【試し読み】ゴーイング・ダーク 12の過激主義組織潜入ルポ|第2章:初心者のためのレッドピル ──ヒップな極右組織ジェネレーション・アイデンティティ
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【試し読み】ゴーイング・ダーク 12の過激主義組織潜入ルポ|第2章:初心者のためのレッドピル ──ヒップな極右組織ジェネレーション・アイデンティティ

左右社
2021年12月31日発売、ユリア・エブナー『ゴーイング・ダーク 12の過激主義組織潜入ルポ』(西川美樹訳・木澤佐登志解説)の第2章の試し読みを公開しています。
過激主義者はどうやって「普通の人びと」を取り込むのか?
白人至上主義、ミソジニー、移民排斥……差別的で攻撃的なイデオロギーを掲げる組織は、オンラインプラットフォームを駆使して、周縁のムーブメントをメインストリームへと押し上げる。オンラインで始まった憎悪が、次第に現実世界へと移行していく様子をとらえた、緊迫のノンフィクション。

 「ハロー、ジェニー!」スクエア型のメガネをかけ、短い髪をジェルでかためた背の高い男が、歴史あるウィーン中心街の老舗カフェ・プリュッケルでわたしを待っていた。白人ナショナリストにはとうてい見えない、ごく普通の青年だ。見えるところにタトゥーもなければ、オルトライトのトレードマークのファシストっぽい刈り上げもしていない。
 「こんにちは! あなたがエドヴィン?」かたちだけの質問だ。この「ジェネレーション・アイデンティティ」(GI)の地域リーダーの顔は、メディアによく出ているからわたしも知っている。彼はヨーロッパのアイデンティタリアンのあいだでも有名人だ。ここ数カ月かけて、わたしはGIのあちこちのオンラインネットワークでいかにも本物っぽいアカウントをつくり、オーストリアやイギリスの同団体のメンバーと数週間にわたってメッセージをやりとりし、今回初めて対面で打ち合わせする約束をしたのだ。
 ぎこちなく握手を交わし、周囲のテーブルに遠慮がちに目を走らせてから、わたしはエドヴィン・ヒンチシュタイナーの隣にすわる。わたしのブロンドのウィッグは、ツイッターの分身(アバター)アカウントに載せたポニーテールのプロフィール画像とマッチしている。忘れてはいけない、とわたしは自分に言い聞かせる。あなたの名前はジェニファー・メイヤー。哲学を専攻していて、現在ロンドンに交換留学中のオーストリアの大学生。偽のアイデンティティを使うのは、小説の登場人物を創作するのと少し似ているかもしれない。その人物の過去、現在、そして未来がわかっていなければ、あなたの話に誰も納得してはくれないだろう。
 その日はオーストリアの総選挙の当日で、周囲の客の大半がコーヒーを片手に隣人たちと選挙の予想結果について話している。わたしたちのことをじっと見つめる瞳の主は、上品な身なりの年配女性ひとりだけだ。中道左派系の新聞「デア・シュタンダルト」から彼女がちらりと目をあげる。わたしたちのどちらにもどうやら気づいてなさそうだ。
 そのときは知るよしもなかったが、まもなくエドヴィンはオーストリアの年金受給者のあいだで悪名を轟かせることになる。それから数カ月経った2018年1月の国際ホロコースト記念日に、彼はツイートでメディアの大注目を浴び、オーストリアの高齢世代の度肝を抜いた。「あんたたちが役立たずになるまで長生きし、編み物のしかたも知らないのは、フェミニズムのことで頭がいっぱいだったからさ」。彼のツイートが正面切って攻撃したのは、無党派運動「右翼に反対するおばあちゃんたちの会(オーマス・ゲーゲン・レヒツ)」、そして彼女たちが右派系団体の舞踏会に抗議したことだ。この舞踏会はオーストリアの極右政党の自由党(FPÖ)が毎年主催するパーティで、ヨーロッパ各地の極右インフルエンサーに人気の会合になっている。彼のツイートが物議を醸したのは、不徳にもおばあちゃんたちの連合を攻撃したことだけが理由ではなかった。それが意図してか否かにかかわらず、「生きるに値しない命(レーベンスウンヴェルテス・レーベン)」とは、1939年10月にヒトラーが発布した法令で使われた表現で、その法令は、あまりにも虚弱であるか、障害があるか、あるいは劣等であることから生きる価値がないとみなされた人びとの計画的殺害を命じていた。ナチによって虐殺された600万人のユダヤ人、20万人のロマ人、7万人の同性愛者のほかにも、30万人の障害者と高齢者がナチの安楽死計画によって殺害された。オーストリア退職者協会もこの非難の大合唱に加わり、ヒンチシュタイナーの「おぞましき言葉の選択」に非を鳴らした。
 「まずは、きみのことを教えてくれないかな。なんでGIに興味を持ったの? これまで何か政治的な活動をしたことある?」。なるほど、エドヴィンはあまり世間話をしないタイプなのか。
 「たいしたことはしてないかな。フリーでちょっと活動したり、自由党のビラを配ったりとか」そう言って、わたしは携帯に手を伸ばす。何かメッセージが来ていないか確認するといったふうに。「でもマルティンには連絡をとってる。知ってると思うけど」。じつはGIがイギリスに支部をつくる計画があると知って、わたしはイギリスのチームに入れてほしいと申し出たのだ。すると、この組織のオーストリアのリーダー、マルティン・ゼルナーがすぐに接触してきて、ウィーンで会おうと言ってきた。
 ところがマルティンは、今日は忙しいという。フランクフルト・ブックフェアで、出版したばかりのアイデンティタリアンに関する自分の本を宣伝しているのだ。100カ国から来た7000もの出版社のなかでもメディアの注目をさらうのは、彼の本を出した小さな極右系出版社アンタイオスだ。というわけで、代わりにいまわたしはエドヴィンと会っている。あとから知ったのだが、わたしたちがコーヒーを飲んでいるあいだ、ブックフェアではアイデンティタリアンと彼らに抗議する人びととが喧嘩になり、数人が逮捕され、「勝利万歳(ジークハイル)」の叫び声も聞こえたという。
 豆乳のカプチーノを注文したが、わたしは自分の選択を一瞬で後悔した。エドヴィンがちょっと驚いた顔でわたしを見たが、もっと驚いたのはウェーターのほうだった。「申し訳ありませんが、当店はウィーンの由緒あるカフェでして、豆乳は扱っておりません」
