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はじめての《冬の旅》


《冬の旅》という歌曲集をご存知でしょうか。

ヴィルヘルム・ミュラーの詩に、フランク・シューベルトが作曲した24曲の連作歌曲集である《冬の旅》。作中でもっとも有名な「菩提樹」は、高校の音楽の授業で習った記憶がある方々もいらっしゃると思います。


こちらが「菩提樹」。歌うのは、ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウです。20世紀の名演のひとつです。

《冬の旅》は恋を失った若者がひとり、恋人の眠る家に別れを告げる場面から始まります。雪吹きすさぶ中、ひとり歩みを進める若者。途中、運命への怒りが湧き上がったり、気付くと冷たい涙が頬に流れている場面もあります。絶望に心を蝕まれながら、時に諦念に身を預けながら、それでも若者は歩みを止めません。若者の旅の行方は、どこへ続くのでしょうか──。

孤独な若者の歩みに共感し、《冬の旅》に魅せられた歌い手は少なくありません。世界中で名だたるバリトン歌手やバスバリトン歌手が《冬の旅》をレパートリーとして、ライフワークとして歌い続けています。

私が《冬の旅》と出会ったのは高校生の時。当時のNHK教育テレビで、フィッシャー=ディースカウが教える《冬の旅》のレッスンを放送していたのがきっかけでした。「春の夢」や「郵便馬車」などの作品と出会い、こんなにも心をえぐられる歌曲があるのかと衝撃を受けました。

女子校のコーラス部に所属し、毎年の文化祭ミュージカルで歳を重ねた男性役を演じることが多かった(高1の時には《レ・ミゼラブル》のジャン・ヴァルジャンを演じました)当時の自分にとっては、《冬の旅》で描かれる孤独と演じてきた役柄の孤独、そしてどこか世の中に馴染めずにいた自分の孤独がぴったりと重なったのかもしれません。その時以来《冬の旅》は特別な作品となり、性別を超えて取り組みたい作品となりました。

遠藤恵美子さんとご一緒に


去年から駒込の音楽サロン「ソフィアザール」さんでピアニストの遠藤恵美子さんからお声がけをいただき、ドイツ歌曲のコンサートを多く開催させていただくようになりました。《女の愛と生涯》といった女性を主人公にした歌曲集だけでなく、恋に破れた若き詩人の心を描いた《詩人の恋》など男性を主人公とした歌曲集にも取り組む機会をいただきました。

その延長線上で《冬の旅》にも取り組むこととなりました。最初は前半12曲・後半12曲をふた月に分けてのコンサート開催でしたが、初回の合わせが終わった後に「これはぜひ全曲通して、皆様にお聴きいただきましょう」と遠藤さんがおっしゃってくださり、全曲演奏に至りました。

そして先日、はじめての《冬の旅》を終えることが出来ました。ソプラノ歌手である女性の自分が大作に挑む緊張から、お守りのように楽譜を立てて演奏いたしましたが、終演後には皆様からの暖かい拍手に包まれて安堵いたしました。また「今回もよかったけれど、次はぜひ暗譜でお願いします」とのお声も少なからず頂戴いたしました。

そんなはじめてのよちよち歩きの《冬の旅》ですが、気がつくとソフィアザールの皆様方が録音をYouTubeに掲載してくださっていました。自分の未熟さに恥ずかしさもございますが、歩みのひとつの記録としてご覧になっていただければ幸いです。


今回はベーレンライターの中声版で演奏いたしましたが、いずれは原調版で演奏したいという想いも湧いてきました。次の冬に向けて、ゆっくりと準備を進めていきたいと願います。

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