記憶を失くした北千住の夜、渇ききった日曜の朝
「うあ!」
日曜日の朝、いつもの布団でタオルケットにくるまったまま声にならない声を出してしまった。
タオルケットの中で、なんと一糸纏わぬ姿で眠っていたからだ。こういうことは過去にも何度かあって珍しいことではないのだが、それでも何度やっても同じように驚く。そして数秒経って自宅にいると気づき、特にヤバイ状況にいるわけではないことが分かると、ほっと胸を撫で下ろす。
どうやら風呂にはちゃんと入ったらしく、髪は半乾きのままだ。
部屋では彼が仕事に行く準備をしているがその後ろ姿が、どこかよそよそしい。
ああ、どうやら私は昨夜、何かをやらかしてしまったようだ。
事情も整理できないままささっと部屋着を身に付けて、出掛けようとしている彼に、取り急ぎ「昨夜はなんかごめんね」と告げた。
「昨日の荒れ方も...すごかったよ。全然甘えさせてくれなかったんだから」
と彼は小さい子供のように愚痴た。
今の仕事の都合で毎週金曜日が泊まりだから、彼は土曜日の夜に私が帰ってくるのを楽しみにしてくれているのだ。
明らかに距離を取られている。そしてすれ違いを実感させる彼のその言葉が、寒々しく胸に突き刺さる。
「最近そういうの多いよ、気を付けてね」
と言って彼は仕事に出かけて行った。
一人残された部屋で、私は昨夜のことを思い出そうとした。
とにかく喉がひどく渇いていた。氷を入れたグラスにお茶を注いで飲むが、キンキンの鋭い冷たさが体の中にじわりと染み渡るだけで、グラス一杯飲み干しても一向に喉の渇きは癒えない。
随分の酒量を飲んだかのような渇き方だが、飲んだ本数だってしっかり覚えているし、特に多くはなかったと思う。
昨夜土曜日のオンエア後、ADだけで飲み会があった。私が働き始めてもう8か月経つわけだが、コロナ禍だったこともあり、ADだけで飲むのは初めてだ。
コンビニで飲み物や食べ物を買い、編集ブースでこっそり集まって5人で飲み会を開いた。
今回のメンツでまともにお酒を飲むのは私だけだった。
男子二人は早々に顔が赤くなるし、女子二人はロング缶の甘いサワーをいつまでも飲んでいた。
私はその間にロング缶のサッポロ黒ラベル、350mlのハイネケン、そしてレモンサワーを二本飲んだ。
飲み会ならではの、平時にはない話の掘り下げ方や議論の活性化などという「酒の勢い」もないまま、おそらく彼らがいつも話す話題を、素面の時と変わらない様子で話しながら飲み会が進んでいった。
バラエティ番組やお笑い芸人、アイドルの話がほとんどで、彼らとは見るテレビ番組も映画も違う私は特に興味が惹かれる話題がない。
そして自分好みの話題を提供しても、誰も乗ってくれないことは間違いない。
そんな話の流れに戸惑いを隠しながらも、自分なりに真剣に耳を傾けていた。
気を張っていないとすぐに乗り残されてしまいそうだ。
ここまで住む世界の違う人たちと飲むということが、そういえば今まであまりなかった。
こういうとき、小学校の時の大縄跳びを思い出させる。
次入れるか、入れるか、と見極め続け、えいやっと一回飛んだら逃げるように出ていく。跳んでいる途中で自分なりのステップやリズムを掴むとかそんなことはできない。
ただ引っかからないように、地雷を踏まないように、注意深く、場を乱さないようにそこにいる。
私は私で結構気を遣っているつもりなのだが、それでも隠しきれないマイペースっぷりがしっかり露呈してしまっていたな、と今更ながら思い出される。
飲み会に際してコンビニで買い出しをしようというときも、「各自で飲みたいもの食べたいものを買おう」ということになったため、私は一瞬で買い物を済ませた。でもみんなは何故か10分くらい悩んでいて、結局みんなで買っていた。
別にいいけど、なんだか気まずい。