 エドヴィンが声を立てて笑う。「ロンドンにはどれくらいいるんだっけ?」。気まり悪そうに笑うわたしをよそに、エドヴィンが尋ねる。「何が面白いかって……」と言ってエドヴィンがスプーンをくるくる回す。「政治にあんまり興味のない人間が、ますます僕らのところに来てるってことさ」。得意げな表情がさっとよぎる。「僕たちは若者にとっていちばんの注目の的だ。何かを変えたいと思ったら連中はもう自由党には行かず、まっすぐ僕たちのところに来るんだ」。エドヴィンがGIに入ったのも、かつて自由党の青年団で活動していたからだ。「僕たちについて、きみに知っておいてほしいことがいくつかある。僕らはもうあの古いナチじゃない。僕らは民族多元主義者なんだ」
 向かいのテーブルにすわっていたゲイのカップルの会話がぴたりと止まる。同性愛者を露骨に嫌悪する組織の幹部と一緒にいるのを見られたのが恥ずかしくて、わたしは声のトーンを下げた。「民族多元主義者……」とわたしが繰り返す。
 「そのとおり」エドヴィンは声を小さくする気など微塵もなさそうだ。「僕らにすれば、アイデンティティとは文化と民族の両方にかかわるものだ。ヨーロッパ文明が—民族的にも文化的にも—乗っ取られるのを防ぐ唯一の方法は、移民を締め出すことさ」とエドヴィンが説明する。GIの目標とは、この組織の綱領によれば、同質の社会—異なる人種や文化が混じることのない社会—をつくること。そのための最初のステップは、国境をすべて閉鎖することになるだろう。とはいえ彼らは、すでにこの国に入っている移民も含めて、すべての移民を脅威とみなしているから、おそらく国境の閉鎖だけでは足りない。したがって次のステップは、具体的にはどんな措置が必要になるにせよ、第2および第3世代の移民を含めて、こうした移民を本国に送還することになるだろう。
 GIは、2002年にニースで反シオニストと民族ボルシェヴィキの支持者が設立した、フランスのナショナリスト団体ブロック・イドンティテールにその起源がある。その10年後、この団体の青年組織としてGIが結成され、オーストリア、ドイツ、イタリアをはじめヨーロッパ諸国に急速に拡大しはじめた。今日、GIはアメリカのオルトライトのヨーロッパ版になり、ヨーロッパとアメリカの極右の架け橋になっている。自身も元ネオナチであるマルティン・ゼルナーは、この組織の表看板としてヨーロッパとアメリカで精力的に活動している。自らのイメージ刷新をはかるべく、かつてのメンターで、オーストリアの悪名高きホロコースト否定論者であるゴットフリート・キュッセルとは距離を置いている。代わりにここにきて、ヨーロッパの文化的・民族的アイデンティティを守りたいと語り、「人種分離」や「アパルトヘイト」の代わりに「民族多元主義者」といった用語を使い、長靴(ジャックブーツ)や鉤十字のタトゥーの代わりにTシャツ姿にレイバンのサングラスをかけている。
 エドヴィンがわたしの目をまじまじと見る。同意のサインを探しているかのようだ。「つまり僕らはいまのところ『大いなる交代』に抵抗する数少ない組織のひとつなんだ」。彼の射るような視線から逃れようと、わたしは下を向いた。それからまた顔をあげると、向かいのテーブルの男性ふたりが目を見合わせているのが見えた。GIの発想のほとんどがそうなのだが、彼らの「大いなる交代」という考えも、フランスの新右翼(ヌーヴェル・ドロワット)に触発されたものだ。彼らがもっとも称賛するイデオローグであり、かつ彼らのもっとも熱心な支持者のなかに、フランスの作家でジャーナリストのギヨム・ファユがいる。ファユは2015年に白人至上主義のシンクタンク「国家政策研究所」でおこなったスピーチで、欧米諸国は「精神疾患」にかかっていると主張し、それを「民族的マゾヒズム」と呼んだ。彼の診断によれば、白人がその立場を徐々に交代させられること、いわゆる「白人のジェノサイド(集団虐殺)」には、その根っこに3つの現象があるという。移民、人工中絶、同性愛だ。彼らに言わせれば「白人のジェノサイド」とは、生粋のヨーロッパ人の出生率を下げている中絶賛成およびLGBT支持の法律と、少数民族が「戦略的大量繁殖」に励むことを許す移民歓迎政策が組み合わさった結果だという。マルティン・ゼルナーが言うように「徐々に乗っ取られている」というわけだ。
 とはいえ人口統計的調査の結果は、彼らの主張を裏づけるものではない。オルトライトによく見られる誤った推論とは、仮にAがBの前に起きたら、Aが原因でBが起きたに違いないというものだ(すなわち「前後即因果の誤謬」と呼ばれるもの)。たしかに1950年代以降、北アメリカとヨーロッパでは出生率が急激に低下している。また、たしかに多くの欧米諸国が20世紀後半にソドミー法を廃止し、中絶禁止法を緩和した。だが過去50年で出生率が低下した理由はどこかほかにある。調査によれば、生活水準が上がったことにも原因があり、さらに女性への教育、避妊具と避妊薬の普及、子どもの健康と福利の向上もまた重要な要因だとわかっている。
 この「大いなる交代」という発想は、無数の新種の反左翼ないし反ユダヤ陰謀論に影響を与えており、こうした陰謀論は「フートン計画」のような古い概念を引っ張り出してくる。1943年にアメリカの教授アーネスト・アルバート・フートンが発表した小論は、ドイツ人を非ドイツ人と交配させることで「ドイツ人から好戦的な性質を取り除く」計画を提唱するものだった。最近になって、ドイツの多くの極右組織が、移民の脅威や政府による門戸開放政策こそ、このフートン計画がまさに実行中であることの証拠だと訴えている。
 「先にGIに入ってる友だちはいる?」わたしが首を横に振る。「そいつはけっこう!」とエドヴィンが叫ぶ。個人的な知り合いに紹介されて入ったわけでない人間のほうが長くGIにとどまるのだと彼が説明する。「自分の考えで参加する人間が最近どんどん増えているんだ。もっぱらソーシャルメディアのおかげだよ」
 そのとき、エドヴィンの携帯が鳴った。彼はちょっとごめんと言うと、ベルギーの日刊紙「ル・ソワール」の記者からのメッセージに返信する。「最近、メディアのインタビューは精神的にちょっと疲れるんだ」とエドヴィンがこぼす。オーストリアが右傾化していることに世界が日増しに関心を寄せている。だがもう緊張したりはしない、とエドヴィンは言う。もう嫌というほどこなしているから。それに、どのみち大手メディアが流すのはフェイクニュースだし、「けど、僕らのことを無料で宣伝してくれるから、僕らには連中が必要なんだ」
