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#15 【コラム7】おこわ弁当−旅にしあればトーン・チンの葉に

左右社

リングにあがった人類学者、樫永真佐夫さんの連載です。「はじまり」と「つながり」をキーワードに行くベトナム〜ラオス回想紀行!(隔週の火曜日19時更新予定)今回は知られざる「めちゃくちゃうまい」おこわ弁当です。

2000年頃までだろうか、西北部の峠の国道の路肩には、白く塗られたコンクリートが並んでいた。かつてその上で食事したり、昼寝したりしながらバイク移動した
(2012年 ベトナム、ソンラー省)

 村を去ってすでに遠く、野にバイクを置きひとり風の音を聞きながら、細い竹へぎを解きトーン・チン(クズウコン科フリニウム属)の緑の大葉に包まれたおこわ弁当を広げるとき、この万葉歌をよく思い出した。

 家にあればに盛るいいを草枕 旅にしあれば椎の葉に
 盛る(『万葉集』巻2、142)

「自邸だったら豪華な食器にご飯を盛るのだが、旅の道中なので椎の葉っぱに盛って食べる」と詠んだのは、有間皇子(640-658)だ。
 旅といっても、中大兄皇子に対する謀反の嫌疑をかけられて捕縛され都に護送される途次のことで、皇子は歌ってまもなく、弱冠19歳で命を落としたとされる。それが事実なら、家での食事を思い浮かべながら、冷めた弁当をひとり広げて旅愁をかみしめているノンキな情景ではないのだが、わたしは勝手にそんな歌としてこの歌を味わってきた。

トーン・チンの葉にくるまれたおこわ弁当を路上で食べる。おかずには囲炉裏であぶった魚肉(2002年 ベトナム、ソンラー省)

 ずっとわたしが世話になっている黒タイの村を訪ねると、帰り際に家族がわたしのためにいつも弁当をもたせてくれる。モチ米を蒸したおこわをトーン・チンの葉2枚にくるみ、竹へぎで縛った大きな方形の包みが一つと、おかずが少々。おかずは肉の燻製のことが多い。スイギュウ、ウシ、ブタ、シカなどの肉に塩をすり込み、囲炉裏の火棚から吊してつくるのだ。これを受け取るのが、まるでお別れの儀式みたいだ。
 おこわの塊は2合分以上ありそうなので、とても一人では一度で食べきれない。だから道すがら、高地民モンの村から聞こえてくるスイギュウの木鈴の音を聞き、幾重もの山なみをみはるかしながら、運転手のタンさんと峠のてっぺんでお昼ご飯に頬張ったこともあれば、ソンラーにあるカム・チョン先生の家族に招かれた夕飯にもちこんだことも多い。
 はじめのころ先生の家族らは
「これこそ、われわれタイ族の正しい習慣だ」と笑った。
 西北部で行かなかったところはない、とうそぶいていた先生も、「去り際には自分もいつもそうやって弁当をもたせてもらったものだ」と、爆撃を避けつつ各地の古老を訪ね歩いた1950年代から70年代のことを懐かしんでいた。

ファディン峠の頂上の草地から、モンの村が見下ろせる
(2004年、ベトナム、ソンラー省)

 黒タイの主食は伝統的にはモチ米だ。計画経済のもとで米の増産のために西北部でも1960年代からうるち米栽培が拡大しうるち米も食べるようになったが、1990年代でも食事に招かれた際「客人をもてなす米ではないのだけれど」と、うるち米をよそいながらわびられたこともあった。ちなみに、伝統的にはモチ米もうるち米も長粒のインディカではなく、ジャポニカだ。
 このおこわがめちゃくちゃウマい!
 そのままでもウマいが、ゴマ塩をかけても、あるいはイモやトウモロコシを混ぜて蒸してもウマい! 
 日本人は日本の米が世界で一番おいしいと信じているものだが、日本でおこわにして食べてみても、やはりめちゃくちゃウマい。

刈り取った稲穂から落としたモミを大ムシロの上に広げ、大きなウチワであおいで不純物を取り除く。手足をリズミカルに動かしながらおこなう作業だ(1997年 ベトナム、ディエンビエン省)
おこわができるまで ©Masao Kashinaga

関連リンク▼
「子どもの労働」
「(異文化を学ぶ)働くということ(3)-高度成長へのまなざし」『毎日新聞』(夕刊)毎日新聞大阪本社、2006(令和2)年6月21日(水)

樫永真佐夫(かしなが・まさお)/文化人類学者
1971年生まれ、兵庫県出身。1995年よりベトナムで現地調査を始め、黒タイという少数民族の村落生活に密着した視点から、『黒タイ歌謡<ソン・チュー・ソン・サオ>−村のくらしと恋』(雄山閣)、『黒タイ年代記<タイ・プー・サック>』(雄山閣)、『ベトナム黒タイの祖先祭祀−家霊簿と系譜認識をめぐる民族誌』(風響社)、『東南アジア年代記の世界−黒タイの「クアム・トー・ムオン」』(風響社)などの著した。また近年、自らのボクサーとしての経験を下敷きに、拳で殴る暴力をめぐる人類史的視点から殴り合うことについて論じた『殴り合いの文化史』(左右社、2019年)も話題になった。

▼著書『殴り合いの文化史』も是非。リングにあがった人類学者が描き出す暴力が孕むすべてのもの。


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