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#17 【コラム8】川ノリ−水と日光を支配するのは天か、それとも中国か?

左右社

リングにあがった人類学者、樫永真佐夫さんの連載です。「はじまり」と「つながり」をキーワードに、ベトナム〜ラオス回想紀行!今回は「のり」のお話です。

網代の上で干してカイペーンをつくっている。塩、油、ゴマ、野菜のスライスなどがかかっている(2001年 ルアンパバン)
ルアンパバンの市場で生で売られているカイ(2001年 ルアンパバン)

「黒くてグロい」

と、ノリは見た目からして外国人に嫌われる日本の食品の代表格だが、東南アジアでタイ系民族は昔から「川ノリ」を食べている。
 この川ノリをタイ族の人たちは、湧き水がある静水にあるのがタウ、せせらぐ川で育つのがカイ、と二つに分けている。植物分類学上は、タウがアオミドロ、カイがシオグサで、正確には日本のカワノリのことではない。ここではカイにしぼって話そう。
 カイはラオスの古都ルアンパバンでも名物の一つだ。日本の乾物屋にあるノリとは比すべくもなく分厚いが、干して板ノリ状に加工されたのが「カイペーン」だ。
 町を歩いていると、カヤの葉や茎で編んだ枠が斜めに立てかけてあるのを、あちこちで目にすることができる。枠のうえに濃緑色の正方形のシートがはりついている。カイペーンを天日干ししているのだ。
 分厚いカイペーンには味の素、塩、タマリンド果汁などの調味料がしみこみ、その上にゴマ、スライスしたニンニクやトマトなどが付着している。しっかり味がついているので、これだけでご飯のおともとなる。

ルアンパバンのレストランのランチメニューについてきたカイペーン。
味噌や野菜の和え物などといっしょに食べる(2009年、ルアンパバン)

 カイペーンはラオス側ではポピュラーだが、ベトナム側でわたしは見たことがない。
 ダー河、マー河水系の河川のあちこちでカイをとっているのを、2000年代前半まで見た。ベトナム西北部だと、採取するのはだいたい12月から2月くらいだ。その時期以外にカイが川の中にないのではない。9月に乾期がはじまると水量が減り、雨水の流入が減るから水も澄む。大河だと水面が何メートルも下降する。そんな時期のカイだけが甘味があっておいしいのだと、ベトナムの黒タイの村人からきいた。
 採ってきたカイは、まず時間をかけてよく洗いスープにいれて煮て食べることが多かった。スープの具になったカイの、カワノリよりも繊維質でゴワゴワした食感は覚えているが、味はちゃんと思い出せない。

カイを川で採取する白タイの女性(2005年 ベトナム、ライチャウ)
採取したばかりのカイ(2005年 ベトナム、ライチャウ)

 現在は森林が減少して土壌流出が激しいから乾期でも川の濁りが強い。また、流れ込む生活排水が増えて水は汚染された。そのせいでベトナム側ではあまり食べなくなった。
 いっぽう、ルアンパバンなどがあるメコン本流域でも、中国にある源流部でダム建設が進んでいるため、ダムによる水量コントロールや河川環境の悪化の影響が危惧されている。もちろんそれがカイの生育、カイを食べることの安全性にも影響する。
 ちなみにラオス経済への中国の食い込み方は激しい。なにしろ国境付近の山地はどこもかしこも中国への輸出向けのゴム林だらけだし、中国に大量出荷される野菜や果物を栽培するために農地も借りあげられまくっていて、おまけに中国からビエンチャンまで新幹線も開通するなど、開発のために大量に中国から技術者や労働者たちが来ている。「森の国」ラオスの水も木も土も、今や中国にコントロールされているのだ。

メコン川の向こうに沈みゆく夕陽(2019年 ビエンチャン)

関連リンク▼
「村のインフラ」
「(旅・いろいろ地球人)電灯と伝統(2)-なくなった「村の電力局」」『毎日新聞』(夕刊)毎日新聞大阪本社、2015(平成27)年3月15日(日)

樫永真佐夫(かしなが・まさお)/文化人類学者
1971年生まれ、兵庫県出身。1995年よりベトナムで現地調査を始め、黒タイという少数民族の村落生活に密着した視点から、『黒タイ歌謡<ソン・チュー・ソン・サオ>−村のくらしと恋』(雄山閣)、『黒タイ年代記<タイ・プー・サック>』(雄山閣)、『ベトナム黒タイの祖先祭祀−家霊簿と系譜認識をめぐる民族誌』(風響社)、『東南アジア年代記の世界−黒タイの「クアム・トー・ムオン」』(風響社)などの著した。また近年、自らのボクサーとしての経験を下敷きに、拳で殴る暴力をめぐる人類史的視点から殴り合うことについて論じた『殴り合いの文化史』(左右社、2019年)も話題になった。

▼著書『黒タイ年代記 ―タイ・プー・サック』も是非。ベトナムに居住する少数民族、黒タイに遺された年代記『タイ・プー・サック』を、最後の継承者への聞き取りから読み解きます。


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