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僵尸使いのお妃さま 第三話

 占術は得意ではなかったが『会った方が良い』と示された結果に麗花は書かれた文字を見つつも唸る。
「ごめんなさい、明林。やっぱり、じじさまとは会わなくてはいけないみたい。私の代わりになって貰っていいかしら」
 明林は仕方がなさそうに頷く。僵尸同士でも色々とあるのか、明林はじじさまが好きではないようだ。
 自分の服を彼女に代わりに来て貰い、麗花は万一の場合に備えて宮女の格好をすると自身に隠形法をかけた。
「どう? 周囲からみて、私の姿は見えない?」
 大丈夫だと明林から太鼓判を押されて、留守番を頼むと麗花は後宮の部屋から出る。
「聞いた? また、墓荒らしが出たんですって」
「不気味よね。高い装飾品は奪わずに、亡骸だけを持っていくんでしょう」
「亡骸を集めてどうするのかしら?」
「薬にするとか。異国だと不老不死の原料になるみたいよ」
「やだぁ。そんな薬、飲みたくないわよ」
 通りすがる宮女たちの話を耳にすると、まだ犯人は捕まってはいないらしい。あまりに犯人が見つからないようなら、黎家が新たな僵尸の製作のために墓を荒らしているとまた尾鰭がついた噂になりそうだ。
 麗花は後宮から難なく抜け出すと、皇帝の執務室の扉を叩く。
「どうぞ。君たちは下がって」
 彼の部下たちとは入れ違いとなり麗花は室内へと入る。
 隠遁術を解けば、麗しい顔をした星彩が、おかしそうに唇を微かにあげたことが分かった。
「いらっしゃい。麗花。待っていたよ。宮女の服も可愛らしいね」
「……じじさま。賢妃を焚きつけたわね?」
「いやだなぁ。僕は小妹なら、彼女の助けになると思ったんだ。僕の可愛い小妹は優秀な子だからね。それに余暉ってば、独占欲が強くて、せっかく君が余暉の花畑に入ったっていうのに、僕には会わせないんだもの」
 相変わらず、食えないお人だ。賢妃を使い、余暉の目の届かないところで自分と会おうとしたのだろう。
 黎家がつけている制御の札も彼に関してはあまり意味のなさないような気がしてしまう。
「余暉がじじさまのことを愚痴ってましたよ? 私、じじさまは余暉には目をかけていると思ったんですが」
「僕の可愛い子孫だからね。今までの子たちはすぐに国を諦めてしまったけれど、彼は国を諦めたくはないらしい。僕に任せて貰えたら、小妹といちゃいちゃできる時間が増えるのにねぇ」
 わざとらしく頬杖をつきながら、唇を尖らせる仕草は余暉によく似ている。
「今の体制に甘えていてはいつか国が滅ぶ。いえ、じじ様に滅ぼされると危惧してるからでしょう」
「ひどいなぁ。僕は民のことも大切に想っているのに。小妹は苦言を言いに来たわけじゃないんだろう?」
「墓荒らしの件は、我が家に繋がっているのですか?」
 麗花の言葉に満足気に口許が上げられたことが分かる。
「ふふっ。余暉にも愚かな行為だと話したけれど、墓荒らしは僵尸の作り方を試しているのかもね」
「なんの為にです?」
 知らないふりをして、麗花はあえて問う。
「色々と使いようはあるだろう? 誰かを殺めたり、自分を守ったり、制御と数さえ作れば、国の軍すらも凌駕する可能性もある。それに僕のように優秀なら、ずっと権力を持ち続けることも可能だ」
「で、ですが、僵尸を作るのは秘術です!」
 その言葉に星彩は目を細める。
「君のお姉さん。僕の余暉を捨てて、僵尸と駆け落ちしたんだよね」
 急に場の空気が変わり麗花は目を瞬きしたが、星彩は余計な話はしない。
「ええ。私の余暉を捨てて、姉に贈られた僵尸と一緒に」
 余暉のことで張りあってくる麗花に星彩は笑う。
「僕は余暉の好きな子が嫁いできてくれて良かったと思うよ。皇帝は孤独な生き物だ。僕もきみみたいに壊れにくい玩具おもちゃが増えて楽しいし、小妹みたいな小動物のような子なら余暉も癒されるだろう。民もそんな癒し系のきみとは異なり、癇癪持ちが激しい妃を娶ることを案じていた」
 自分が玩具や小動物と例えられたことよりも、麗花が気になったのは姉のことだ。空気を読まないことは分かっていたが、ついつい、口にしてしまう。
「えっ、お姉さまの性格のことって、じじさま達にまで知れ渡ってたんですか! あの人、中身は最悪ですけど、黙っていれば母さま似のたおやかに見える美人ですよ? 苛烈な性格が知られる前に、両親はさっさと後宮に送ろうとしてたんですが」
 星彩は目を丸くすると、麗花の言葉に笑い出す。
「これだから、小妹は退屈しないんだよね。さて、きみはどう考える?」
 星彩の言葉に、麗花は口許を抑える。
