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モリス・バーマン「世界の再魔術化」を読んで、どんな家を建てるのか


なによりもまず本書が1981年に書かれたということ。驚きというか嘆息というか、予言の書というか。奇しくも私の生年と同じなので勝手に感慨深い。

完結に言えば錬金術を最後に「参加する意識」を失くした西洋世界の精神の全体性について書かれている。「参加する意識」とは自分を包む環境世界と融合し同一化しようとする意識のこと。自然の一部である人間としてその不思議な生命力の世界に畏怖と共感を持ちながら人間は生きていた。(p.15-16)

前半は「魔術」が消えていく過程が描かれる。
中世の世界観は時間も円環的、静的であるが、17世紀以降には直線、前進していくものだった。時間をポケットに入れて、時計は宇宙自体のメタファーになり、時をお金のように扱っていく。魔法が解けていく。

中世の人々にとって、一生のうちのさまざまな出来事は、季節がめぐるように、規則正しい円環を描いて順番に起きるものだった。直線的に時間が流れるという感覚はこの世界には無縁であり、したがって時間を測定する必要もあまりなかった。(中略)時間が過ぎ去ってゆくというこうした新しい強迫観念は、16世紀においてきわめて顕著になる。「時は金なり」という格言もこの時代に生まれたものだし、懐中時計が発明されたのもこのころである。時はまさに、金と同じように、手のなか、ポケットのなかに持っていられるものになったのだ。時をつかまえ制御しようとする精神こそ、近代科学的世界観を生んだ精神にほかならない。p.62-63

ものごとの捉え方、時間の認識の仕方など本来、それぞれの人や環境によって大きく異なる。大きく異なるはずなのに、均質にしようとしているのが近代における経済中心、科学に基づく思考を中心とする社会で、私たちはそれに慣れすぎてしまっている。その揺り戻しは、コロナウィルスの蔓延やロシアによるウクライナ侵攻のような近代の資本主義、個人を尊重する民主主義の綻びにも見て取れる。

モリス・バーマンは本書で、近代以前の人間が持っていた世界との一体感を、近代以降あまりにも軽視してきたせいで閉塞状態に陥っていると1980年代にすでに述べている。そして精神と社会の安定を取り戻すには、主体と客体を分けるのではなく、自他をつなぎ交感していくことで獲得できるホリスティック(全体論的)な視点が必要と説く。バーマンは、近代以前に戻り錬金術的な方法で世界とつながるのではない新しい提案を、特にグレゴリー・ベイトソンを引きながら紡いでいく。

バーマンの主張する主体と客体の一体化(註6)を軸に考察すると、さまざまなアートプロジェクトの理解を深められるのではないだろうか。私の場合はたとえば、「総合芸術作品に向かって」というゼーマンの展覧会を理解するときに大いに役立つと思っている。また、このnoteの元の原稿が永岡大輔の「球体の家」についての論考なのだが、それを理解するヒントにもなった。いかに身体の感覚、精神をつくりかえ、自然を支配するのではなく世界と一体化するか。思春期のときに、闇夜や海にいる孤独な自分が世界そのものであると思った全能感のような、アレって大事な感覚で、錬金術を超えた人間の本質にある魔術的感覚だったんだな、って思う。

もはや近代におけるアーティスト像の個の意識も限界を迎え、アートワールドすらも誰かが支配したり、スタープレイヤーが競争したりするのではないんだと思う。2022のドクメンタが、コレクティブがかき回すように、アートワールドも変わっていくタイミングなのかもしれない。

ところで本書の終わりはベルリン博物館の「魂のなかの反逆者」というパピルス文書で締められている。この時代に自我を発見してしまった誰かの手記なのだが、この自我意識というものも時代によって変容し「豊かな人間文化にとっても、自我意識は必須のものでは決してないのであり、究極的には有害でさえあるかもしれない(p.364)」私たちは「上下さかさまになった世界(p.364)」にいて、新しいタイプの人類に変容している退化・進化の最中なのかもれない。魔術・再魔術を超えたこの結論こそが人間の謎に真に迫っているものだと思う。

そして彼方にたどりつくとき、その静けさのなかで私はおまえの上におりたつだろう、そのときこそ私たちはひとつとなり、家となるだろう。p.365

この場合の家とは?死を眼前にしたとき(あるいは死につつあるとき)の自我なのか、そこでやっと世界と一体化するのか?その感覚は前回のnoteで書いたクラヴェルの洞窟の家みたいな…シュヴァルの理想宮みたいな…ことなのかもしれない。

(追記:少し飛躍するが、先日ジャック・アタリがロシアについて、民主主義に転換すべきでそうするためにみんなが手を貸していこう、粘り強く、というようなことを話していたが(ETV特集 ウクライナ侵攻 私たちは何を目撃しているのか 海外の知性に聞く) 、それは西洋のエリートの考えでもはや民主主義とはなにか、を世界の知性であるあなたに語って欲しいと思ってしまった…。)

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