 だが彼らにとって、それよりはるかに重要なのはソーシャルメディアだ。「だから僕らはペイトリオット・ピアを立ち上げてるのさ!」。この新たなアプリを使えば「サイレントマジョリティとつながり」、さらに「ゲームしながら抵抗の意を示す」ことができるとGIは約束する。そこでは何もかもがゲーミフィケーションされるのだ。ほかの愛国者とつながればポイントが獲得できて、自分のランクも上がっていく。自分たちはカチコチのアカデミックな世界から抜け出したいのだとエドヴィンがわたしに語る。「僕らは大学で宣伝するだけじゃなく、学校や温泉施設、そのほか若者が出入りする公共の場で新人を募集するキャンペーンをやるつもりだ」
 だからこそ、彼らのオフラインでの活動には、おしなべてオンラインの巧妙なマーケティング活動がついてくる。インパクトを最大化させ、若者に広まるようにするためだ。2017年の夏、彼らは全長40メートルの船、通称「Cスター」をチャーターしたが、その目的は、NGO団体が地中海で溺れている難民を助けるのを妨害することだった。このミッションには#DefendEurope(ヨーロッパを守れ)というハッシュタグがつけられ、彼らがひんぱんに更新するソーシャルメディアのフィードのおかげで広く知られるようになった。連日、フェイスブックやツイッターで自分たちの活動をCスターからライブ配信し、日焼けした体に最新流行の水着をまとった自分たちの写真をインスタグラムにアップした。
 ソーシャルメディアで彼らが得ている支持はグローバルなもので、アメリカのオルトライトのブイロガー(動画ブロガー)やインフルエンサーも、このハッシュタグのトレンド入りに大きく貢献している。このことは彼らへの財政支援にも反映されている。「ペイトリオット・ピアのために世界中から寄付が集まっている」とエドヴィンが教えてくれる。「けど僕らが何より重視するのは、こうした支援のすべてがアメリカから来てるってことさ」。彼は知らないが、ここ数週間かけてわたしはGIの資金調達ネットワークを調べていた。戦略対話研究所でわたしたちは、#DefendEuropeキャンペーンへの寄付として彼らが受けとった20万ユーロの大半が、アメリカの出資者によるものであることを発見した—このキャンペーンはヨーロッパの国境だけが唯一の焦点だというのに。
 「ならどうして北米に手を広げないの?」と訊いてみる。
 アメリカにはオルトライトがいるからだとエドヴィンが説明する。「だから、向こうでの戦略はかなり慎重に考えなくちゃいけない」。GIは実際にカナダで支部を立ち上げようとしたが、あまりうまくいかなかった。「まあ失敗ってとこかな」とエドヴィンも認める。無理もないよ、とつい言いそうになる。文化の坩堝であることを誇りにする国民に、「同質の社会」という発想を売り込むのも、自分を移民だと認める人間がめったにいない国に、反移民政策を提唱するのも、少しばかり間抜けな話に聞こえる。「向こうで僕らはリブランディングする必要があるようだ」というのがエドヴィンの結論だ。ただし今週とかの話ではない。いまのところオーストリアが最優先だ。
 「今晩何か予定ある? ほかのアイデンティタリアンに会ってみたいなら、僕たち自由党の選挙キャンペーンのパーティに行くつもりだけど、一緒に来ない?」躊躇っていると、こう付け加える。「コカ・コーラとクラブマテも冷えてるよ」。飲んでいたコーヒーで思わずむせそうになった。クラブマテはベルリン版のナチュラル系エナジードリンクだが、わたしの頭のなかでは白人ナショナリストとちょっと結びつかないものだ。どうやらわたしが豆乳を注文したのも、ヒップスター過ぎなかったみたいだ—このニップスターたちにしてみれば(「ニップスター」すなわち「ナチのヒップスター」とは、自分たちをリブランディングし、流行に敏感な人のファッションや文化をとりいれた若いネオナチのこと)。
 「残念だけど、夜は家の用事があるから」
 エドヴィンがうなずく。「そいつはもったいない。きみは最高の夜と、GIのメンバーたちに会うチャンスを逃しちゃうよ」。カフェ・プリュッケルを出る前に、わたしたちはまた連絡をとり合うこと、そしてイギリスにいるアイデンティタリアンの幹部にわたしから電話を入れることを約束した。
 その晩、自由党はこの国の投票数の26%を獲得したが、それはネオナチの社交クラブとつながりのあるオーストリアの政党にしては衝撃的な快挙だった。
 わたしはスカイプにログインする。トーマスがわたしとの音声通話を待っていた。彼はスコットランドからわたしとつながっている。このGIスコットランドの新リーダーはイギリスに住んで7年。ソフトウェアを売っているが、オーストリア訛りがまだ抜けていない。人懐っこそうに笑い、落ち着いた声をしている。
 トーマスは半年前に家族に会いに戻ったとき、ウィーンのカフェで開かれるGIの定例会のひとつに行くことにした。どんなものなのかまったく予想していなかったという。「正直ほんとにびっくりしたよ」とトーマスが語る。「テーブルをひとつだけ予約してるのかと思ったら、店全体がアイデンティタリアンの活動家やこの運動に参加したい人間でいっぱいだったんだ」。ここ数週間かけて、彼はイギリスおよびアイルランド支部をつくるために活動し、正式な発足の準備をしている。
 「え、そんな責任重大な仕事をすぐに任せてもらえたの?」思わずわたしが声をあげる。
 「まあね、その前に僕はマルティン・ゼルナーの動画に字幕をつけて、イギリスの視聴者も観られるようにしといたから」
 トーマスからわたしの哲学の研究について訊かれたので、ハイデガーとニーチェへの敬意を口にしたら、やけに嬉しそうだった。「マルティンにも話してごらんよ—どっちも彼のお気に入りだから」。マルティン・ゼルナーも哲学を学んでいた。このふたりの哲学者をとくに評価するのは極右の人間には珍しくないことだ。ロシアのネオファシストの哲学者アレクサンドル・ドゥーギンは、自著でハイデガーを引用していたし、オルトライトの大立者のリチャード・スペンサーは、自分は「ニーチェにレッドピルされた」と公言している。ハイデガーとニーチェのどちらも、今日認められるモラルの低下をモダニズムとリベラリズムのせいにする知的枠組みを提供する。この主張を用いてオルトライトは、フェミニズムや多文化主義、平等主義は、西側世界の「リベラルな腐敗」の産物だと非難するのだ。
