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深堀骨『腿太郎伝説(人呼んで、腿伝)』冒頭試し読み公開!

不世出の鬼才、作家の深堀骨さんによる20年ぶりの単著にして初の長篇小説、『腿太郎伝説(人呼んで、腿伝)』。誰もが知る昔話「桃太郎」を大胆に再解釈し、ノンストップでラストまで駆け抜ける快作です。
いよいよ来週2月24日より発売になる『腿太郎伝説(人呼んで、腿伝)』の冒頭を特別公開いたします。ここまで読んだら何をどうしても続きが気になってしまう本作、発売をお楽しみに!


『腿太郎伝説(人呼んで、腿伝)』

深堀 骨

 昔昔のワンス・アポン・ア・タイム、と云っても然程さほど昔ではない程度に昔、あるコミュニティにGさんとBURさんが棲んでおった。Gさんは山へシバきに(その実はシバかれに)、BURさんは川へ選択に行っておった。BURさんが選択しに日々通う川は日々異なる物が色々と漂着するものだから選択のし甲斐もあろうってもんなんで、BURさんはその日も鵜の目鷹の目で選択に馳せ参じたのであった。
 BURさんがたらいを抱えて川へと辿り着くと、早くも選択の競い相手どもが川岸にピーチャカパーチャカとかまびすしく語り合っていたが、皆云いっ放しで相手の云うことなんざ当然聞いてやしない。BURさんは常の定位置(木賊とくさが好い塩梅に折れ曲っている場所)に新参者が座り込んでるのを「ヴォッ」と唸りながら立ち退かせて、その場にずしりと南瓜尻を根が生えんばかりに据え置くと、木賊がミシリと泣き崩れた。持参の盥を前にして、競い相手に白眼で牽制を喰らわしながら、川の上流を睥睨しておるってえと、腿がドンブラコッコスッコッコと流れて来たのであった。の腿はうら若き女の片脚左脚、付根から切断されて捨てられて、川の流れに揉まれたせいで、皮膚がところどころ弾けてゲヂョゲヂョに肉片やら血管やらが喰み出ておる。でも放棄されて間もないのか肌の色艶はしっかりしておるので、BURさんは年功序列と気合の力を借りて他の有象無象を例の如く「ヴォッ」という咆哮で牽制しながら、難なく腿をゲットして盥に載せて持ち帰ったのであった。
 Gさんは既に家に帰っておって、本日は山でどんだけシバきまくったか(実際はシバかれまくってる)の成果についてウンチャラカンチャラと自慢をすべく待ち構えていたのだが、BURさんが盥に載せた腿を見て、そうしたチンケなエゴもエロの前には吹き飛んでしまった。
「BURさん、その腿は若い女性の太腿であるぞな、もし」Gさんは「女性」という単語を「ジョセイ」でなしに「ニョショウ」と発音するために、頭を丸めてもいないのに生臭坊主感が抜けないのである。Gさんの好物は無論葷酒くんしゅである。そして女性にょしょうである。
「Gさん、唇の端から涎が垂れてるがな、もし。これは喰い物ではないぞな、もし」BURさんは涎の垂れたGさんの頬に立て続けに二、三発ビンタをお見舞いした後に、鼻紙で涎を丁寧に拭ってやった。GさんはBURさんの一連の仕打ちの実行中に恍惚とした表情を浮かべていたので、黄金の涎が拭っても拭ってもだらしなく豊潤に湧き出るのであった。
