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旅行が下手かもしれない話

旅行に行くとして、みんなはなにを目的に旅をするのだろうか。
その目的の引き出しが、自分は極端に少ないのではないかと最近考えている。

無趣味、無教養、無知が服を着て歩いているような人間なので、やれ旅行だというと安直に城か寺社仏閣を探してしまう。
地図も読めない方向音痴で、旅行先で効率的に観光する能力値も甚だ低く、酒も嗜めず、旅行をするのにはたぶん向いていない人種だ。

そんな自分でも、観たことない場所で知らないものを見るだけで満たされるのだから、旅行とはそういうものなのだろう。
日常からひととき離れた、非日常を楽しむのが旅行のメインの目的なのかもしれない。

自分で計画するプライベートな旅行はメインが必ずあるので良い。それさえクリアすれば後はおまけだ。

ここ最近、自分には引き出しが少ないんだと感じた理由に「出張が重なったこと」がある。

ホテルも交通費も会社持ちなので、「せっかくなら仕事終わりにひとつ観光でもしておいで」と上司が声をかけてくれた。
なるほど、たしかに行って帰ってではもったいない。仕事が終わればプライベートなのだから、楽しまねば損だ。とはいえ行先は決まっているので、その付近でうまく帰れる時間で観光可能な範囲になる。

多くはご飯を食べるらしい。そこに地酒がついて立派な旅行になるが、残念ながらわたしは酒が飲めない。そのうえ食事に対しての興味もそこまで高くない。

そうなったときに安直に寺社仏閣か城を探すのだ。歴史の教養もないのに。
楽しみ方としてはおそらくもったいないはずだ。もっと最大限楽しむには知識が必要だ。それが教養というもの。
でもわたしは歴史が得意ではない。仕事で遠路はるばる飛ばされて、好きでもない歴史をいやいや勉強してから城にも寺社仏閣にも臨めない。怠惰な人間なのだ。

今のところそれで楽しめているし、城も寺社仏閣も本物を目の前にすれば、どれも似たようなもので飽きる、ということもない。ただ大きさや、その柱や建材が過ごした年月を感じて、感動するばかりだ。
それでいい、問題ない、楽しめていると思う。

思うんだけど…計画している時点では「遠出をするとなったときに、真っ先にお城か寺社仏閣を探す自分のレパートリーのなさ」みたいなものをふと感じてしまうのだ。

みんなはまず何を探すのだろうか。何を目的に定めるのだろうか。何をしにどこへ向かうんだろう。
自分でない誰かがいれば、ここも気なる!と言ってもらえるのに…無趣味、無教養、無知だからこそどこへ行っても新鮮で、なんでも楽しめるのに…。

そうはいっても出張は仕事であって、メインは業務だ。そんなに100%旅行として楽しむ必要もない。
ちょっとご当地を感じて帰れれば100点なのだろう。

出張が重なったことで、なんとなく腰が軽くなった。行って行けないところはないのだな、プライベートでも行きたいな、などと思うようになった。

京都は日帰りでも楽しめる。大阪は飛行機のほうが腰が楽。静岡と宮城は思ったより近い。兵庫は遠い。思ったより遠いところも近いところもあった。
現金しかダメなバスがあったり、聞いたことない電子マネーがはびこっていたり、電車の路線がわからなかったり…知らぬところはストレスもあるけど刺激と好奇心がある。

翻って、知ってる場所での出張業務もまた夜中や明け方など見え方の変わる場所もあり、すべてが経験値となるようで面白くもある。

乗り物酔いでグロッキーになるときもあるけども。
酔い止めはアネロンがおすすめ。気持ち悪くなってから飲んでも効果がある。

みんなはどこになにを目的に定めるんだろうか。
だれかの旅行記でも探してみようかな。

おまけ

お土産を買うということがあまりない。都内でも買えちゃうしな…がまず出てきてしまって、買えないものは送れない食べ物だったりするし。
いい!これ!ってものは送れるんだけど、土産って自分も知らないものだし…。

でもこの前友人からお土産が届いて。そうだった、山梨行ってたんだった、と。そのお知らせみたいでとてもうれしかったので、今度があったら買ってこようと思った。

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