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【試し読み公開】学校! 高校生と考えるコロナ禍の365日

2021年11月15日刊行、『学校! 高校生と考えるコロナ禍の365日』の試し読みを公開しています。全国の小中高に対して政府から臨時休校要請が出され2020年3月1日から私立桐光学園中学校・高等学校は前代未聞の長期休校を迎えることとなった。授業は?部活は?修学旅行は?文化祭は?卒業式は?一年間、学校はこのピンチをどう駆け抜けたかーー。生徒、教員、保護者、カウンセラーらの総勢29名による葛藤と希望の365日。目まぐるしい変化と現場の声を追ったノンフィクション。

総務部

一本の電話から始まった非常事態

 二〇二〇年二月二十八日、私は京都にいました。

 七月に実施する中学二年生のサマースクールの下見のためです。同行者は全員マスク着用でしたが、コロナの脅威についてはまだそれほどピンと来ていない時期です。前日の二十七日には「全国一斉休校の要請が行われる見通し」とのニュースがでたところでした。

 「休校要請とはいっても、三月一日からの後期期末試験が終わってからだろう」と、京都を走るタクシーの中で同僚と話していたまさにそのとき、電話が鳴りました。「三月一日から休校します」。まさか、と虚を衝かれた思いでした。この休校の決定によって、期末試験だけではなく、総務部が担当する卒業式、新入生オリエンテーション、入学式、そしてサマースクールや修学旅行などの宿泊行事、さらには父母会活動、制服販売や食堂などの業者対応等すべてが新しい対応を迫られることになりました。

 まず、五月末に実施予定だった高校二年生のカナダへの修学旅行の中止が決まりました。生徒たちも覚悟はしていたようでしたが、中高六年間の中でも一番のビッグイベントの中止はさぞ悲しかっただろうと思います。その次に中止が決まったのは、七月上旬に予定されていた中学生のサマースクールです。私は今中二の副担任をしているので、中学生の反応はダイレクトに感じました。生徒たちと「今年はもうどこにも行けないんですか?」「うーん、冬のスキースクールは行けるといいね」という会話を何度したことか。その度に胸が痛みました。

 高二の修学旅行はなんとか代替行事を用意しようと学年の先生方や旅行会社と調整を重ねました。まず秋に九州への研修旅行を計画したのですが、六百人近い生徒の宿を確保するのは難しく、まだまだ落ち着かない社会状況も相まってやむなく中止としました。オフシーズンの冬なら宿は確保できるという話も上がりましたが、冬の実施は新型コロナウイルス感染症とインフルエンザの流行とのダブルパンチになる可能性もあり、状況の良化も見られずまた中止。最後に二〇二一年三月に関東近辺での日帰り研修を予定していましたが、直前で緊急事態宣言が延長され予定していた日にかかってしまったため、これも実施できませんでした。三月の日帰り研修は、学年ごとに行き先を分けて中学高校の全学年が行く予定になっていました。中止が決まったのは実施の一週間前で、急遽代わりに学校内でできるイベントを考えることとなりました。結局高校生は何もできず、中学生はドッジボール大会を開きました。そしてこれが二〇二〇年度唯一の学校行事となりました。

 行事が中止になる度に、私のところには先生方からなんとか代替行事をしてあげたいという声が上がってきました。

 「子どもたちは勉強ばかりでかなり参っています。何かできませんか?」「学年が変わる前に、今のクラスで何か思い出作りをさせてあげたい」「友達との時間の共有を経験させたい」

 私も同じ思いでした。結局ほとんどなにも実現できず、生徒のことを思うと本当につらいというか……。三月の日帰り研修は生徒たちもとても楽しみにしていて、立候補した生徒が研修ごとに作成するしおりの表紙を描いてくれました。これがどれもすごく凝っていて見事なできで、たった一日の研修をどれだけ楽しみにしていたかがものすごく伝わってきました。いろいろと苦労はありましたがとにかく生徒がかわいそうでした。

卒業アルバムの写真がない

 行事がなくなったことで、思いがけないところにも影響が出ました。今年の中三と高三の卒業アルバムに載せる写真が足りなかったんです。これはアルバムを作り始めてから初めて気づいたことでした。

 例年なら「三年生の思い出」のページに載るはずの体育大会や輝緑祭(文化祭)、サマースクール、スキースクール、合唱コンクールなどの写真が全然ないのです。普段なら選ばれないような写真もかき集めてなんとか例年より何ページか少ない程度にすることができました。各クラスのページには、教室や部活での普段の様子を写した写真がたくさん載っています。後々アルバムを見返したとき、行事の写真がないこと自体が記録になって当時を思い出すということになるかもしれませんね。来年ももし行事がなくてもアルバムを作るときにあわてないように、普段から意識して各学年で写真を撮っておいてもらおうと思います。

