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テレーゼのために 一話

<あらすじ>

 エリザベスとテレーゼ、ふたりは何百回目か分からないお茶会を繰りかえす。この世界はエリザベスの言葉を信じるのなら彼女の前世で流行っていた『金糸雀<カナリア>は君のために唄う』という乙女ゲームによく似た世界らしい。ヒロインがエンディングに向かう前に殺されてしまうことで、世界が終わりを迎えられないじゃないかと、エリザベスは推測する。
 今まで、茶色の蔓薔薇が巻かれた扉が出てきたが、今度は青い薔薇が咲いている扉が地面から出る。
 その扉をみて、エリザベスはテレーゼに『テレーゼがヒロインだ』と彼女は言う。どういうことを聞けないまま、テレーゼは今度こそ、自分の未来を掴むために扉を開いたのだった。

<キャラ設定>

テレーゼ•フィーネ <悪役令嬢>17歳

【見た目】
 黒髪・背まである髪。癖っ毛でパーマがかかったように襟足の部分がふわふわしている。
 瞳の色は紫色でつり目。初対面の相手からは微笑みを浮かべていていることが牽制だと思われるようで怖がられることが多い。

【性格】
元々、高位貴族として生まれ、幼少時から王族の妃教育を受けてきた為、自尊心は高い。生真面目であり、信念を持って、何事にも取り組む。一度、心を許した人物には甘い。

【生い立ちなど】
 フィーネ家の長女。
 元々、第一王子であったクリフの婚約者であったが、クリフが幼い頃に馬車の事故に遭い死亡(本当は生きており、アベルの義姉として接している)第二王子のアベルの婚約者になったが、彼が好きになった男爵令嬢を婚約者の立場を守る為に殺めようとしたという嫌疑をかけられ婚約者の立場も奪われ、以後、獄中死、刺殺、毒殺と何十万回もの時を繰り返すことになった。
 やり直す度に記憶がある為、初めは自分の死を回避しようと努力をしていたが、何度、繰り返しても死の運命を変えられない為、変えられないのなら、早々に舞台から退場したいと思い始める。
 亡くなったあと、異空間のような場所で男爵令嬢(彼女もテレーゼが亡くなったあとに、毎回、刺殺されるらしい)のエリザベスとお茶会をしつつ、情報を重ね合わせる。
 エリザベスとは愛称で呼び合うほどの仲になったが、以前は彼女のことを苦手に思っていた。彼女がいうテレーゼルートに入り、今度こそ、自分と彼女の死の真相を明かそうとする。

【家族】
 父(公爵)・母・兄(第一王子の側近)

エリザベス•ジュスト<ヒロイン>17歳 愛称:リズ

【見た目】
 明るい茶色のふんわりとしたボブカットに瞳。甘ったるい声音が媚びているようだと学園の女生徒たちからは良い印象を持たれていない。

【性格】
 自由奔放な性格。前世でも女子高生であった為に性格自体は変わらないが、貴族社会においてはみ出した奇抜な性格をしている為、不思議な子だと思われがち。

【生い立ちなど】
 元々、日本人の転生者。初めは大好きな乙女ゲーム転生をして喜んでいたが、ヒーロー達のメンタルケア要員じゃないかとストレスを溜めつつ、テレーゼの代わりに金糸雀に選ばれ、ゲームのエンディングにあたるヒーローがくる筈の御堂で誰を選んでも刺されるという理不尽な目に遭う。
 テレーゼのことのことは怖い人だなと初めは思っていたが、彼女が他の女子たちとは違い、自分の為を思って、注意をしてくれていることに気づき仲良くなりたいと思っていたが、アベルによって禁じられていた。

【家族】
 父(男爵)・母・弟

アンネマリー(クリフ)・アルペジオ<第一王女(王子)>23歳 愛称:アンネ

【見た目】
 以前はアベルと同じ金色の髪をしていたが、ストレスのせいか、幼少期に髪の色が抜け落ち、白い色になる。ストレートの長い髪を流している。瞳は前世返りの赤い瞳。

【性格】
 第一王子時代は誠実で真面目であったが、時を繰り返す内に自分とエリザベス、そしてエミリオ以外の人物がどうなってもいいという考えになる。本心を見せない為にミステリアスと思われがちであるが、独善的で周りを振り回す癖は第一王子時代とは変わっていない為、テレーゼの兄のエミリオが影で苦労をしている。

