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山梨編 有馬晴信 謫居の地

晴信最期の地へ

勝沼へぶどう狩りに行く途中寄ってみました。

駐車場がないとのことだったので、甲斐大和の道の駅に駐車して(ちゃんと買い物して)歩いていけました。徒歩5分もないくらいすぐ近くですが行き方は最後に載せます

有馬キリシタン遺産記念館

天正少年使節を派遣した一人でもある、島原のキリシタン大名・有馬晴信は、謎多い岡本大八事件でここ甲斐国へ追放されます。最終的に斬首され江戸時代の禁教令につながります。

晴信は、奥さんジュスタ(菊亭ジュスタ)と家臣35名とともにこの地へきたそうです。山あり川あり、のどかなところで畑の横にありました

橋の左側に見えるのがそこ

来る途中、家臣たちに何があっても信仰を捨てないように伝え、長男・直純が信仰を捨てないように祈ったり、人生で犯した思い出せるだけの罪を懺悔し祈っていた晴信夫妻。ここに来てからも信仰深い生活を送っていたようです。晴信が亡くなったあと、残されたジュスタ夫人と弾圧者となった直純、そして島原の乱を思うとちょっと辛いものがあります。

イエズス会士 マテウス・コウロスの1612年度年報

「勇気も刃も私には欠けていないから、我が身を殺す切腹は容易である。しかし我が信ずるキリスト教が禁じているので、如何なることがあってもそれを為すことはできない。だから斬首されることを頼む。」

「二枚の畳を重ねて置くように命じ・・その畳の上にあがって、最期を迎える場所に身を置いた・・ジュスタは有馬殿の脇にいた。他の女たちがあの光景を見れば恐怖で死んでしまうに違いない。しかし信仰心深いこの夫人は、男子のように完全な勇気を抱いて、心の悲しみを顔や態度には示さず、罪の痛悔やこの場に必要な神への祈りを夫に勧めていた。有馬殿は両手を挙げて十字架像の前に跪き、静かに暫らく祈ったのち、頚を下げて執行人にその責を果たすようにと合図した・・・彼らが最も感嘆したのは、首が落ちるとジュスタが直ちにそれを手に取って、愛情深く顔の前に持ってきて暫らく向かい合っていたことである。その後、それを体のわきに置いて奥の室に引き下がり、声も立てず泣き叫びもせずすすり泣きで涙を流し・・・頭髪を切った。共にいた僅かの女たちもこれに倣い、その他の家来も日本の風習に従って同様に髪を切った。」

横にある祠

実際、どこに埋葬されたかはわかっていないようです。

周辺の風情ある家々

晴信の家臣が周辺の有賀さんに嫁いだらしく、有賀さんが400年も晴信の位牌とこの謫居の地を守ってくれているのだそう。命日には、丸岡藩から有馬の家臣が正装してお参りにきていたものの明治の大水害で晴信の墓と思われるものが流されてわからなくなってからはお墓参りも途絶えたらしく・・。

2度も夫をなくし、その後直純に小さい息子たちまで殺されたジュスタ夫人が心配になりますが、公家の実家に逃げ込むことができたようです。そして黒田直之(黒田官兵衛の弟)の未亡人マリアと組んで宣教師をかくまって信仰を守れたそうで。少しでも幸せな人生を過ごせただろうか。

周辺

周辺は武田家滅亡の地でもあります。ここからすこし北へいくと、晴信だと言われていた菩薩像がある栖雲寺があります。

十字架捧持マニ像

現在その絵は寺ではなく博物館にあるとかないとか?(小心者で電話したり確認できなかった)今回はお寺には行きませんでした。近年はマニ教のキリスト像と言われているこの絵、お寺では晴信の家臣が持ってきたと伝わっているそうで、全く晴信と無関係とも断定できない感じ。なんとなく晴信の像と顔も似てる気もするんだけどな〜

似てませんか?

おまけ

道の駅で買った野菜が美味しかったのですがおくらの生産者がまさかの有賀さん。親戚か関係者の方かなー

アクセス

東京方面から車だと大月で降りたほうが良いみたいです。
甲斐大和道の駅から、甲州街道を歩いていけば直線ですぐですが、交通量が多くて結構注意。帰りは下のわき道を歩いていけました。

甲州街道に出て石材屋さんの横に脇道があって

私道ではないと思いますが・・

つり橋があって 川も綺麗だし 楽しいです

地下通路を出ればすぐ。一本道です

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参考文献

宮本次人 「ドン・ジョアン 有馬晴信」
南島原有馬キリシタン遺産記念館

甲州市の記事https://www.city.koshu.yamanashi.jp/docs/2020120700053/file_contents/2020120700053_rekisi_bunka_files_20150608_kamijouhoukokudai37gou.pdf
有馬晴信の最期
https://syukusai.com/essay-christan-history-the-death-of-arima-harunobu/有馬晴信公没後400年記念祭
https://syukusai.com/essay/christan-history-arima-harunobu-memorial-festival/


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