 政治学者のロナルド・ベイナーは、このふたりの哲学者による「ジェノサイドの扇動」が、現代の白人ナショナリストや彼らの「狂信的な反リベラル思想」をあいかわらず煽っているとまで述べている。ハイデガーの思想的傾向についてはたしかに疑う余地はない。彼は国民社会主義ドイツ労働者党(NSDAP)のメンバーだったし、ヒトラーを支持したことへの後悔をついぞ口にしたことはなかった。彼の恋人だった、反ファシストのユダヤ人学生ハンナ・アーレントがドイツから亡命せざるをえなくなったあとでも、だ。それでもニーチェについてはさまざまな意見がある。ニーチェの伝記を書いたスー・プリドーはニーチェのことを、最初は妹に、その後はナチに、そしていまやオルトライトに根本的に間違って解釈され、悪用された人物として描いている。おそらく答えはその中間くらいにあるのだろう。イギリスのコメディアン、リッキー・ジャーヴェイスは、ニーチェとヒトラーの想像上の会話でふたりの関係をうまいことあらわしている。あなたの本を大いに気に入っている、とヒトラーがニーチェに言う。「何もかも気に入りましたよ。人間と超人についても、万人が平等ではないからユダヤ人を全員殺せというのも……」。「そんなことわたしは書いてない」仰天したニーチェがあわてて答える。すると「まあ、わたしは行間を読みますからね」
 トーマスが具体的な話に移る。「さてきみはこの組織に入ってどんな仕事ができそう?」この質問は予想していなかった。
 「まだわからないけど—イベントを仕切ったり、翻訳を手伝ったり、ネットワークをつくったりとか?」
 「そいつは助かる」とトーマス。「どのみち、ここイギリスでは何もかも始まったばかりなんだ。これまで何をやったか訊かれても、まだ具体的なことは何も答えられないよ。でも仕事は山ほどあるんだ。オーストリアやドイツ、フランスのメンバーにずいぶん手伝ってもらってる。マルティン・ゼルナーの本を手引きにしてね—友だちが英語の翻訳を手伝ってくれてるんだ。きみはもう読んだ?」
 「対決よりも転覆を」というのが、『アイデンティタリアン 覚醒の物語』を読んで頭に残った言葉のひとつだ。この本によれば、既存の権力構造に逆らったりせずに、むしろ支配的イデオロギーに内在する矛盾を利用して自分たちの考えや発想をリフレーミングするほうが、運動はより効果を発揮しやすいという。「民族多元主義者」や「本国送還」「保守革命」といった言葉は、社会的に受容されるであろうレトリックの境界を踏みこえないよう慎重に練られた用語で、だからこそ申し分なく「主流になりうる」のだ。おそらくマルティンは正しいと認めざるをえない。真正面から対決するより、密かに転覆させるほうがたしかにうまくいく。
 わたしの返事を待たずにトーマスが続ける。「つまり、何をどうつくっていくのか、その指針を与えるのが目的だ。英語圏全体の人間がそれにアクセスできるようにしたい」
 「ならイギリス支部をつくるのは、アメリカとの橋渡しが目的?」
 「そのとおり」。トーマスが言うに、自分たちには「世界中の人間からかなりの関心」が集まっている。アメリカやオーストラリア、それにアジアからも、アイデンティタリアンの支部をつくりたいと始終問い合わせが来ているらしい。「けどこれまでと同様、慎重に選ぶ必要がある。新しく入ったメンバーはいつも全員面接するんだ」。そして新メンバー、できればバイリンガルのメンバーが必要なのだという。
 「あら、これって面接だったの?」
 「ノーノー。きみは違うよ。だってもうマルティン・ゼルナーと知り合いなんだから。今週末にマルティンがロンドンに来て一緒に戦略を練ることになってるけど、きみも来ない?」。それから数時間後にトーマスがアドレスを送ってよこし、こう言い添えた。「きみのためにマルティンに時間をとってもらうよう手配しておくよ! 」
 こんなふうに、新右翼(ニューライト)の極秘戦略会議に招待されるというわけだ。

 土曜の夜、メイフェア地区のシェパードマーケットにある老舗パブ、イー・グレイプスに入っていく。
 「やあ、きみは—?」20代前半の背の高い金髪の青年がわたしの肩をポンと叩く。
 「ジェ……ニファー」どもりがちにわたしが答える。「ジェニーって呼んでくれてもいいけど」
 「よかった、きみのこと探してたんだ! 僕はジョーダン。ブロンドの女の子が来ないかよく見ててって言われてね」
 ジョーダンの案内で店の奥に入っていくと、40個の瞳がいっせいにわたしを見つめた。助かった、アン・マリー・ウォーターズのは見当たらない。彼女は、2017年のイギリス独立党(UKIP)の党首選で僅差で負けたあと、ナショナリストで反ムスリムの政党「フォー・ブリテン」を立ち上げた自称活動家だ。彼女がいたなら、ツイッターで何度も対決しているわたしのことを瞬時に見抜いたに違いない。たとえ即席のウィッグにメガネの顔でも。
 「こんばんは、皆さん」気詰まりな沈黙に思いきって声をかける。
 「ほら、すわって」威勢のいい短髪の青年が、にこにこしながらこちらに歩み寄ってきた。北欧系の訛りに野太い声。「よろしく、ジェニファー。きみが仲間に入るのは聞いてるよ。なんのかって? GIのイギリス支部が今週末にスタートするからさ!」。青年の名はトーレ・ラスムッセンだとまもなくわかった。ノルウェーの起業家でGIの主力メンバー。現在はロンドンでイギリス支部の立ち上げを手伝っている。そのだいぶあとに「オブザーバー」が彼の捜査資料を公表して初めて、わたしは彼がノルウェーのネオナチ組織ヴィグリドの元メンバーだったと知ることになるのだが。メイフェアでのその晩、彼の関心は自分の過去ではなく未来だけに向いていた。
 「ちょうど次のホリデーのこと話してたんだ」ラガーの1パイントグラスを両手で挟み、トーレが言う。「僕が最近休暇で行く唯一の場所はハンガリーさ。僕が金を出すのは自由な国家だけだ」
 夢見心地のとろんとした目で彼がビールをすするあいだ、わたしはひきつづき部屋に目を走らせる。ここにはイギリスのGIメンバーが20人ほどいて、そのうちの多くがアイルランドから来ている。トーマスもいて、大陸から来た年長のGIメンバーたちとすわっている。なかにはフランス、ドイツ、オーストリア、ノルウェー、デンマークから、イギリス極右団体トラディショナルブリテングループの会議に参加し、さらにGIのイギリス支部を立ち上げるために飛んできた者もいる。ほかには、イギリス独立党青年団のメンバーから、マーク・コレットのような歯に衣着せぬネオナチの顔まで見える。
 「なら今度はオーストリアも選択肢に入ってくるかも」トーレがふいに口を開き、わたしのほうに向き直る。「このあいだの選挙のことどう思った?」
