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ゆっきゅん『ログアウト・ボーナス』

それまでTwitterで見かけて印象に残ってたくらいだったゆっきゅん。
「Y2K新書」というポッドキャスト番組でお喋りを聞いているうちにどんどん好きになっていったゆっきゅん。
『Re:日帰りで』という曲を鬼リピしたゆっきゅん。
そんなゆっきゅんが『ログアウト・ボーナス』という新曲をリリース!
今日はその話をします。


『ログアウト・ボーナス』、この曲は「無職のグリーン車喉越しが違う」という歌詞で始まる退職転職ソング。
まずログアウト・ボーナスというタイトルからして素晴らしくないですか。

「逃げてもいいんだよ」「辛くなったら休んで」というフレーズよくありますが、その上を漂う労りとか慈しみをギュッとまとめてこちらにふわっと放ってくれるような優しい泣けるフレーズ。



私は最初この歌を聞いて、ログアウトして空白に透明に向かう歌だと思いました。
それまで仕事でぱんぱんになっていた心を一旦空っぽにする歌。
だから帰りたい場所すらも「見つからない」し、「誰にも何も思われたくない」し、「名前も知らない」し、「忘れてみよう」。

空白で透明に向かう歌といっても、それは私じゃない誰かに生まれ変わることでもない。
とりあえず空っぽになっただけ、空っぽにしただけ、というのがまたいい。

疲れた心や何かでいっぱいになってしまった心を一旦空っぽにする歌で、リズムやメロディも軽快で、聞いてると綺麗な空気が流れて気持ちが軽やかになる曲。

そんな印象を持ちながら、何度も聞いているうちに「名前も知らない綺麗な山」が視界に入って、「名前も知らない綺麗な山」として意識に留まったのは、他者の文脈を受け取れるようになったということで、それって『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』に出てきたやつでは?と気づき、そこから派生して色々考えた結果、分人主義にもつながるのでは?と思い始めました。


『なぜ働いていると本が読めなくなるのか?』という本には、社会が全身全霊で働くことを求めてきており、それに応えると仕事以外の文脈、仕事以外の情報が含まれてるものを接種することが辛くなってくる、本も読めなくなってくるし、他の趣味もできなくなる、家事や育児を余裕を持ってできなくなるという働き方の危機感が書かれていて、それを避けるために半身で働きませんか、という提言がなされています。

仕事で心がぱんぱんになってると他の文脈や他者の文脈が入ってこない。仕事に人生を奪われてしまう。
そんな状態にあったのがこの『ログアウト・ボーナス』の主人公でしょう。

歌詞にある「名前の知らない山」が見えてくるのは、それまで目に付かなかった、仕事以外の他者の文脈が見えてくるということで、「あの人今だけ忘れてみよう」というのは今までの文脈を忘れてみようってことと読み取れます。

仕事の文脈から離れると、他者の文脈が見えてくる。
今までの文脈から自分を切り離して、他者の文脈の中に身を置いてみる。
それが歌詞の「フードコートに同い年がいない」という部分でもあり、MVの平日の電車や公園でもあります。


この曲のMVは大人がでんぐり返しをするところから始まります。
他にも、仕事をしてたらできそうにないこと、いい大人や所謂ちゃんとした社会人だったらできそうにないこと、道端に忘れられたスケボーに乗ってみるとか、電車の中でアイスを食べるとか、仕事をしてたらノイズになってしまうこと、仕事以外の文脈になることをやっているのです。

このMVの主人公は、仕事以外の分人を解き放ち、自由にのびのびさせています。仕事に全身全霊になっていると、それだけになってしまう「いい大人」「ちゃんとした社会人」ではない、自分を解き放つから、歌詞にある、「私の裏側」が生き始めるのでしょう。


分人というのは、芥川賞作家の平野啓一郎さんが提唱している考えで、例えば「大学の同級生の前と小中学の同級生の前ではキャラが違う」という時の、その「キャラ」のようなもの。『ログアウト・ボーナス』でいうところの「私の裏側」であり、「名前も知らない山」が見えてくるような私です。

『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』では、「半身で働きませんか」という提言がありましたが、それはこの分人主義と関連するところがあると思います。
その提言は「仕事以外の分人をもっと大切にしませんか」という風にもいえるなと思いました。

全身全霊で働いて、仕事以外の文脈(趣味、家庭、友人等)がノイズになってしまい、仕事に人生を奪われ、全私が仕事の分人になってしまうような生き方ではなく、半身で働いて、仕事以外の文脈の中にも身を置いて、いくつかの分人を持つ。

生まれ変わりはしないけれど、私の裏側が生き始め、私の色んな側面がきらきらと輝いて、ひとつの側面が他の側面と照らし合わせるような、そんな私でいる。

この2冊の本とこの1曲からは、そうした私、そうした生き方が見えてきます。



誰にもなにも思われたくないっていう歌詞は他者の文脈に取り込まれたくないってこと。

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