【生い立ち】
 第一王子として研鑽してきたが、邪神の呪いを持っている為に王家により殺されそうになる(長子・長女は元々、邪神の呪いを引き継いで、生まれるので短命であることが多い。第二王子のアベルを確実に王位につけたかった継母が王に呪いの者が王家にいるのは、既に災いになるのではないかと?気弱な王を不安にさせた為、王も暗殺に同意をしてしまった)テレーゼの父のお陰で生き残ることになるが、王と彼女の父の交渉の結果、架空の人物、アンネマリーとして別邸で軟禁のような生活を余儀なくされる。
 彼が馬車事故に遭い、亡くなっと聞いたことで、テレーゼからすべての感情を抜け落ちてしまったことを心配した公爵家が自分たちが再度、権力につきたいと思わせないと監視の役割をうけ(テレーゼの兄、エミリオが担う)別邸から王家へと戻した。
 王になることには興味がなかったものの、テレーゼが無実の罪で何度も殺されることで彼女が幸せになる為だけに、何度も時を巻き戻してきたが、邪神の力を使う為、自分の体に限界が訪れていた。初めは胸元下の黒子のような小さな痣だったが全身に広がってしまったために、夏でも首元や腕、全身を隠すようなドレスを着ている。

【能力・スキル】
 自分の寿命を使い、国宝の懐中時計(青い薔薇が刻まれており、巻き戻る度に、薔薇が枯れていく)で世界を巻き戻す。

【家族】
 父(王)・母(病気により死去)・継母・弟(腹違い)

アベル•アルペジオ 18歳<第二王子>

【見た目】
 金色の長い肩口まである髪を高めに結んでいる。緑色の瞳。

【性格】
 王の愛妾であった母(後の王妃)から洗脳的な教育をされた為に目下の人間には見下した態度を取る。性格自体は傲岸不遜だったが、エリザベスと接する内に角が取れていく。

【生い立ちなど】
 第一王子だった、クリフとは異母兄弟。
テレーゼのことは幼馴染だと思っていたが、腹違いの兄が亡くなり、自分が彼女の婚約者になる。テレーゼの母に憎しみを抱いていた母に公爵家が自分にしてきたことを聞かされるうちに(王妃の妄想)彼女のことを疎ましく思うようになっていた。
 学園で男爵令嬢であるエリザベスと出会い、真実の愛を得たと思ったが、テレーゼが亡くなったあと、エリザベスも誰かに刺されて亡くなってしまった。
 別邸で暮らしていた義姉は自死したと言われ、母が自分の為にもっと良い婚約者を選ぶと言われたが、エリザベスのいない世界に未練はなく自死する。しかし、クリフが時を戻した為、知らず同じ世界を繰り返す内に、母に違和感を持ち始め、国宝を用いて世界を戻そうとする。

【能力・スキル】
 自分の寿命を使い、国宝の懐中時計(赤い薔薇が刻まれており、巻き戻る度に、薔薇が枯れていく)で世界を巻き戻したときに自分と望んだ対象者の巻き戻し前の世界の記憶を保つ。

【家族】
 父(王)・母・兄(腹違い/クリフ)・姉(腹違い/アンネマリー)

エミリオ・フィーネ 23歳

【見た目】
 黒い耳にかかるまでの髪と紫色の瞳。伊達で銀色のフレームの眼鏡をかけている。

【性格】
 シスコンである為にテレーゼのことを『俺の天使』や『俺の女神』だと言って溺愛している。冷静沈着な外見とその姿の差異が激しいために、婚約者がいなく、令嬢たちの間では観賞用の存在となっている。

【生い立ちなど】
 フィーネ家の跡取りとして王家の影として第一王子の側近となる。王家が第一王子のクリフを馬車事故に見せかけ、殺めようとしたことを事前に情報で知り、父に相談をして、彼の命を守った。以後はクリフではなくアンネマリーの側近として、動くことになった為、彼女の婚約者として周囲から認識をされていることに日々、ストレスを覚えている。

【能力・スキル】
 クリフや妹を暗殺者や狼藉者から守るために護身術や剣技を学んできた為、護衛騎士以上に戦力がある。普段は書類仕事ばかりを行っており、剣技が得意ではないような顔をしている。

【家族】
 父(公爵)・母・妹(テレーゼ)