 「そうね、ええと……正直言って自由党はもっととれると思ったな」わたしのオーストリア訛りはいつもよりきつく、声もちょっと高めだ。「オンラインで見ていたときは、もっとずっと支持されてるように見えたんだけど」。トーレがそうだねとばかりにうなずいて、にっこり笑う。「自由党について話すとき、きみはじつに嬉しそうだね。目がきらきらしてるよ」。一瞬吹き出しそうになるのをこらえて腹が苦しくなる。ビールをひと口飲んでからトーレがわたしをまじまじと見る。「イギリスでジェネレーション・アイデンティティの顔になる人間が必要なんだ」とトーレが言う。「まあノルウェー支部のリーダーは僕だけど、顔になるには少しばかり歳をとりすぎててね」。わたしはちょっと驚いた顔をしてみせる。トーレはまだ30代半ばだ。彼が続ける。「けどリーダーには給料が払われるから、仕事の心配はいらないよ」
 なんて答えたらいいか思案しているうちに、テーブルの向こう側にいるスーツ姿の細身の男性が話に入ってきた。「ジェン、きみは最高の会議を見逃しちゃったな。マルティン・ゼルナーのGIのプレゼンは素晴らしかったよ。こっちではこの運動のことが世間に知られてないんだ」
 「いまのところはね」トーレが口を挟み、にやりと笑う。「1週間のうちにみんな知ることになるよ」
 「どういうこと?」
 「明日のワークショップに出ればわかるよ。きみも来るならね。ホープ・ノット・ヘイトだって僕らのすることを止められないさ」
 「まったくこっちが連中を嫌悪するぜ」隣にいた中年男性がいきなり声をあげる。「俺の人生を台無しにしようとしやがって」上等のスーツにカフスボタン、それにどこか計算高そうな表情から、男は銀行員とかシティで働く人間とかに見える。「連中は俺の個人情報をさらそうとしたんだ。名前やどこで働いているかまで。あやうく仕事も何もかもを失うところだった。そういうものさ。ここではナチとわかったらクビになる」
 「ホープ・ノット・ヘイトって何?」といかにも間抜けなふうにわたしが聞き返す。
 ホープ・ノット・ヘイトとは、レイシズムと闘うイギリスでもっとも有名な団体で、2017年の夏、GIチームが「ヨーロッパを守れ(ディフェンド・ヨーロッパ)」のミッションを実行するのを阻止していた。この団体の研究員らがCスターの所有者の犯罪歴を明るみに出し、クラウドソーシング・プラットフォームのペイトリオンを説得して白人ナショナリストの活動家への支払いサービスを停止させたのだ。
 「オーライ、何だか知りたい? なら連中のオフィスに行こうぜ」とトーマスが言う。「ここから歩いてほんの10分だ」
 「だめ!」思わずわたしが声をあげた。うっかり舌を嚙んでしまい、血の味がしてくる。「あの、それってあんまりいい考えじゃないと思う。週末だし、時間の無駄になるんじゃないかな」それから慌てて言い添えた。
 「あっ、ダサいこと言っちゃったかな。それもけっこう面白いかも」
 自分の携帯をちらりと見る。まずい、どうしよう……ホープ・ノット・ヘイトの友人に、メールで知らせたほうがいいのかな?
 ところがありがたいことに、お腹がすいた者がちらほらいた。わたしも空腹で死にそうと言って、ホープ・ノット・ヘイトのオフィスより隣のパブに行くことを提案してみた。幸いにも胃袋を満たすという発想が、トラブルを起こす案に競り勝った。
 次のパブで、トーレからイギリスの未来のリーダーという人物に紹介された。「リアム、こっちはジェニファー—オーストリア人だけどイギリス支部を手伝ってくれるそうだ」。リアムはボクサーだとあとから知った。黒髪のハンサムな20代の青年。緑色の瞳にノース・フェイスのジャケットがよく似合う。
 「なんでGIに入ることにしたの?」と訊いてみる。
 「何年か前にマルコス・ヴィリンガーの本を読んで思ったんだ。こいつはなかなかクールだぞって」。オーストリアのアイデンティタリアンのマルコス・ヴィリンガーは、5年間、ニューライトで活動し、『ジェネレーション・アイデンティティ 68年世代への宣戦布告』と題した本を20歳のときに出版した。「それからフランスで初めてサマーキャンプに参加したんだ」とリアムが言う。リアムによれば、目下彼らはGIイギリス支部のための人選をおこなっているところだという。「最初にスカイプで面接して、ソーシャルメディアのプロフィールを見て選抜し、それから直接会ってみるのさ—まあ一緒にビールを飲みにいくだけだけど」
 グラスを片手に、リアムはフットボール・ラッズ・アライアンス(FLA)が主催したデモに参加してきたとわたしに話す。このイギリスのサッカーファンの団体は、どんな種類の過激主義とも闘うと宣言しているが、極右の活動家と昨今ますます関係を深めている。「彼らは『あらゆるタイプの過激主義』といつも言ってるけどさ」リアムがぷっと吹きながら、こう付け足す。「まるでイスラム過激主義以外にも過激主義があるみたいだよね」
 ムスリムが自分のいちばんの関心事だと、地下鉄のグリーンパーク駅に向かって一緒に歩きながら、リアムが語る。彼の考えでは、連中はもともと過激なのだという。「友だちともそんな話をしたりするの?」別れ際に訊いてみた。
 「いいや」リアムが一瞬とまどう。「まあ、ちょっとずつ、みんなをレッドピルしようとしてるけど」。何気なさそうなその口調にはっとする。
「どんなやり方で?」
 ゆっくりとした歩調になるも、答えはすぐに返ってきた。まるで毎日同じことを答えているみたいに。「レベル・メディアを見せるのさ」。レベル・メディアとは、反移民と反ムスリムの報道により物議を醸すことで有名な、カナダの極右報道機関だ。動揺を隠すため、そそくさと別れの挨拶をすると、わたしは行き先とは違う路線に向かってずんずん進み、彼が視界から消えると、ふうと大きく息を吐いた。
 翌日、レッドピリングがどんなものか、わたしも理解することになる。
 GIはいかにも2010年代らしい組織だ。秘密の戦略会議を開くときは、サウス・ロンドンのエアビーアンドビーを借りる。具体的にはブリクストンでだが、ここはロンドンでもとくに多文化な地区で、1980年代に警察のレイシズムに反対して暴動が起きたことで知られている。
 日曜の朝、エアビーアンドビーに着いたのはわたしが最後だった。オーストリアのGIのリーダー、マルティン・ゼルナーが家のすぐ外に立っている。隣にいるのは彼の新しいガールフレンドでアメリカの有名なオルトライトのユーチューバー、ブリタニー・ペティボーンだ。
 タクシーのなかにマルティンがメガネを置き忘れてしまったと聞いて、わたしは内心ほっとした。そうでなかったら、たとえブロンドのウィッグをつけていても、わたしのことを見破ったかもしれない。2016年の末に放送されたBBCの番組「ニュースナイト」の特集で、わたしたちが揃ってとりあげられていたからだ。「やっと会えてうれしいよ、ジェニファー」マルティンがドイツ語で声をかけてきた。堅く握手し、それから愛想よく笑みを交わすと、一緒にリビングに向かう。「あいにく自己紹介は終わっちゃったんだ。きみのこと少し話してくれる?」
