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​驚くべき人との出会い・治助の情愛/町田康

【第33話】「海道一の親分」として明治初期に名をはせた侠客、清水次郎長。その養子であった禅僧・天田愚庵による名作『東海遊侠伝』が、町田版痛快コメディ(ときどきBL)として、現代に蘇る!! 月一回更新。
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 遠州榛原郡川崎村に借金の取り立てに出掛け、行き違いから漁師たちに袋叩きに遭い、死にかけていたところ、たまたま通りがかった鯉市という男に助けられ、寺津に戻って腰を据えて傷を治すことにした次郞長、やくざが駕篭で旅するなんてなのは普通ないが、歩けないのだからしょうがない、駕篭を雇ってこれに乗り、天竜川の河畔までやって来た。
 そうして土手の上から河原を望むと渡し場の辺りに五、六人の男がいるのが見えた。
 それをみて次郞長は、おっ、と思った。なんとなれば、そのがやくざ者らしかったからである。それで思わず次郞長は、
「お友達か」
 と呟いた。やくざ者は同業者のことを、お友達、という。だから往来で行き会った者がやくざ者らしかった場合、「お友達にござんすか」と言って確かめる。
 だけど次郞長はそれをしたくなかった。なぜなら、東海道で既に有名人だった次郞長は、身内以外の、お友達、に、このみっともない姿を見せたくなかったからである。
 次郞長は駕篭舁に言った。
「ちょいと、とめてくんねぇ」
「へぇ。小便ですかい」
「とにかく、ちょいと駕篭を下ろしてくんねぇ」
「ようがす。おい、旦那が下ろせつってる。駕篭を下ろせ」
 と駕籠舁は駕籠を下ろす、次郞長、遥かに河原を見下ろして、
「えーと、ありゃあ、うん、間違ぇねぇ、やくざ者だな。それもこの辺のもんじゃねぇ、旅人だな。知らねぇ顔だ。じゃ、ま、このまま行っちまおう、おい、駕篭屋」
 と次郞長声を掛けたが駕篭屋、少し離れたところの松の根方に座り込んで煙草を吸っている。
「しょうがねぇな」
 と苦笑いしてもっぺん、見るとはなしに渡し場の方を見た次郞長、そのとき偶々《たまたま》、次郞長がいる土手の方に顔を向けて笑っていた、五人のうちの一人、額に大きな瘢《きずあと》がある男を見て、思わず、
「あっ」
 と声をあげた。
「あ、ありゃあ、佐平じゃねぇか」
 読者の皆様は佐平を覚えておられるだろうか。矢部の平吉の賭場の揉め事から喧嘩になり、次郞長が棍棒で撲殺、同じく撲殺して巴川に叩き込んだ、沼津金の乾分・佐平である。
 その人殺しの罪を憚って次郞長は国を売って、旅に出た。
 ところがその死んだはずの佐平が天竜川の河畔に居て、まるでアホのような顔で笑っているのである。
 さては死に損ないやがったか。悪運の強いクズ野郎だ。
 然う思った次郞長、これを嘲弄してやろうと、河原に向かって大きな声で言った。
「そこにいるのは佐平じゃねぇのか」
 呼ばれた佐平は驚いた様子できょろきょろしている。それを見た次郞長はもう一度、大きな声で、
「おおい、佐平。佐平の兄貴、ここだよ、ここ」
 と言った。それでようやっと土手の上から呼ばれているのに気がついた佐平、
「あんなところで呼んでやがる。いっていどこのどいつだ。駕篭に乗っているところを見ると堅気さんにゃちげぇねぇだろうが、その割を佐平の兄貴、なんで呼びやがる」
 と不思議に思い言った。
「俺は確かに佐平だが、そういうお宅さんはいってぇ、どこのどちらさんでごぜぇやすか」
 次郞長、それには答えず、
「佐平、てめぇ、よく生きていやがったなあ。俺ァ、おめぇ殺したと思い、清水を売って、今ァ、三河に居るんだよ。今日はな、用足しに行った先で、ちょいとした縮尻をやって、これから寺津へけぇるところなんだが、ははは、こんなところで、おめぉに会うとは夢にも思わなかったぜ。なしろ、こっちは死んだと思ってたからな。ははは、けどなんだな、俺が殴ってできたその額の疵はいまだに消えねぇんだな。遠くからでもよくわかるぜ。それなら祭の人混みに居ても一目で、おめぇだってわかるぜ、佐平、よかったな」
 と小馬鹿にするような口調で言った。
 それを聞いた佐平は赤面した。

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