イザベラ・アルペジオ<王妃> 40歳

【見た目】
 金色の長い背まである髪を纏めて結んでいる。緑色の瞳。40歳ではあるが愛妾時代から見た目に贅を尽くしてきた為か、実年齢よりも若く見える。

【性格】
 外見は穏やかそうな貴婦人に見えるが気性が激しく、自分にとって嫌なことがある度、使用人を虐めて憂さ晴らしをしている。

【生い立ちなど】
 伯爵家に生まれ、テレーゼの父の婚約者候補であった。彼女ではなく、テレーゼの母に婚約者が決まったことにより、偏愛していたテレーゼの父を奪われたと自分勝手な思いを抱く。(実際はストーカー紛いの行為に嫌気を差したテレーゼの父がこの女だけは嫌だと告げたことで婚約者候補から外される)その後、見た目の美しさに騙された王が、彼女に一目ぼれをした為、愛妾になることになった。
テレーゼに対し執念深く、様々な手を用いて殺める理由も彼女が自分の可愛い息子の婚約者になったことと、テレーゼが憎い母の姿に似ている為。
 クリフの母も彼女が殺めたのではないかと噂をされている。クリフが邪神により短命だとは知ってはいたが確実にアベルを王位につける為に、王を唆し、馬車事故を起こして、殺めようとする。
 アンネマリーがクリフだとは知らず、彼女のことを探るものの、情報が出てこないことに苛々している。

【家族】 
夫(王)・息子(アベル)・義娘(アンネマリー)

