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ピアノとやる気

先月、小学6年生の生徒さんが入会した。
娘と幼稚園から一緒で、優しく穏やかな女の子。

ピアノを習い始める時の状況が、子供時代の私とそっくりだ。私も2年願い続けて、3年生の春から教室に入った。親御さんがピアノを買う必要性を感じておらず、家に61鍵のキーボードしかないのも同じ。

これは驚異的に伸びるぞ、と直感した。
私は3年生から始めて、4年生の終わりにはショパンを弾き始めていた。
重要教本であるブルグミュラー25やインベンションが、なぜ抜粋で進んだのか、今になれば当時の先生の意図がわかる。そういう指導をしなきゃいけないということだ。おそらく選択と決断の連続になる。

体験レッスンで音を聴かせてもらった。
ハウルの動く城「世界の約束」
時折つっかえながら、でも諦めずに最後まで弾ききった。彼女らしい、可憐で丸みのあるパステルカラーのような音。ピアノが大好きでたまらない人が出す音。思わず涙が滲んだ。

しかし、何年もキーボードだけを弾いてきている指。3番(中指)と4番(薬指)の独立が甘い。左手5番(小指)は鍵盤の底を捉えきれていない。
これを極力早くピアノを弾く指にしていかねばならない。注意深く導入教本を数冊選んだ。

その中の一つに、某メソード教本がある。
発達に凸凹が少なく、標準的な学習が可能な生徒さんに使ってもらっている。

この教本一冊を終えるのにかかる期間は、

やる気のある子ども=半年
やる気のない子ども=1年2ヶ月
やる気のある大人=10ヶ月
(※当教室平均)

それを彼女は1ヶ月半で通過した。
導入教本なので抜粋はしていない。全曲弾いての1ヶ月半だ。

【New】
とてつもなくやる気のある子ども=1ヶ月半

家にキーボードしかないため、我が家の別室(電子ピアノ)を自主練習に使ってもらっている。
私も、毎朝学校に30分早く登校し、体育館のピアノを借りて練習していた。どこまでも状況がかぶる。
ピアノが弾きたくてたまらない子どもは、ピアノを求めて移動する。ある意味本能だ。
そして先生の「ここまで」を丁重に無視して、どんどん先まで譜読みする。だってしょうがないじゃない、弾きたいんだから。

この同じ教本に、やる気のない子どもは1年以上を費やす。言い換えれば、やる気の有無でもって、お月謝を10倍以上払う親御さんがいるということ。
ダラダラと何年もそんなことを続ければ、10万で得られるスキルに100万以上を突っ込まなければならないということ。まさに桁違い。
そしてその得たスキルも、レベルや音の質感が全く違ってくる。

これ、ピアノに限ったことではなくて、何でもそうだと思う。やる気無く何かをダラダラ続けることほど無駄なことはない。人生はそんなに長くない。

私は「ピアノを好きにさせること」は、ピアノ講師の仕事だとは思っていない。
日々の努力が欠かせないピアノは、心の奥底から湧きあがる「好き」でなければ続かない。
誰かに仕向けられた「好き」は本物ではなく、遅かれ早かれ必ず壁にぶち当たって折れ曲がる。

やる気なくダラダラと続けてきた生徒が、ある日突然「学校の伴奏やりたいです!」と、鼻息荒く言ってくることがある。
ここまで続けてきたプライドを生かせるか否か、これが唯一の起死回生のチャンスだ。

真っ直ぐに伸びてゆく枝、いつか折れ曲がる枝、急に新芽を出す枝、それぞれを育てている園芸社のような心持ちで、今日もまたレッスンに臨むのだ。