 さっと部屋を見回すと、昨夜見た顔がちらほらある。トーレとリアムもいて、今日はレイバンとTシャツという格好だ。Rホワイト・レモネードをすする十数人の身なりのよい白人ナショナリストに囲まれて別荘のリビングに腰掛けているなんて、ちょっとシュールな気分だ。
 ジェニファーの物語をわたしが再び語ってきかせたあと—その頃には余裕も出たのでエピソードや細部もあれこれ足して—わたしを含め新人全員が質問票に記入するよう指示された。「アイデンティタリアンのブランド・リスクマネジメント」の一環なのだとマルティンが説明する。質問は、好きな本や映画について訊くものから、もっと露骨に政治的傾向や思想を尋ねるものまである。
 なるべく疑われないものにしようと必死で考えてみた。でも、いかにもそれっぽいものを選んではいけない。ジョージ・オーウェルの『1984』は、ちょっと月並みすぎるかな。この本が、今日の検閲や監視の状況について、極右が使うお決まりのメタファーなのはよく知られている。『ファイト・クラブ』や『マトリックス』もオルトライトの定番映画だ。白人至上主義のネットメディア「ラディックス・ジャーナル」の編集長ハンニバル・ベイトマンが「ジェネレーション・オルトライト」と題した記事で説明するに、「阻害された多くの若い白人男性に対するわれわれの信条は、あの深い苦悩を伝える映画『ファイト・クラブ』に要約されていると言っていい」。そして映画のなかの次の台詞を引用した。

俺たちは歴史の真ん中の子ども(ミドルチルドレン)なのさ。目的もなければ居場所もない。世界大戦も大恐慌も経験していない。俺たちの大戦とは精神的な戦争なんだ(…)俺たちの恐慌とは俺たちの人生そのものだ。俺たちはみんな、テレビでこう信じるよう言われて育った。いつの日か、みんな億万長者に、映画の神様に、ロックスターになれるのだと。けどそうはならない。その事実に俺たちはゆっくりと気づいていくのさ。そして心の底からムカついてくるんだ。
 
 白人は洗脳され、自分たちが「両大陸に文明をもたらした征服者や入植者の子孫」であることを忘れてしまったとベイトマンは考える。彼が思うに、移民の脅威とドナルド・トランプがもたらしたのは、「何が間違っているのかを、思い出せるかぎりしつこく探し続けること」だろうし、それによって生じた突然の覚醒は『ファイト・クラブ』が描いたものに等しいのだ。
 わたしはカフカの『審判』と『スター・ウォーズ』でいくことにした—少なくともこのふたつは自由に解釈できるはず。さて次の質問では、自分の政治的見解をどちらかに決めなくてはならない。左派か右派か、地域主義(リージョナリズム)かナショナリズムか、イスラエル支持かパレスチナ支持か、リベラリズムか社会主義か。
 「なぜあなたは戦うのか?」「あなたが参加することをあなたの家族はどう思っているか?」「兄弟姉妹で警察または軍隊に入っている者がいるか?」という質問まで来たところで、わたしはついにぽとりとペンを置いた。なんだか怖くなってきた。「戦う(ミリテイト)」というのは強い言葉だ。それになぜ治安機関や家族のことを気にするのか? GIは暴力の使用には反対だと繰り返し言っているのに、まるでこれから武装組織に入ろうとしているみたいだ。
 「そう……たしかにきついよね?」トーレがわたしの耳もとでささやく。「でも心配はいらないよ。正解も不正解もないから。ただ僕たちはきみが『フルファッシュ』かどうか知りたいだけさ」そう言ってにやりと笑う。これって、わたしには理解できない一風変わったジョークなのか。「フルファッシュ」とは「フーリー・ファシスト(ガチのファシスト)」の略で、従来のネオナチを指して彼らが使う言葉だ。彼らは新人をひとり却下したのだが、理由は彼がフェイスブックにネオナチのシンボルを載せていたからだとあとから知った。「それはごめんだ。組織のイメージを傷つけたくないからね」とトーレが教えてくれる。皮肉なことに、それからまもなくネオナチとのつながりのせいで、トーレ自身が追い出されることになるのだが。
 「今日僕たちが話し合うのは、新しいイギリス支部の戦略についてだ」とマルティン・ゼルナーが切り出す。「ここにはパキがいて、先住のイギリス人もいるから、きみたちは自分の国でマイノリティになるんだ。これは類を見ない最大の犯罪だよ」。ジャーナリストからの厄介な質問—「あなたは人種主義者(レイシスト)か?」とか「あなたは反ユダヤ主義か?」といったものも含めて—への対処法を手短に説明したあと、GIは白人種が他人種より優れているとは宣言しないとゼルナーは言い、むしろ異なる人種をおのおののために分離しておくことの重要性こそ訴えたほうがいいと進言する。それからわたしたちは「抑制のきいた挑発」や「戦略的二極化」「メタ政治」といったものについて話し合った。GIによる動員戦略が土台とするのは、アカデミックな社会学的知見と、何がうまくいき何がうまくいかないかといった彼ら自身の試行錯誤の経験とが混じり合ったものだ。
 アメリカのオルトライトと同じくGIも、米右派系オンラインメディア、ブライトバートの方針を支持している。つまり政治を変えたいなら、まず文化を変える必要があるのだ。「政治とは文化の下流だ。わたしは文化のナラティブを変えたいのだ」と、このウェブサイトの創設者アンドリュー・ブライトバートが語っており、このサイトは現代の極右が情報や解説を得るためのお気に入りのソースになっている。目的をかなえるには、主流の政治家に対する世間の圧力を強めるような、若者を惹きつける挑発的なカウンターカルチャーを創出する必要がある—つまり、「メタ政治」だ。「僕らに必要なのは二極化させる行動だ」とマルティン・ゼルナーが説明する。「まあ、どちらかを無理やり選ばされるわけだから、誰もそれを望んじゃいないけどね。それでも変化を起こすことが必要なんだ」。そうすることで、極右の世界観をしだいにノーマルなものにでき、「オヴァートンの窓」—多くの人に受け入れられる思想の範囲—を右に傾かせることができるに違いないとゼルナーは信じている。