「僵尸作りは黎家の十八番おはこだね。どうやって、墓荒らしは僵尸の作り方を知ったのだろうか」
 麗花は星彩の前で跪くと、床に額がつくまで、頭を下げる。
「……星彩さま、申し訳ありません。馬鹿な姉が墓荒らしに僵尸の作り方を教えたんですね。姉は真面目に修行を行ってはいなかった筈です。不完全な術を教えたからこそ、犯人は何人もの墓を暴いたとしか思えません」
「小妹、頭を上げなさい。僕は推論を論じるのは好きじゃない。だが、きみは姉が関与していたならどうする?」
「本来なら一族郎党、処刑をされてもおかしくはありません。私ひとりの命で星彩さまの気が済むのなら、この場で償います」
 麗花は頭を上げると、自分を飾っている簪を首に当てる。黎家に生まれたときから、自分の命を家の為に失うことに後悔はない。
 そんな麗花の様子を慌てた様子で星彩は留める。
「ちょ、ちょっ! 麗花、簪を下ろして。僕が余暉の悲しむことをする筈がないだろう?」
「ですが」
「君たちの家系の直情的っていうのか一直線なところは誰に似たんだろうね。小妹に何かあれば、僕は余暉に一生、恨まれるだろう。何百年も生きてきた僕だけど、可愛い子孫に恨まれるのだけは嫌なんだよ」
 星彩が麗花の頭を撫でようとしたとき、その手が留められる。
「余暉……?」
「じじさま。なんで、麗花が泣きそうな顔をしてるんですか。まさか、あの件を話したんじゃないですよね? 俺に任せてくれると言ったじゃないですか!」
 余暉は責めるように星彩に言い放つと、麗花を自分を後ろへと隠す。自分よりも小さな背に守られていることに不思議な気持ちがした。
「ひ、酷いよ! 余暉! 僕はただ可愛い義娘と遊んでいただけだよ」
「義娘って、なんですか? どうせ碌でもないことしか言ってないでしょう! 部下から星彩さまが宮女に手を出した、と聞いて、急いで駆けつけてみればこれだ」
 星彩を睨みつける余暉のあまりの剣幕に、麗花は背中の衣を引っ張る。
「大丈夫よ、余暉。このことは私の家の問題だから」
「……聞いたのか」
「ええ」
 余暉は自分に知られる前に墓泥棒の件を片付けたかったに違いないが、麗花は黎家が関わっているとしたら他人事では済ませられない。
「修行も受けてないのに、自然派生以外で僵尸として再度、蘇らせることは難しいわ。まだ、姉さま達はこの国にいるのかしら。せめて、小龍兄さまと連絡が取れたらいいんだけど」
「……お前の姉のことを悪く言いたくはないんだが、彼女なら術だけ教えて、他国に逃げた可能性はないだろうか」
 姉の性格を考えれば、墓泥棒の犯人に術だけ教えて、自分の手は汚さずに国を去りそうだ。僵尸の小龍なら暴挙を止めそうだが姉には最終的に逆らえないだろう。
「余暉。この件、麗花と頑張って解決してみるといい。そうしたら、初めの約束通り、一度は政務を預けてあげるし、それに加えて黎家へのお咎めもなしとしよう」
「本当ですか?」
「ああ。僕としても、黎家に手を出して、また、土塊には戻りたくはないしね。どうだい、小妹? 余暉と頑張ってみるかい?」
「はい!」
「いい返事だ。僕からひとつだけ、助言をあげよう」
「……じじ様は本当、麗花には甘い」
「可愛い義娘みたいなものだからね。男親は娘には甘くなるのさ。覚えておきなさい、余暉」
「はいはい。で、助言とは?」
「青い鳥というのは存外、近くにいるものだよ」
「はぁ⁉︎」
 とうとう、ぼけたのかという顔を隠さない余暉に星彩は手を振る。
「じゃあ、頑張ってきなさい。僕も麗花を罰するなんて真似をしたくはないからね」
 自分にだけ隠遁術をかけて、麗花は不機嫌そうな余暉を見る。
「余暉に黙って、じじさまに会ってごめんなさい」
「……別に怒ってない」
「じゃあ、なんで不機嫌なの?」
 余暉は麗花を見つめると、肩に顔を載せてくる。
「余暉?」
「麗花は俺と僵尸のどちらが大事だ?」
 本当は家と自分のどちらが大事なのかを聞きたいのだろう、余暉の質問に瞬きをすると、麗花は彼の後頭を撫でる。
「……余暉よ」
「麗花は嘘つきだな」
 彼の言葉に困ったように麗花は余暉から離れた。後ろで書簡を持っている文官たちをみると、余暉が抱えている仕事も溜まっているのだろう。
「お仕事が溜まっているんでしょう? 行ってきなさい」
「うん」
 彼の背を送って、麗花は溜め息を吐いた。ぴちちという鳴く鳥が自分の肩に乗ってきたことに麗花が指であやすと、鳥が紙に戻る。
 家から貰った情報を麗花は見て覚えると、紙を唇で吹きつけ、枯れた花へと姿を変えた。

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