みながやはりご飯のうえにかけて食べた。味は日本の納豆と同じようなものだが、発酵が進んでいる分だけ酸味が強くなる。

ぬるま湯を混ぜて潰し、塩や唐辛子とあえて、茹で野菜やタケノコをつけて食べるための納豆(2002年、ベトナム、ライチャウ省)

 日本の納豆より匂いはきついが、新米の香りと混じっておいしい。ただし食事中にお茶や水を飲む習慣がないので、スープ以外に飲むとしたら男性ならアルコール30度もある米焼酎だ。わたしは酒が苦手なので、このときは温かいお茶でものみながら食べたい、と心ひそかに願ったものだ。

雨季の黒タイの村(2002年、ベトナム、ライチャウ省)
陰暦5月、雨季の合間の晴れた日には山の緑と滝が美しい(2002年、ベトナム、ライチャウ省)

▼関連リンク
・少数民族に対するまなざし
「(旅・いろいろ地球人)道草、足止め、回り道(1)-正直者の父」『毎日新聞』毎日新聞大阪本社、2010(平成22)年10月6日(水)
「やむにやまれぬ竹楊枝」『月刊みんぱく』2021年10月号、16-17頁
・山地の伝統調味料
「(考える舌)みんぱく 食の民族誌―ベトナム・黒タイ族の山椒」『京都新聞』朝刊 文化面、2015(平成27)年7月1日(水)

樫永真佐夫(かしなが・まさお)/文化人類学者
1971年生まれ、兵庫県出身。
1995年よりベトナムで現地調査を始め、黒タイという少数民族の村落生活に密着した視点から、『黒タイ歌謡<ソン・チュー・ソン・サオ>−村のくらしと恋』(雄山閣)、『黒タイ年代記<タイ・プー・サック>』(雄山閣)、『ベトナム黒タイの祖先祭祀−家霊簿と系譜認識をめぐる民族誌』(風響社)、『東南アジア年代記の世界−黒タイの「クアム・トー・ムオン」』(風響社)などの著した。また近年、自らのボクサーとしての経験を下敷きに、拳で殴る暴力をめぐる人類史的視点から殴り合うことについて
論じた『殴り合いの文化史』(左右社、2019年)も話題になった。

▼著書『黒タイ年代記 ―タイ・プー・サック』も是非。ベトナムに居住する少数民族、黒タイに遺された年代記『タイ・プー・サック』を、最後の継承者への聞き取りから読み解きます。


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