#9 【コラム4】納豆 ご飯に納豆。いや、納豆にご飯!?
ベトナムに納豆がある、といったら、たいがいのベトナム人は「そんなバカな」と否定するだろう。でも、実際にある。西北部のタイ系民族はむかしから自分たちで納豆をつくって食べてきた。しかも日本より、むしろそっちが納豆の本家本元かも、と考えている研究者たちもいる。
納豆といっても日本の納豆のように糸を引かないし、もっと発酵が進んでアンモニア臭が強い。そのためか、黒タイや白タイは「腐った豆」とよんでいる。
黒タイの作り方は次の通りだ。ゆでた大豆を二,三日バナナの葉にくるんで醗酵させる。次にそれを木臼で搗いてひき割り状にする。発酵が進み過ぎないよう、それらをせんべい状に固めて天日乾燥させて保存する。
ギアロの市場でも黒タイの女性がザルに無造作に盛って売っていたりするが、おなじようなものをベトナム西北部からラオス、タイ北部までのあちこちで見かける。ブサイクに成形された赤黒い円盤なので、知らない人は牛糞でも固めた固形燃料かも、と誤解するかもしれない。鼻を近づけてクンクンしてみると、なるほどクサい!
横山智さんというラオス研究が中心の地理学者がいる。あるときルアンパバンで納豆を食べて以来、納豆文化への興味にとりつかれた。その後、日本はもちろん、納豆をつくっているときけばどこにでも足を運んで調べまくり、アジアを行き尽くして『納豆の起源』(NHK出版、 2014年)『納豆の食文化誌』(農山村漁村文化協会、2021年)という大著2冊を刊行した。
彼によると、納豆は中国南部からヒマラヤ・チベット、インド北東部、東南アジア北部に分布している。だが日本の納豆のように糸を引く粒状納豆は、日本からずいぶん遠い中国・ミャンマー国境以外では珍しいそうだ。
黒タイの人たちは納豆を次のようにして食べる。
まず鉢に納豆を入れ、そのうえに塩、トウガラシ、ニンニク、ショウガ、山椒、刻んだハーブ類を入れ、ぬるま湯で軽くといて少しドロドロにする。だが、ふつうご飯のうえにはのせない。モチ米を蒸したおこわが主食なので、手で握ったおこわ、ゆでた野菜やタケノコの方をこれにつけ、調味料として味わうのだ。生のキュウリを手にして金山寺味噌につけて食べるのに似ている。
だがわたしも黒タイの村で、納豆ご飯を毎朝食べていたことがある。それはライチャウ省タンウエン県のとある村に一週間あまり滞在した 2002年のことだ。たまたま居候先の家族がモチ米よりもうるち米をふだんから好んで食べていて、またうるち米を収穫したばかりの時期だった。味付けしてドロドロにした納豆を、家族みながやはりご飯のうえにかけて食べた。味は日本の納豆と同じようなものだが、発酵が進んでいる分だけ酸味が強くなる。
日本の納豆より匂いはきついが、新米の香りと混じっておいしい。ただし食事中にお茶や水を飲む習慣がないので、スープ以外に飲むとしたら男性ならアルコール30度もある米焼酎だ。わたしは酒が苦手なので、このときは温かいお茶でものみながら食べたい、と心ひそかに願ったものだ。
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