噺家の矜持

月に一回、数人のグループで集まる趣味の会合に出席している。メンバーは放送、出版、芸能関係の人たち。ほとんどがオッサン。私ですら年齢的に真ん中なんだから、この国の高齢化社会を凝縮したような会だ。

いや、会合は会うための口実みたいなもので、みんな終わってからの飲み会での雑談を楽しみに集まっているのだ。
とはいえ、私はアルコールを飲まない。見渡すとざっと半数はソフトドリンクという実に健全な会で、こうなると酒席での雑談というわけでもなく、ただたんに雑談を目的に集まっているようなもの。純粋雑談集団だ。

メンバーの中に噺家さんが一人いる。年齢は、六十代前半くらいか。もちろん真打。前からお名前は知っていたが、高座を見たことはない。私はこの会合で知り合った。

さすが噺家さんだから話題が豊富、いつも賑やかに喋って座を盛り上げてくれる。あの師匠にはこんな話がある、あそこの一門にはこんな風変わりな弟子がいる、あの噺家にはこんなしくじりエピソードがある・・・など落語界の裏話だ。
会合のメンバーには落語ファンが多い。落語の演目はツーカーで通じるし、過去の名人上手のことも知っているし、メディアにはあまり出ない玄人好みの噺家さんのことも知っている連中だから、みんな話に食いつく食いつく! 毎度大笑いしたり、へ~と感心したりだ。

***
先日、その噺家さんが過去にちょっと変わった状況で落語をやったことがあるという思い出話をしていた。
噺家はだいたい、このジャンルでの鉄板ネタを持っているものだ。客が少なかった高座の話とか、珍しい場所でやった落語会とか、お客さんにコワイ業界の方がいてビビった話とか……。
私は途中からその話の輪に加わったので、発端は聞き逃した。どうやらある落語ファンから、
「ウチのおばあさんのために一席やっていただけませんか?」
という依頼があったという話のようだった。
それだけなら、さほど珍しくないだろう。

「そのおばあさんの希望で?」
「いえ、息子さんからの依頼です。おばあさんは…つまりその方のお母さんはもうお年で病に臥せっていて…」
「ああ、好きな落語を聞かせて元気づけてほしいと?」
「いえ、おばあさんは亡くなってるんです」
「え?」

私は驚いた。
「どういうこと?」
「亡くなったおばあさんの枕もとで一席やってほしい、という依頼です」元々おばあさんに聞かせようと依頼したが、残念なことに予定の日に亡くなってしまったのか? それとも亡くなってからの依頼なのか?
事情はよくわからない。

どちらにせよ、亡くなったばかりならまだ魂は部屋の中に漂っているだろう。たしかに、枕もとで一席やってくれれば、おばあさんの魂は好きな噺家の落語を聞いて喜ぶに違いない。
なんとも粋な依頼じゃないか。
「で、どうしたんです?」
「やりましたよ」
「へ~~」
依頼する方もシャレがきいてるし、それに応えて一席やる方もシャレがきいてる。私はさらに興味シンシンで、なんの噺をやったのか聞きたかった。しかし他の誰かの言葉で話題はべつに移っていき、聞きそびれてしまった。酒席でよくあるパターンだ。

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