一話

「こうして貴女とお茶会をするのも、何百万回目になるのかしら」
「私はテレーゼさまとなんでもないお茶会をするのが楽しいので、回数なんて数えてなかったです」
 砂糖菓子に蜂蜜を入れて煮つめた甘ったるい声音に、以前のテレーゼなら貴族なら自分の感情を顔に出してはいけないという暗黙の約束を破り、不愉快であることを顔に出して、席を立っていただろうが何十万回以上も繰り返す彼女とこのテーブルセットだけが置かれただけの不可思議な空間で過ごす内に『彼女といると癒されるんだ』と頭に花を咲かせたとしか思えない言動ばかりをしていた元婚約者の気持ちも分かるようになってしまった。
 馬鹿なことをいう彼の横っ面を扇子で叩いたら爽快だろうと考えていた当時の自分を思い出して、テレーゼは苦笑を浮かべる。
「それで私が殺されたあとに、また、貴女も誰かに刺された。リズの言葉でいうルートだったわよね。今回は誰のルートだったの?」
「初心に却って、テレーゼさまの婚約者のアベルを狙ってみたんですが……。テレーゼさま、前回のアベルに違和感を感じませんでしたか? テレーゼさまが私に近寄っても、大袈裟に私の目の前に立って庇うとか、お友達を扇動する行動がなかったといえばいいのか。テレーゼさまを警戒しているというより、見定めてると言えばいいのか」
「興味がないから覚えてないわ。あの人、大抵、私を睨むか怒鳴りつけるしか出来ないんですもの」
 彼女の言葉に、テレーゼは自分に関わってこなければ心底、どうでもいい婚約者のことを思い出す。
 今回のテレーゼの死因は確か、毒が淹れられた紅茶を飲んだことが原因だ。
 事前にアベルに飲まないようにと、茶会の前に耳元で囁かれたが、毒以上の痛い死に目に遭いたくなかったテレーゼは彼の忠告も聞かずに紅茶を飲み干したのだった。
「前にもお話しましたが、どんな形であれ、テレーゼさまが亡くなられたことで、悪役令嬢のテレーゼは退場です。そのあとに国の安寧を願う〈金糸雀〉に私ことエリザベスが選ばれるのですが」
「貴女はまたエンディングを迎える前に、誰かに結末を奪われた」
 前のお茶会のときは『次こそ、犯人の面を拝んでやります! 犯人さえ分かれば、今度こそ、ハッピーエンドですよ!』と張り切っていたエリザベスだったが、今回も誰の手で最期を迎えたのか分からなかったんだろう。
「アベルもアベルだと思いません? 何度もヒロインを助けられないで、何がヒーローですか! 私、テレーゼさま推しにチェンジしたいです。テレーゼさま、アベルとチェンジしません?」
 腕に縋りつくエリーゼをやんわりとテレーゼは離す。
「貴女、此処以外でも、おかしな言動をしてないでしょうね?」
「私がアベルに『アベルって、ずっ〜と〜デレ期だよね』って言っても、『意味は分からないが、リズは今日も可愛いなぁ』って反応だけだし。厳しい視線を唯一、向けてくれるテレーゼさまは退場しちゃいましたし、こうして注意をされるのが嬉しいです」
「……変わった子ね」
 すっかり冷めてしまった紅茶のお代わりを煎れ直しながら、テレーゼは初めは頭のおかしいことをいう少女だと思っていたエリザベスの話を信じるようになったことを思い出す。
 この世界は彼女の前世で流行っていた『金糸雀<カナリア>は君のために唄う』という乙女ゲームによく似た世界らしい。
 この国では過去、邪神によって国が滅ぼされかけたが、邪神に囚われた聖女が彼の為に唄うことにより、聖なる心を取り戻し、国が栄えたという伝承に沿って、選ばれた乙女が教会の像に今後も国が安寧を得られるようにと唄う役目を担うようになった。  
 邪神であった神が聖女を妻にしたことにより、大抵は王家の婚約者が〈金糸雀〉と呼ばれる役割を担い、王子との結婚が義務づけられている。
 悪役令嬢テレーゼは幼い頃からの許嫁であったアベルが自分を冷遇し、男爵令嬢のヒロイン、エリザベスに惹かれていく姿をから婚約者の自分が役割として義務づけられていた〈金糸雀〉に彼女が選ばれることを阻止する為に、様々な暗躍をするらしい。
 実際、テレーゼが行ったことと言えば、学園とはいえ、王族に対するアベルへの親密な接し方への注意。彼の友人たちが騎士団長や宰相の地位の高い家の子息達が必然的に集まるのは当然だが、彼らがアベル同様、婚約者を蔑ろにし、女王然とエリザベスを扱うのは頭を抱えた。表向き学園には身分制度はないとは、彼女の上流貴族に対する態度は目に余った。
 アベルが将来、側近とする彼らの婚約者達と友人関係を築いていたテレーゼは、彼女たちがエリザベスを排斥しようと動かれる前に自らが悪役となり、彼女たちからエリザベスを守っていたくらいだ。
 婚約者としての義務でエリザベスを呼び出し、何度か、忠告をしていたが、あとはアベルの好きにさせていた。
 しかし、ゲームの悪役令嬢テレーゼはアベルへの愛情があったらしく、彼女を排斥する工作を友人達と嬉々として行っていたらしい。テレーゼからしてみれば、暇な人もいたものだと悪役令嬢エリーゼの話の聞いて、感心してしまった。
 それが婚約者である王子、アベルに知られて、彼女は結果、様々な形で命を散らすことになるのが悪役令嬢テレーゼもあり、何もしてない現実のテレーゼだ。
 そして悪役令嬢テレーゼの代わりに、〈金糸雀〉に選ばれたエリザベスが教会の邪神像の前で歌を唄っているところに、彼女がいう攻略対象と呼ばれたアベルを含めた他の令嬢方の婚約者達の中から、好感度の一番高い高い人物が現れ、永遠の愛を誓い、ハッピーエンドを迎えるという話らしい。
「貴女がいうバッドエンドでもないのよね?」
「はい。私、この世界に転生したとき、異世界転生きたこれ! って喜んでましたけど、蓋を開けてみれば、心に闇を抱えているヒーロー達のメンタルケア要員をして、こっちが励まされたいと思えば、ヒロインの強制力なのか、攻略対象から近づいてくるのに身分が低いからっていじめられたりして」
 テレーゼはエリザベスの言葉に押し黙ると、彼女から顔を背けて謝る。
「……それに関しては悪かったわ」
「あっ、誤解をしないでください! アベルの婚約者のテレーゼさまが私に苦言や注意をされるのは当然のことですから。私が腹が立ったのは、公爵家であるテレーゼさまの威光を得ておきながら、立場が悪くなったら、私に態度を変えた人たちです」
「リズを誤解していた私が悔しいわ」
「それはお互いさまですよ。私もテレーゼさまが迫力美人だからこそ、注意されるときとか必要以上に怯えちゃって。それがよけいにテレーゼさまに対するアベルの不信感を植えつけたって思うんです」
「……私が亡くなったあと、アベルさまは何か言っていて?」
「やっぱり、俺では無理だったと。その言葉を聞いて、私、閃いたんですが……っ、またですか」
「残念だけれど、お茶会もお開きのようね」
 地面が大きく振動して、ふたりは咄嗟に地面からの振動の方向へ振り向く。今までは青い扉であったが、色違いの黒い扉が地面から現れる。
 この謎の扉が現れたということは、お茶会を中断し、ふたりはまた、世界を繰り返さなければならない。
「この扉って都市伝説のテレーゼルート。そっか、今回で百万回目のプレイなんだ」
「リズ?」
 エリーゼは一人言を呟きつつ、胸元で手を握ると、テレーゼを真剣な眼差しでみつめる。
「どうかしたの?」
「テレーゼさま。私の予想が正しければ、多分、次は貴女がヒロインです」
「リズ。どういう……」
「この謎空間のせいか私が今までの記憶を忘れててテレーゼさまのことを今までは庇うことが出来ませんでした。でも、今度は大丈夫な筈です!」
「貴方の前向きなところは分かっているけれど」
「そろそろ、時間ですね。テレーゼさまもアベルのこと、あんまり嫌わないであげてください。多分、アベルは」
 眩い靄に覆われてエリーゼとお茶をしていた筈なのに、頭が早鐘を打つように痛み出す。行儀が悪いと思いつつ、テーブルに肘をついて額を抱えこむように片手で顔を覆った。


