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Letters ラスト候補

「僕と一緒にA国に行ってくれませんか?」
「え...」

前川の告白は恵を動揺させた。未だ、石井からの告白はなく、付き合っているのか、体だけの関係なのか恵自身分からなくなっていた。
そんな心の中で、前川の言葉は強く強く響いた。
仕事でトラブルがあったときも、いつもフォローしてくれた。石井と連絡がつかないとき、寂しくて人肌を求めたときも、他の男を思っていると知っていても、前川は恵の傍にいた。
何度も何度も、好きだと、結婚して欲しいと言ってくれた。今の関係から動こうとしない男より、熱心に愛を伝えてくれる男を選んだ方が幸せになれるかもしれない...
そう思わずにはいられなかった。

ーーーーーーーーーーーーー

前川が日本を離れる日。石井は焦っていた。

「本当にそれでいいのか!本気になった女を他の男に奪われて、それでいいのか!」

先輩の村田に突きつけられた真実。石井が恵との関係を進めよう、結婚しようと言うと決めたときには、もう遅かった。

ー石井くん、今までありがとう。私、前川さんとA国に行くね。石井くんと一緒にいれて、本当に幸せでした。さよなら。

恵からのラインを開くことさえ怖かった。ラインを開かなくても、最初の何文字かで別れを告げる内容だと容易に想像できたから。
もう自分たちは終わったのだと悟った。男としても、立派な前川に恵が好きになるのは当然だと思っていた。
それなのに...

「嫌です、村田さん...俺、恵じゃないと嫌なんです!」
「気付くのおせぇよ、馬鹿野郎!」

思わず涙が溢れ出した。
初めて手を繋いだ日。落ち込んだとき、何も言わずに傍にいてくれた日。馬鹿なことをしても、嘲ることなく、心の底から笑ってくれる...
そんな恵を手放したくないと気付いた。

国際空港にたどり着き、石井はインフォメーションセンターの人の制止を振り切り、空港内に響くように叫んだ。

「行くな、恵!お前がいないとダメなんだ!」
「お客様、困ります、マイクを離してください!」
「すいません!あと少しだけ!
恵!俺と結婚しっ...」
「取り押さえたぞ!」

石井の空港のマイクジャックは一瞬にして幕を閉じた。
この放送を聞いた者たちは、一体なんだったのだと怪訝な顔をしていたが、放送はすぐに飛行機発着の案内に切り替わった。
そして、石井の想いは届いた。

「クスッ...やられましたね、石井くんには」

石井の声はもちろん、セキュリティゲートで並んでいた前川にも届いた。

「あんなに馬鹿をする男じゃ、恵さんは放って置けないでしょうね」
「...ごめんなさい」
「いいんですよ。あなたが幸せなら...ですが、覚悟して下さいね。もしあなたが幸せでなかった場合、今度こそ、攫いに来ますから」

前川は、一緒に日本を離れようとしていた恵に優しい言葉をかけた。
どんな気持ちで前川は言ったのだろうか。
そう思うと、溢れ出す涙は止まらなかった。

「ごめんなさい、前川さん...本当にごめんなさい...」
「謝らないでください、恵さん。余計、辛くなる」

前川の言葉に、口をつぐむ。だけど謝罪の言葉しか出てこなかった。
石井と会えない腹いせに、前川を利用していたときもあった。
それなのに前川は、いつだって恵を受け入れてくれた。
こんなに優しい人を傷つけてしまったことが、自分の譲れない思いが、辛かった。

「ほら、早く行きなさい。僕の気が変わらないうちに...」
「...ありがとうございます!」

恵は涙を拭って、深々と頭を下げた。
会社でもプライベートでも支えて来てくれた優しい上司。
心の奥底から、前川にも幸せになって欲しいと願った。

「何やってんのよ、馬鹿っ...」
「恵...!」

石井はインフォメーションのマイクを勝手にジャックし、放送をしたということで、空港内の交番に連れてこられていたが、初犯ということもあり、説教だけで交番を出ることができた。
交番から出てくると、泣きはらした目をした愛する女性が立っていた。

「ごめん、恵!俺、ほんとに馬鹿で...恵が何も言わないことに甘えて、好きだって、いえなかった...
好きだって言ったら、恵ともう会えない気がして...」

大の男だというのに、石井は子どものように泣きじゃくりながら、頭を下げた。
そんな石井を見て、恵は優しく抱きしめた。

「...私の方こそごめんね。さよなら、なんて言って...ここまで来てくれて、ありがとう。私も石井くんが好き...」

この言葉はさらに涙腺を刺激させた。
今までカッコつけて抑えていた感情が、止め処なく溢れてくる。
恵ともっと一緒にいたい。恵の笑顔を守りたい。そして、泣き虫で情けないちっぽけな自分を好きだと言ってくれた...
それだけで石井は、天にも昇るような...そんな幸せを感じた。

「恵!」
「え...」

ひとしきり柔らかな胸に頭を埋めて泣いた後、意を決して石井は恵の肩を掴んだ。

「俺と、結婚してください!」
「...嫌です」
「え...?」

さっきまでの良い雰囲気はなんだったのかと思うほど、恵ははっきりと石井のプロポーズを断った。

「あれ...恵、俺のこと好きだって...」
「石井くんのことは好きよ。でも、ちゃんと順序を踏みたいの」
「じゅ...順序?」
「そう!順序」

石井の脳内では「順序?」という文字が踊りだし、なぜ今までいい雰囲気だったのに、プロポーズを断られたのか分からず、ただハテナばかりが浮かんでいた。
そんな石井を見た恵はクスクスと笑い始めた。
そして思った。
私がたくさん寂しさを感じた分、「付き合って」「結婚してほしい」と願った分だけ、石井くんも願えばいい、と。
叶わないのではないかと思う度に苦しんだ感情を思い知ればいい...と。

「め、恵さん!順序って、なんっすか!」
「それくらい自分で考えなさいよ、男でしょ!」
「えー、今すぐ結婚したい!なんで断るんだよー!」
「嫌です、なんで今すぐ結婚出来ないのか考えなさい!」

痴話喧嘩を繰り広げながらも、二人の手は固く繋がれていた。
もう決して離さない、離れないとでも言うように...


♦あとがき♦
今、Lettersを書いています。ラストはまだ決まっていませんが、こんな風に二人は結ばれるのではないかと、興奮して、お風呂の中でスマホをジップロックに入れて、書いてしまいました。(^-^;
イメージソングは、スピッツのロビンソン。
「誰もさわれない 二人だけの国 君の手を離さぬように...♪」
この歌を思い出した時、恵と石井の最後をこうしたい!と思い、書いてしまいました。
まだ連載中の話ですので、どういう展開、どういう終わりになるかは私自身も分かりません。ですが、こんな風に幸せな最後で締めくくることが出来たら、と思っています。
まだまだ稚拙な文章ではありますが、Lettersを応援して頂けると幸いです☆
ここまでお読み頂き、ありがとうございました!
皆さまにも素敵な出会いがありますように...(*^^*)

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