 彼らはオルトライトの一線を越えた破壊的なキャンペーンから学習している。たとえば2016年にオーストリアのアイデンティタリアンがウィーン中心部でテロ攻撃を装うフラッシュモブをおこない、数カ月後にはメディアの注目を集めるため、有名なマリア・テレジア像をブルカですっぽり覆った。メディアに向けたこのスタントはかなりの物議を醸し、投稿やツイートで拡散され、ソーシャルメディアの有力なインフルエンサーたちに共有された—これこそ「抑制のきいた挑発」だ。そのせいで今度は旧来のメディアが彼らの活動を報道し、彼らにプラットフォームを提供せざるをえなくなる。オンラインのキャンペーンが、荒らし(トロール)や新たなメディアについてのアメリカの専門家ウィットニー・フィリップスが「転換点」と呼ぶもの—あるストーリーがそれを論じるコミュニティの関心を超えて広がる際の閾値—に達すると、「主流メディア」はそれを報道するよりほか選択の余地がなくなるのだ。目的は、争いの種になるようなコンテンツを拡散し、中立的な立場をとる誰もがどちらかの側につかざるをえないようにすること—つまり「戦略的二極化」だ。
 それはGIによるレッドピリングのためのマニュアルにいかにも合致するものだ。要は、さまざまな思想的背景を持つ個人を二極化ならびに急進化させるためのステップバイステップの手引書なのだ。GIはレッドピリングを、「深い眠りから覚醒し、知らぬが仏の状態から抜け出すためのプロセス」だと説明する。イスラム過激主義もまた穏健派のムスリムに、「ジャーヒリーヤ」、すなわち「(イスラム教以前の)無知の時代」から抜け出すよう呼びかけていることを、わたしはふと思い出した。
 マルティンの隣にすわったブリタニーが、ときどき彼をやんわりとさえぎっては、アメリカの現況についてコメントを差しはさむ—あるいは彼が英語を間違えて発音したり、VとWを混同したりするたびに逐一訂正する。「オルトライトは危険よ—連中との付き合い方にはよく気をつけたほうがいい」とブリタニーがここにきて警告する。オルトライトと比べると、GIの指導部は、露骨なレイシズムや反ユダヤ主義、身体的暴力とはうまいこと距離を置いている。少なくとも世間的には。それでもマルティンはこう明かす。「僕はアメリカのオルトライトの連中全員、それから大物ユーチューバー全員とつながっている」。つまりそれはわたしが思うに、ローレン・サザンのような文化的ナショナリストから、もっと過激で露骨なレイシストのリチャード・スペンサーやアイデンティティ・エウロパまでの誰も彼もを意味するのだろう。
 「気をつけたほうがいい」とブリタニーが、さっきよりも語気を強めて繰り返す。「わたしはもう誰も信じない。オルトライトには潜入者がうようよいるんだから」。その瞬間、自分のクレジットカードがわたしの目にとまった。知らないうちにズボンのポケットから落っこちていたのだ。用心のために、正体のばれるおそれがあるものはすべて家に置いてきていた。ただひとつ、これだけを除いて。「あら、これあなたの?」ブリタニーがカードを床から拾いながら、わたしに尋ねる。神さまお願い、どうか「ユリア・エブナー」と小さく書かれた文字を彼女が見ませんように。ブリタニーは、ただ黙ってわたしにカードを手渡した。
 10月のロンドンにしては驚くほど暖かな日で、わたしたちはそのエアビーアンドビーからほど近いイタリアンレストランに歩いて向かった。ピザをほおばり、ビールを飲みながら、皆でイギリス支部を立ち上げるための次なるステップや国際化の戦略について話し合った。ここでもまた、英語圏全体の若者をどう急進化させるか計画を練るというよりは、事業拡大について気楽におしゃべりしているといった雰囲気だ。
 彼らの話に耳を傾けるうちに、GIがすでにどれほど国際的な組織になっているかが見えてくる。わたしの隣にすわるのはデンマークからきた若い女性で、テーブルの向こうからはフランス語の会話が聞こえてくる。マルティン・ゼルナー自身も英語からドイツ語、フランス語をかわるがわる話している。この組織の銀行取引や金融の拠点はハンガリーにあって、毎年のトレーニングキャンプはフランスの田園地方で開かれる。そしてイギリス支部の計画とは、ヨーロッパ支部と将来のアメリカ支部との、さらにはオフラインとオンライン活動の橋渡しをすることだ。
 その週の後半、彼らはトミー・ロビンソンと面会することになっている。ロビンソンはイングランド防衛同盟(EDL)の創設者で、いまや世界でもっとも影響力のある極右の表看板のひとりだ。ロビンソン、本名スティーヴン・ヤクスリー・レノンは、オンライン界とオフライン界を合わせた独自のアウトリーチ戦略に磨きをかけている。「ひょっとしたら彼はGIイギリスの新たなリーダーになるかもしれない」とイギリスのメンバーのひとりが熱く語る。とはいえ表の顔になるには歳をとりすぎていないかと懸念を示す者もいる。「これは若者の運動だから」とトーレが言う。彼もトーマスももう若くないと言う理由から、GIを表立って代表する立場から退いている。マルティンがうなずくが、それでも彼らはロビンソンの有名人(セレブ)っぽい立場とオンラインの膨大なリーチを利用して、ソーシャルメディア戦略を推進し、イギリスで新たに立ち上げる支部を宣伝したいと考えている。
 GIは極右組織のなかでもとりわけ選別が厳しいかもしれない。新人は比較的若く、流行に相当敏感な人間でなければならないが、それだけでなく高学歴であることも必要だ。「それってほんと?」とわたしが尋ねる。
 「まあ、無学の人間にノーとは言わないけど、彼らは多数派にはなれないよ」と隣の女の子が教えてくれる。ヨーロッパ全土から来る新メンバーは、全員がトレーニングを受ける。文学やコミュニケーションから、武道やそのほかのエクササイズにいたるまで。
 「なら、イギリス支部のための今後1年の計画ってどんなものなの?」とイギリスの新メンバーのひとりが質問する。
 「ソーシャルメディア・キャンペーン、街頭での定期的なビラ貼り、キャンパスでの小冊子配り、それから6週間ごとのブレイクスルーアクション」とマルティンが答える。
 「ブレイクスルーアクションって?」とわたしが訊く。
 トーレとマルティンが目を見合わせる。なんでもありさ、と彼らが答える。それが独創的で、タブー破りのものならば。狙いはいつだって同じ。メディアの注目を引きつけ、ジャーナリスト、さらには世間の人びとにこの運動に関心を持たせるのだ。このコンセプトはもともとマーケティング業界から拝借したもので、ブレイクスルー戦略を使うのは広告予算の少ない中小規模の会社である。自社製品が話題になるよう、斬新でときに物議を醸す戦略を実行する。こうした戦略によりマーケットシェアを実際より大きく見せて、大手のライバル社に対抗できる立場にたてるのだ。ウィーンでのテロ行為を模したフラッシュモブ、ブルカでくるんだマリア・テレジア……なるほどわたしにも腑に落ちた。「次はロンドンでの酸攻撃とかになるかもね」とトーレが言う。
