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音の旅・3──振り返り、前へ

来週のコンサートに向けて、活動領域が音楽寄りになっています。その日その日のコンディションというのも生き物なのだなあ……と感じています。このところは、ラジオを聞くことができなくて、ずっとシューマンやシューベルト、ブラームスばかり聞いていました。今日ようやく久しぶりに、ラジオで住吉美紀さんのお声を聞けてほっとしています。ラジオを聞けている時は、自分にとってニュートラルな状態。これが理解できただけでも、今回の大きな収穫です。

昨日はリーダークライス作品39の対訳を作っていました。一日のうちでまとめて公開してしまったので、反省しています。お騒がせして申し訳ございませんでした。今度は一日に一篇とか、穏やかなペースで更新していきたいです。今後の改善点として生かしていこうと思います。

対訳をまとめたnoteはこちら。

これまでずっとイタリアオペラや歌曲を歌ってきた自分の来し方を見返してみると、こうしてドイツ歌曲ばかりを集めたコンサートを開かせていただくことを不思議に感じます。けれど、自分にとってはドイツ歌曲の世界はとてもしっくりと馴染みます。

ドイツ歌曲と初めて出会ったのは高校生の時でした。当時声楽を習っていた先生が貸してくださった本の中に、シューベルトやモーツァルトの歌曲が入っていて、自宅でピアノを弾きながらそれらの曲を勉強していました。レッスンで習うのは「カロ・ミオ・ベン」などのイタリア歌曲が中心でしたが、楽譜の中で出会った作品のうち、特にシューベルトに心惹かれたのを思い返します。

当時はNHK教育テレビでディースカウが教える冬の旅を放送していて、それにも釘付けになりました。ディースカウの抑制がきいていて知的な歌唱にも惹かれ、週一回のその時間が大きな楽しみとなりました。いつか冬の旅を歌ってみたいと思うようになったのも、この頃のことでした。

昨年、冬の旅に初めて挑戦させていただいたのも、ソフィアザールさんでの大事な思い出です。主宰の遠藤恵美子さんのおかげで、私はドイツ歌曲の演奏を通じて様々なことを学ばせていただいております。心より感謝申し上げます。

自分にしっくり馴染むと感じていたドイツ歌曲でしたが、そこから二十年あまりの歳月、遠ざかることとなります。大学入学以降、ご指導いただいた先生方はイタリアオペラやイタリア歌曲をご専門とされる先生方ばかり。気がつくと、私のレパートリーもイタリアの音楽が中心となっていきました。

ドイツ語をあらためて歌い始めたのは、30代も半ばを過ぎてから。当時研究していたアッリーゴ・ボーイトがワーグナーの作品をイタリア語に翻訳していたと知ってからのことでした。そこからワーグナーの作品に取り組んだことがきっかけとなり、ワーグナーの沼にどっぷりと浸かりました。バイロイトで指環4作品を鑑賞させていただいたことは生涯の思い出です。ゼンタ、エリーザベト、エルザ、ジークリンデ、ブリュンヒルデなどの役を、時間をかけて勉強して、いつか舞台で……と願っていたことを懐かしく思い返します。

その後、興味はリヒャルト・シュトラウスにも移ります。サロメやバラクの妻、エレクトラなどの役を勉強し、これもいつか舞台で……と願っていました。並行して、ワーグナーやシュトラウスの歌曲も勉強を深めていました。

それと並行して、ドニゼッティの女王三部作、ヴェルディのアイーダやオテッロ、プッチーニのトゥーランドットや西部の娘なども勉強していました。ソプラノ・ドラマティコの役は全部歌えるようになっておかないといけないと思い、こつこつと勉強を積み重ねてきました。

2020年に、所属する団体でベートーヴェンのフィデリオを上演した時に、フィデリオ/レオノーレのカヴァーキャストのお仕事をいただきました。そこで、オペラがどのように制作されていき、どのように千穐楽までの日々を辿っていくかということについても学ぶことが出来ました。得難い経験を積ませていただけたことに感謝しております。

その後、パニック障害の発作が出るようになり、人の多すぎる場所にお伺いするのがおそろしくなってしまいました。これまで憧れてきて、立ちたいと願ってきた大きな舞台でのお仕事はもう出来ないのだろうかと思うと、目の前が真っ暗になるようでした。

ただ、同時になぜだかほっとする気持ちも湧いてきました。ほっとする気持ちが湧いてきてしまう自分を責めて、なんとか舞台に戻る道はないものかと自分を奮い立たせようとしました。けれど、ほっとする気持ちを持つ自分は、いまの状況を受け入れて、次のフェーズに進んでいこうよ……と思い続けていました。そんな対照的なふたりの自分に引き裂かれていた時期は、本当に辛かったです。

そんな時に支えてくれたのが、歌曲の存在でした。それでもやはり、歌曲で深めていく世界をもっと大事にしたいと願う自分と、大きな舞台にこだわり続ける自分に引き裂かれていました。徐々に時間をかけて、自分同士の話し合いを進めていって、大きな舞台での仕事にこだわっていた自分も今の状況を素直に受け入れることが出来るようになりました。

この半年ほどは、自分同士の戦いを見守る期間でもありました。ようやくひとつの合意に至り、歌曲をこれからの演奏活動の基盤にしていこうと素直に思えるようになりました。それは、本来の自分を取り戻し、受け入れるまでの戦いであったのかもしれません。もしかしたら。

たしかに、自分のマテリアルとしては大きな舞台は向いているのでしょう。周りの方々はその性能を自分以上に高く評価してくださって、期待をかけてくださいました。けれど、それを操縦するマインドは小さく精緻な空間をこよなく愛していることに気がつきました。それをようやく理解し、受け入れることができました。小さな空間を愛することをずっとコンプレックスに思ってきましたが、これからは自分の個性のひとつとして生きていきたいです。

新しい一歩を踏み出した自分で取り組んでいるシューマンは、とても心地良く、愛らしく、こころよく歌い語ることが出来ています。とても幸せです。4月のリーダークライスの後には、6月に女の愛と生涯も深めていけるので、シューマンの世界にどっぷりと浸ることができて、とても嬉しいです。


4月25日のリーダークライス作品39のチラシも再掲します。遠藤さんとのリーダークライスは2年ぶり。最初に取り組んだ時とは、まったく異なった世界が広がっています。

お問合せはこちらのフォームからお願いいたします。

いつか皆様にお聞きいただけますこと、お時間をご一緒させていただけますことを心より願っております。

今日もどうぞ穏やかにお過ごしください。


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