「大丈夫? テレーゼ」
 何度か目を瞬きをすると自分の冷たい片手を包みこむように柔らかく覆いかぶさる暖かさに安堵をして、テレーゼは赤い唇で塗られた口を開いた。
「大丈夫よ。リズ」
「……リズ? 嫌だわ。テレーゼったらまだ、寝ぼけているのかしら?」
 目をしっかりと見開くと、そこには銀色の髪に菫色の瞳をした貴婦人がおかしそうな顔で、テレーゼの手に指を絡める。
「ア、ア、ア、アンネさま!!!!」
「まぁ、テレーゼ。淑女がそんなはしたない声を出しては駄目よ。でも、普段は氷の令嬢と噂をされる貴女のそんな表情を見られるのが、私だけと思うと嬉しいけれど?」
 前後の記憶は曖昧ではあるが扉は開かれ、またテレーゼはこの世界に巻き戻ったようだ。テレーゼはアベルの婚約者の務めとして、王城に来て、日常通りに約束を破られたらしい。
 今までと違う展開なのは何故か、彼の異母姉であるアンネとお茶会をしていることだ。
 いつもなら、領地の仕事をしている父が兄とはいえ王に怒鳴りこみにいくことを防ぐため、王城の使用人たちを味方につけて、自分に与えられた一室で時間を稼いでいたはずだ。
「え、えっと、私はアンネさまとお茶をしてたんですよね」
「ええ。急に頭を押さえて伏したものだから、具合が悪くなったのではないかとびっくりしたわ。もう大丈夫なの?」
「はい。ご心配をお掛けしました」
「なら、良かったわ。あなたのメイドに聞いたら、またアベルがお茶会から逃げたんですって?」
「アベルさまは私のような煩い女より、男爵令嬢にご執心らしいですから」
「テレーゼとお茶が出来る機会を自ら拒むなんて馬鹿な子」
 アンネは不愉快そうに眉を吊り上げる、そんな顔も美しいと彼女を見つめたが、テレーゼはふと、絡められた手が気になった。
「アンネさま。お、お手を……」
「あら、気づいた?」
「からかわないでください」
「ふふっ。残念」
 絡められていた指が離れることを自ら言い出したことなのに寂しさを感じるのは、もし、彼が生きていたらと思わせる風貌を彼女がしているからなのかもしれない。
 現在、テレーゼはアベルの婚約者だが、彼の前は幼い頃に亡くなったクリフという第一王子の婚約者だった。アベルと同じ眩い金色の髪と菫色の瞳をしたクリフをテレーゼは羨ましがった。
 父と兄はテレーゼのことを天使や女神だと讃えてくるが、黒炭のようにうねるセットをしても真っ直ぐにはならない髪と瞳がテレーゼは嫌だった。母が真っ赤な髪に猫を思わせる金色の瞳をしているので、父と母、どちらかに似るのなら、母と揃いの色が良かったと口に出せば、父に号泣されることが分かっていたので口を噤んでいたが。
 幼い頃だから、恥じらいもなく、行えたのだろう。菫色の瞳に自分の姿を映すよう、テレーゼが覗きこめば、彼は困ったように微笑んでくれた。そんな彼の顔がみたくて瞳を覗きこむのが癖になっていたテレーゼに、仕返しとばかりに軽く瞼に口づけをされて真っ赤になりつつも口だけの文句を言う。そうすると、『ごめんね? テレーゼが可愛かったから』とクリフが恥ずかしげもなく言うので、テレーゼは思わず、傍で控えていた兄のエミリオの背中に彼から逃れるように後ろに隠れるのが常だった。
 いずれ王妃になるのは彼のお嫁さんになるからだと勉強を頑張っていたテレーゼの元に、視察に行く途中、クリフが乗った馬車が事故に遭ったという報告を受けた日をテレーゼは何度、繰り返しても、悪夢として見ない日はない。幼かったテレーゼにできたことは、クリフの無事を祈ることだけだった。
 運が悪かったことに前日の大雨により馬車が落ちた崖の下は、水位も高くなっており、何日かけて捜索がされた結果、クリフは水に抱かれ亡くなったと聞かされた。
 何ヶ月も彼の死を悼みクリフは寂しがりやだから、自分も彼の元に行きたいと泣き叫ぶ娘を両親や兄は見ていられなかったのだろう。

