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美を求める代償

 わたしは重度のドライアイだ。どんなに対策をしていても角膜の表面に傷がつく、角膜がめくれてしまう「角膜びらん」に襲われることがあり、かかりつけの眼科医には「なるべくコンタクトは使わないほうがいい」と言われている。

 だが顔立ち的にメガネがあまり似合わないため、できれば人と接するときはコンタクトを使いたい。その折衷案として、ワンデーコンタクトレンズをできる限り人と会う最寄り駅の化粧室で、コンタクト装着液を使用して装用し、解散したらすぐ取り外すことにした。

 プチ潔癖の自分には公共の場でコンタクトを装用するのが気が引けるが、念入りに除菌ティッシュで拭くなどして対策をしている。コンタクト装着場所までの移動時間を含め20~30分ほど早く行動しなくてはいけないし、ワンデーコンタクトもコンタクト装着液もお金が掛かるし、メガネなども持参せねばならず荷物も増えるが、すべて仕方がない。そこまでしてでもコンタクトを使いたいのである。

 というわけで各駅&各駅ビルのお手洗いに立ち寄るのだが、どのパウダースペースのカウンターでよく見かけるのが、細い透明や黒いテープだった。

カウンター溶けてることあるけどあれなに?

 このテープが厄介だった。黒いほうはなんとか取れるけど、透明なほうはなかなか取れないし、粘着部分にはゴミや化粧品の粉が付着している。これは一体なんなんだ? という疑問がよぎりつつもそれ以上に「汚い」という不快感が勝り、その正体を追求することはなかった。

 だがずっと気になる存在だったのかもしれない。ふとしたときに、もしかしてあれはつけまつげ用のテープなのではないか? と仮説が立った。すぐに検索してみると、見覚えのある黒くて細いテープがたくさん出てきた。どうやらグルーテープというらしく、黒いためアイラインとしての役割も果たしているようだ。

 じゃあ透明のは? と考えて数秒、「アイプチテープ」で検索した。これまた見覚えのある、だけど自分が知っているものよりも綺麗なものがたくさん出てきた。アイプチは糊ではなくなっていることを、このときに初めて知った。

 つけまつげテープもアイプチテープも、二重で睫毛の量が多くそれなりに長いわたしには無縁のアイテムだった。最近の女子はこんなに取れにくいテープを、身体の中で最も皮膚が薄いと言われているまぶたに貼っているのかと驚いた。肌の負担になるのではないか、年老いたときに目元がたるみやすくなるのではないかとも思ったが、きっとこれを使っている人たちはそんなの承知のうえなのだろう。それでも二重と長い睫毛を手に入れたいのだ。

 自分にとって当たり前のものほど、ほかの人にとっては喉から手が出るほど欲しいものなのかもしれない。コンタクトを駅のパウダールームで装用するわたしは、メガネが似合う人や角膜が強い人がうらやましい。天然パーマのわたしは、ストレートヘアーの人がうらやましい。ヘアアイロンは髪の毛が傷むから使わないけれど、痛んでもストレートヘアーを求めてヘアアイロンを使う天然パーマの人もいる。そもそもお化粧だって肌の負担になる。そうやって自分の身体をすり減らしながら、みんな美を求めている。

 寝起きの自分よりも少しでも見た目を飾れたら、ちょっとでも上を向ける。わたしがパウダールームで見掛けるあのテープたちも、そんな女子たちの勲章なのだ。そんなことを考えながら、今日もわたしは「お願いだからこんなとこに貼り付けないでちゃんと捨ててくれ」と、駅のパウダールームのカウンターにこびりついた使用済みテープを除菌ティッシュでこすり落としている。

最後までお読みいただきありがとうございます。