帰るときも、確か11時半くらいに「じゃあ帰りますお疲れ様ですー」と言って唐突に出て行った覚えがある。それが何の脈絡もない行動だったため、なぜかその時の変な空気感になったということだけは覚えている。
そのあと、終電までの時間に余裕をもって地下鉄に乗ったところまではよかったのだが、気が付いたら北千住で、終電は既になくなっていた。
先週に引き続き、北千住まで寝過ごしてしまった。
寝過ごす時は普通潔く終電で目覚めるはずなのだが、なんでいつも北千住で目覚めるのか、よく分からない。
個人的には縁もゆかりもない北千住という街だが、何か因縁があるのかもしれない。
その後タクシーで帰宅したのだが、家に帰ってからが本格的に記憶がない。
彼が差し出してくれた冷たいお茶を無視して風呂に入ったのは覚えている。
多分それ以外にも、彼にもひどいことをしてしまったと思う。
最近、本当に酒癖が悪くなった。
昔は普通に楽しく飲んでいたし、沢山飲んでも記憶をなくしたり変な行動を取ることもなかった。
仲のいい仲間と酒を飲むということを、ここ半年くらいずっとしていない。コロナ禍でなければ「ひさしぶり!飲もうよ」というやり取りを誰かしらとしていただろうと思う。
楽しい会話と美味しい料理で仲間と宴会の席を囲む、当然の楽しみだったはずのことが、気軽にできない。
会いたい人はたくさんいる。あの人はどうしているだろう、この人はどうしているだろう、と記憶の引き出しから思い出に想像を加え、勝手に思いを馳せる以外にできることがない。
酒癖の悪さは日ごろのストレスが関係している、と聞いたことがある。私は毎日、職場で自分を抑えている。でもそんな抑圧された思いを、酒の場で出すこともできなくて、結局、家に帰ってきて一番自分らしくいられる場所で、そのストレスが一気に噴出するのかもしれない。
机の上には、数日前にアマゾンで注文した本が何冊も届いていた。
二週間後に控える夏休みに沖縄でなにか取材のようなことをしたいと思い立ち、沖縄を題材にしたルポルタージュや取材のやり方について書かれた本をいくつか取り寄せていたのだった。
それらの背表紙や目次を読むともなく眺め、さすったりページをめくったりして、素敵な装丁を味わった。私の居場所はきっとどこかにあるはずだ。こんなに面白いことを仕事にしている人たちがいる。
私もいつか、こんな仕事がしたい。でも、それをうまく言葉にすることもできない毎日が、そんな純粋な思いを抑えないとやり過ごせない日々の一瞬一瞬が、ただ苦しかった。
お茶を飲みながら体に潤いが取り戻されてきた頃には、もう1時間ほどが経っていた。
日曜日の朝、昨夜の記憶を手繰り寄せたり本を眺めたりしているうちに、停滞した時間のなかに自分の時間を、人生を絡み取られていく。
こうしている場合ではない、せっかく仕事をに行かなくて済む日曜日に、こうしてはいられない、と焦りが募る。
まだ日曜日の午前9時。
洗濯器を回し、鍋でお湯を湧かす。冷蔵庫の中からメークインを取り出し、流しで洗って、鍋に入れた。塩をひとつまみふる。
洗濯器がゴーッ、ゴーッと音を立てて回り始め、水道から勢いよく注水されていく。
鍋はグツグツと音を立ててメークインを蒸かす。
生活音で満たされた部屋は、生命力を取戻し始め、私も布団をたたんでキッチンに立つ。
フォーを茹でて食べようと思い、今日は麺とスープだけでいいやと思って作り始める。だんだん欲が出てきて、パクチーを刻んだり、チャーシューを切って載せてみたくなる。
手を動かし始めると、自然と気持ちも上向きになる。
失われた土曜日の夜にこだわってもしょうがない。
自分と志を共にする人たちと一緒に働ける日が来ますように。
また、好きな人たちと一緒に、楽しくお酒を飲める日が来ますように。
こうして止まりかけた時間が動きだし、私の週末が始まっていく。
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