『あなたがテレーゼ?』

 柔らかく自分を呼ぶ声音に、彼が帰ってきてくれたのだとテレーゼは抱きつく。彼女は優しくテレーゼを抱きしめかえし、弟のことを大切に思ってくれてありがとうと告げたことで、ようやく、テレーゼは生きてクリフの死と向き合う決意をすることが出来た。 
 アンネはクリフと同じ亡くなった伯爵令嬢の母の子だが、生まれつき、病弱だということで、後妻の侯爵令嬢であるアベルの母から、何かしらの悪意を受けないだろうかと王が危惧したらしく、彼女の存在を隠し、王都から離れた別邸で暮らしていたらしい。
 暇つぶしの相手として選ばれた兄にテレーゼのことを聞いて、自分に何か出来ることはないかと、わざわざ王都に戻る決意をしてくれたのだと、物心がつくようになってからテレーゼは兄から聞いた。
 アンネのお陰もあり、少しずつ、心の傷を癒やしていったテレーゼに第二王子だったアベルとの婚約が持ち上がるのは必然だった。
 アベルも亡くなった兄と自分を比較されるのは嫌だったのだろう。元々、蛙をけしかけられたり、新しく出来たドレスを馬鹿にされたりと、幼少時代からアベルに関しては碌な思い出がない。
 クリフのことをつい口にしてしまうテレーゼに、俺は兄さまにはなれないとアベルが怒鳴りつけた日から彼とは最期まで険悪なままだ。
 姉のように接してくれたアンネも婚約が決まってからは以前のように会えなくなってしまった。どうしてなのかと兄を問いつめれば、アンネは婚約者ではなく、自分に頼ってしまうのはテレーゼの為にならないと苦慮したらしい。テレーゼの結婚を見届けたあとは、また別邸に戻ることを聞かされ上で、テレーゼが頼り支えなければいけないのはアベルさまだという、普段は自分には甘い兄からの厳しい言葉に寂しいけれど頷いた。
 初めはアベルに対する罪悪感から、婚約者らしくあろうとしたテレーゼだったが、男爵令嬢のエリーゼが現れたことでそんな謙虚な心は塵と化した。
 婚約者の自分を蔑ろにした上でテレーゼではなく自分の金糸雀はエリーゼだけだと、学園内で婚約破棄を一方的に高らかに告げ彼が自分を笑い者にしたあと、テレーゼは屋敷に引きこもった。その後、何故か、エリーゼを殺そうとしたという罪で牢獄に入れられ、処刑台に立たされてから、自分の精神がおかしくならないのが不思議なくらい死因が異なるだけで、何度も繰り返し、命を堕としてしまう。運命に抗おうとテレーゼなりに頑張ってはみたものの、どんなに自分が懸命に道筋を変えようとはしても訪れる最期は同じだった。
 学園で行ってもいないエリーゼへのいじめで断罪をされ亡くなる道を外らせても、死神に愛されているように、結局は死に至る結末を繰り返していたが、自分の為に距離を置いたアンネが変わらず仲良くしてくれる、そんな穏やかに時間は以前にはなかった。
 婚約者であるアベルよりアンネを頼るからと決断して離れたのは間違いではなかったのだろう、つい縋りたくなる気持ちを堪えて、テレーゼはアンネに尋ねる。
「アンネさまは私が甘えてしまうから、距離を置くことにしたと兄から聞いたのですが」
「私もそのつもりだったわ。でも、弟がね。自分に構わず、変わらずにテレーゼと仲良くしてあげてくれと父に言ったみたいで。弟が何を考えてるのか分からなくて行かないことにしたの」
「……アベルさまが」
 エリーゼが何かを言いかけていたが、テレーゼにはアベルの真意が分からない。
「でも、こうして、アンネさまとお会いできるのは嬉しいです」
 珍しいテレーゼの素直な言葉に目を瞬かせると、アンネは女の自分でも見惚れてしまう麗しい微笑みを浮かべた。

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