 二〇一九年度の卒業式と二〇二〇年度の入学式は校内放送で行いました。生徒たちは教室にいて、保護者の来校はありませんでした。卒業式を放送で行うというのが本番の数日前に決まって、式次第ももう発注して印刷も終わっていたので、実際の式の内容はかなり変わってしまったんですが、「本当はこういう式になる予定でした」ということでそのまま配付しました。カットせざるを得ない項目が多くて、三十分弱で終わるあっけない式になってしまいました。卒業生には本当に申し訳ないというか、もちろん誰が悪いというわけでもないんですが、やりきれない思いがあります。

 二〇二一年三月に二〇二〇年度の卒業式があり、今回は二十周年記念アリーナで行うことができました。でもやはり通常通りとはいかないところが多くて。例年は卒業証書授与のときに一人一人名前を呼んで「はい」と返事をして起立するのですが、今年は返事はせずに立つだけでした。校歌斉唱などの歌もなし。生徒が声を出すのは代表挨拶だけでした。保護者の来校もできなかったので、新しい取り組みとしてライブ配信を行いました。もうすぐ二〇二一年度の入学式がありますが、こちらも二十周年記念アリーナで行う予定です。ただし保護者の来校については高校生は見合わせ、中学生は生徒一人に対して一人のみとし卒業式と同じようにライブ配信を行います。卒業式や入学式を映像で生中継するなんて一昔前までは考えもしないようなことですから、ほんとにすごいことだなと思います。

通常がわからないまま非常時に

 私が総務部長になったのは二〇一九年度からです。二年前初めてこの仕事について、一年目はわけもわからないまま周りに教えてもらいながらなんとかこなして、二年目に入ったらこのコロナ禍で。

 もう全てがぐしゃぐしゃというか、通常の総務部のやっていることがまだわかりきる前に非常時の対応ばかりしなければならなくなった。「いつもこうだからじゃあ今年はこうしよう」の「いつも」がまだよくわかっていないので、ずっと混乱している状態でした。通常に戻ったらまた一から学び直しだなと思っています。教務部長の菊池と進路指導部長の武井も二年前に私と同じタイミングで就任しました。私も含め三人とももともと畑違いで、その部にいたことがない状態で部長になりました。三人で「二年目にいきなりこの非常事態はつらいね」とよく話していました。

 年度末の現在(二〇二一年三月)は輪をかけて忙しいです。入学式が控えていて、その後急遽保護者会も開くことになり、教職員の健康診断もある。全部総務部の担当です。ひとつ予定が変更になるといろんなことが重なってきて、どれをどの順番でやればいいのかもう訳がわからなくなります。

 総務とは関係なく自分のクラスの子たちの話になりますが、休校明けに「めんどくさいと思ってたけど、やっぱり学校がないとさびしい」「休みでラッキーと思ったのは最初だけだった」と言う子が圧倒的に多かったのは嬉しかったです。コロナ対策もみんなきちんと対応してくれて、それも嬉しかったですね。でも、行事もなくてお昼ごはんも静かに食べないといけなくて、子どもたちは本当に我慢してるなっていうのが見ていてわかりました。

 だから、学校に来たら楽しいことがあるんだと少しでも思ってほしくて、ホームルームは担任の先生と副担任の私で掛け合いをしながら楽しくやっていました。そうしたら年度の最後の感想に「ホームルームが楽しかった」って書いていた生徒が何人かいて。普段ならわざわざ楽しかったことにホームルームを挙げる子はなかなかいないと思うんですが、今年はそういう日常が大切な時間になった一年だったなと思います。

 ワクチンも普及してきていますが、現状だと十六歳以上しか打てないんですよね。中学生は打てないし、高校一年生は打てる子と打てない子が出てくる。そういった中で来年度以降行事をどうしていくかまだ決められません。授業は新学期から五十分に戻りますし、少しずつ学校生活全体が平常時に近づいていくことになります。宿泊行事は難しくても、例えば文化祭の「輝緑祭」は来場者を生徒の家族に限定して行うとか、そういった形で実施できたらなと。

 学校は体験する場で、オンラインでは得られないものがたくさんあります。なんとか来年は体験の場をできるだけ多く作ってあげたいと思います。


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