「GさんよGさんよGさんよ、」BURさんは唇の失禁を嫌悪の眼で見ながら「喰い物ではないとは云うたども、それほど迄に喰いたければ料理してやろうじゃねえの、もし」と云いつつ、かねてより常備したる巨大なる包丁一本、これさえ持っておれば喰える物も喰えない物も生きとし生ける物総てを料理出来る業物わざもの、日頃より怠りなく研ぎに研いでギラギラに光っている必殺必中の得物をば取り出し、大上段に振り被ると、ヨオイヤサアアアッとの掛声と共に腐る寸前の女の腿にザックリと切り込んだ。腿の切れ目からは屍とは思えぬ程の大量の血潮が飛沫を上げてほとばしり(プシューッという噴出音とGさんの「アイヤー」という歎声がハモった)、と同時に一個の塊が神の見えざる手によって引き抜かれた大根の如くズボッと飛び出し宙に一廻転舞った勢いの割には畳の上に不思議な迄に軟着陸した。血にまみれた塊は「バベベブビビベベブブ」と云いながら、Gさんの方角へと四つん這いで這い寄って来た。Gさんは恐れ戦き「でぃすがすてぃんぐ〜、くり〜ぴんぐ〜」と喚きながら手狭な部屋を逃げ回った。「でぃすがすてぃんぐ〜」も「くり〜ぴんぐ〜」も末尾の「ぐ」にアクセントを置いて引き延ばした平坦な発音であった。「平坦」は英語で“Flat”である。Gさんは“Flat”も「ふらっと〜」と納豆売りみたような云い方をすることは間違いない。
「GさんよGさんよGさんよGさんよGさんよ、」BURさんはGさんの見苦しい迄の狼狽振りを見兼ねて云った、「貴様はいい歳こいて何をオタオタしてるんだぞな、もし。これは腿から生まれた赤ん坊だぞな、もしもし。この腿の持主だったオナゴが殺されてバラバラにされてる寸前に身籠った赤子を救わねばならぬとて、腹から腿に転移させたに違いあるまいてぞな、もしもしもし。もしもしもしもし。もしもし亀よ亀さんよ、ぞな、もし」そしてBURさんは畳の上に血と羊水を滴らせながらヨチヨチ歩いてる塊を亀さん呼ばわりすると、塊はピタッと歩みを止めた。確かに塊の頭部は亀に似ていてさながら亀頭だった。亀頭は茎部をグググイ〜ッと伸ばして呼びかけたBURさんを見上げた。その眼(二つはあった)は黒目しか無くて、赤子と云うよか齢を重ねに重ねて重ね過ぎた老人のドヨリンと濁った眼差しであった。百戦錬磨のBURさんもその眼には怯んだが、勇を奮って更に「もしもし亀よ」と繰り返した、ってえと、血塗れの亀頭の塊は尚も茎部をグググニ〜ッと伸ばして、口をワシッと開くとアオミドロみたような粘液をゲボッと吐き出した。粘液はBURさんの干涸らびて皺ばんだ顔面に命中した。BURさんは鼻紙で今度は己の顔を拭いながら「ま、こいつを儂らで育ててやらねばいかんということだぞな、もし。儂らが子供なんぞ授かる見込は萬に一つも無いんじゃから、これは神様からの授かり物だぞな、もし。Gさんと儂と二人でこの糞餓鬼を何処に出しても恥ずかしくない立派な大人にしちゃるんがな、もし」と云った。BURさんの言葉は絶対なので、Gさんに異存があろうが無かろうが、それは決定事項なのだった。
「腿から生まれたから『腿太郎』ぞな、もし」BURさんは即座に命名した。「腿」は「桃」とは発音が異なり、最初の「モ」のアクセントが強調される。従って「腿太郎」という名前も最初の「モ」が強調される。「腿から生まれた腿太郎」も「桃から生まれた桃太郎」を関西風味のイントネーションに置き換えたような発音となる。だけれども「モモちゃん」と呼ぶ分には一向に差し支えなく可愛い呼び名なのだとBURさんは主張し、これまたGさんには異存なぞある訳がないのだった。


腿太郎伝説(人呼んで、腿伝)
深堀 骨:著
四六判並製288ページ/本体価格1900円+税 
ISBN978-4-86528-360-0
2023年2月24日より全国書店にて順次発売!


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