 「それかヨークで建設中の新しいモスクとか」隣の女の子が話に加わる。「あとでみんなで橋まで行って最初のブレイクスルーをやるつもり。きっと明日のニュースになるよ」
 これはさすがにちょっとやりすぎだ。GIのプロパガンダの材料にわたしは顔など出したくない。そこで失礼して席をはずすと、わたしはそのまま家に戻った。数時間後、マルティンが最初の派手なブレイクスルーの写真を送ってくれた。「ロンドンを守れ。イスラム化を止めろ」と書かれた全長20メートルほどの横断幕が、ウェストミンスター橋にかかっている。「僕らのメディアスタントはそりゃあうまくいくのさ。誰にも気づかれないからね」と戦略会議でマルティンがわたしに説明していた。「僕らは警察がやって来る前に姿を消すから。誰も僕らを止められない。ホープ・ノット・ヘイトだってね」
 この組織のイギリスおよびアイルランド支部の始まりは、わたしのGI潜入体験の終わりでもあった。正式な発足から数日後、彼らはジェニファー・メイヤーがじつはユリア・エブナーだったことを突き止めた。「昨日からきみのことリサーチしてたんだけどね (^_−)」とマルティンがメッセージを送ってきた。「とりあえずきみが面白いと思ってくれたならよかったけど」。わたしはイギリスのオンライン新聞「インディペンデント」にGIの秘密の戦略会議とイギリス進出計画についてすでに話していたから、これは避けられないことだった。彼らはあれこれ照らし合わせて、わたしの分身プロフィールから本物のプロフィールに行き着いたのだ。いつものことだが、自分の潜入調査に有効期限があるのはわかっている。前のときもそうだった。極右のイングランド防衛同盟が計画した集会でも、イスラム主義組織のヒズブ・タフリールが開いた会議に潜入したときも。
 GIのような組織による、オンラインでの高度な動員手法について警告するためのしかるべき方法を見つけるのは、ひと筋縄ではいかないこともある。若者を自分たちのネットワークに勧誘することを目的に彼らがイギリスに来たとき、わたしはジレンマにぶつかった。世間の意識を高め、彼らの歪んだ巧妙な手口を暴くにはどうすればいいのか。ただし、彼らに分相応なプラットフォームを与えるのだけはなんとしても避けたい。いずれにしても、じきに彼らの新メンバーたちがイギリスのメディアの見出しを飾るのはわかっていた。とりわけ彼らのブレイクスルー戦略について知ったからにはなおのことだ。案の定、2017年10月以降、6週ごとに彼らはイギリスのニュースにとりあげてもらうという目標をかなえている。2018年5月、「サンデー・タイムズ」が掲載した記事の見出しは、彼らを「中流階級で話し方の上品な(…)ヒップスター・ファシスト」とまで称し、そこに添えられた大きな写真は、まるで彼らを新人の男性アイドルグループみたいに見せていた。
 潜入調査からきっかり1年後の2018年10月、わたしは暗号化されたメッセージアプリ「テレグラム」内の「ジェネレーション・アイデンティティUKおよびアイルランド」のチャットグループに再び戻ってみた。ほとんど何も変わっていない—いまも彼らは精力的に新人を募集し、作戦を実行し、新入りを訓練している。最新の投稿には、「北西部の活動家が土曜日に#Manchester(マンチェスター)で会合を開き、勉強会をおこなう。新人に必要な情報を提供し、『英雄とは』『生き残る意志』『規律』などのトピックをとり扱う。彼らは実際にビラ貼りもおこない、前向きな反応を多く得ている。#GenerationIdentity #DefendEurope」 とある。変わったことといえば、自ら手がけた数多くのメディアスタントのおかげで彼らが急成長を遂げていることだ。テレグラムのグループは300人を超え、ツイッターのフォロワー数は、ジェニファー・メイヤーが初めて彼らをフォローしたときは数十人だったが、その1年後には7000人を超えている。
 インターネットと新たなテクノロジーのおかげで、新人勧誘ははるかに容易になった—アウトリーチをさらに拡大し、ブランドを整備し、入会審査をゲーミフィケーションすることができる。しかも過激主義者のネットワークに入るには、多くの経路がある。イデオロギー上の理由から参加する者もいれば、最初に入ったときは政治にまったく関心のなかった者もいる。ときに彼らのいちばんのインセンティブが、排他的なコミュニティ、要はクールなカウンターカルチャーの一員になることだったりもする。けれど新メンバーのあいだで繰り返し顔を出すテーマとは、「アイデンティティ」—自己イメージの悩み、折れた自尊心—なのだ。隙だらけの若者を自分たちのネットワークにおびき寄せるために、過激主義者はありとあらゆるテクノロジーを駆使している—ソーシャルメディア上での積極的な新人勧誘キャンペーンから、ボイスチャットを含めた徹底した入会テスト、DNA検査や暗号化されたアプリ内でのミームコンペティションにいたるまで。現実世界での人目を引くスタントはライブ配信され、フェイスブックやツイッターのトレンドになり、従来の視聴者を超えて広く注目を集めている。若者文化を引用し、ゲームのボキャブラリーを取り込むことで、さまざまなオンライン上のコミュニティが狙われる一方、新メンバーは遺伝子検査の結果を提出し、リアルタイムでの音声インタビューを受けるよう求められる。いまや過激主義組織による新人勧誘は、ただの退屈なテストではなく、それ自体が、ターゲットの視聴者を惹きつけ夢中にさせるもの、自分は「選ばれし者」という幻想を新人に抱かせるものになっている。
 そして勧誘のあとに来るのは、「社会化」だ。

*試し読みでは、原注・訳注、ルビの一部を省略しています。

ユリア・エブナー『ゴーイング・ダーク 12の過激主義組織潜入ルポ』
定価:2300円+税
サイズ・ページ数:四六判並製・452ページ
ISBN:978-4-86528-054-8



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編集部より愛を込めて
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2005年設立の、人文書・文芸書を中心に刊行する出版社です。左右社という社名は書家の石川九楊先生に付けていただきました。亀のかめ吉を飼っています。