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Believe!

Christmas Story Day8 (← Day7の続き)

わたしを握るリックの腕からSiri の声が電子の波動となって伝わってきた。東京行キ新幹線ノ発車時刻ガ1時間後ニナリマシタ。

「一緒に来いよ」
リックがそう言ってきた。あまりにお気楽に、いつもの冗談のようだったから、真に受けなかった。

「……今度ね、東京は近いから」
と、わたしはリックの手を振りほどく。
アップルウォッチのデータ共有が終わったみたいに。

近いだなんて、嘘。わたし、嘘をついている。
コロナでなかなか出かけられなくなっているし、息子もいるし、ここでやらなければならないことが山ほどあるし……

「おれ、東京にはもういないよ、もっと遠くに行く。新しい仕事を見つけたから。NORTH POLE がデザイン部門で世界戦略を展開するからって、ヘッドハンティングされたんだ。CEO のアシスタントとして」

相変わらず、抜け目なく、何だかすごいカンパニーですごいことを始めようとしている。そんな人が、なぜここにいて、わたしなんかと会っているのだろう。

「しばらく会えなくなるから」と、リックはアップルウォッチを外してわたしの手首に巻き付けようとした。「まだ新品だから、リセットして使って。オレからのクリスマスプレゼント」

え?
何言ってるの? こんなの、もらえない。
わたしは頑なに腕をテーブルの下に引っ込めてしまい、テーブルに残されたSiriが、2人の間に割って入るように無機質に語りかけてきた。東京行キ新幹線ノ発車時刻ガ45分後ニナリマシタ。

What is your Christmas wish ?
碧の瞳が、まるで二つの小さな地球のようにわたしを見つめてくる。二つのGoogleアースのように、わたしの心の奥の路地裏までストリートビューしてくる……ストップ!

Believe!
碧の瞳がエアドロップの許可を求めている。

何を信じろっていうの? あなた? それともわたし自身? 

「これはもらえない、これはまだ……」
それも嘘。アップルウォッチ、それもHERMESの。
とてつもなく欲しい未来。
それを腕に巻きつけているところを想像する。これをつけてわたしは冒険に旅立つ。これはわたしの未来への水先案内人。新しい世界、新しい自分に導いてくれるもの……

「ごめんなさい、わたしが今クリスマスに欲しいものはフードプロセッサなの。息子に温かいスープを作ってあげたいから」

なんて間抜けなことを言っているのだろうと、我れながら、リック以上に拍子抜けしてしまった。でも、これは嘘ではない。本当のこと。

Siriが急き立てるようにリマインドしてくる。東京行キ新幹線ノ発車時刻が30分後ニナリマシタ。

リックはアップルウォッチを自分の腕に戻すと、ソファから立ち上がった。わたしも一緒に立ち上がった。座っていると大物感があるけど、並んで見るとリックはわたしと同じ160cmそこそこ。

「あなたが、あと5cm高かったら一緒についていくのにな」
「きみが、あと5kg軽かったら一緒につれていくんだけどね」

お互い憎まれ口を叩きながら、マスクを着けてスターバックスを出た。昔と同じような距離感に、ちょっとだけマスクの分がプラスされていた。

リックはちょうど交差点で止まったタクシーを拾って滑り込む。車のドアが閉まる瞬間、わたしに向かってマスク越しに叫んできた。

「Believe!」


タクシーはそのまま駅方面に消えて行った。
冷たいはずの北風が心地よく感じているなんて。
今度は信じても良かったかな……

(続く → Christmas Story Day9)

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