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(劇評)自己紹介は難しいけれど

(劇評)自己紹介は難しいけれど
LIRY Project 01 in KANAZAWA『4xPersonne』の劇評です。
2018年7月21日(土)14:00 金沢21世紀美術館 シアター21

 自己紹介は難しい。新年度などに見知らぬ人達の前で、自分というものを数分で説明せねばならないのが、いわゆる自己紹介だろう。私はこういうものですと、人前に差し出せる「私」は、どうあがいても私の一部分でしかない。あるいは、自己紹介用に準備した、特別な私であるかもしれない。

LIRY Project 01 in KANAZAWA『4xPersonne』は、自己紹介をテーマとしたパフォーマンスである。演じるのはダンサーの4名。彼らは、開場時、普通に客入れをし、知人と親しげに話をしたりなどしている。客席は中央を広く開け、左右と後ろに半円状に椅子と、その前方に座布団が並べてある。前面にはスクリーンが表示されている。ロレンツォ・デ・アンジェリスが、大きな身振りを取りながら客席に客を案内していることに、他の客が気付き始めた頃から、会場はパフォーマンスのモードへと移り変わっていく。中川郁英から、この作品が3週間で作られたことなどの説明があり、14時を待ってパフォーマンスは始まる。

 始めは中川と横谷理香が動き出す。ゆっくりと中川の手が伸び、横谷も動く。二人は触れ合わないが、全く呼応しない動きをしているわけではない。互いに、相手について手探りをしているようだ。しばらくすると、山田洋平とアンジェリスが現れ、中央付近で仰向けになる。「右脚を開く」など、山田の声に合わせて、4人は体の位置を変えていく。同じ指令でも、4人の体の形はそれぞれ違っている。
 その後、4人がそれぞれ一人で踊る時間がある。山田は、三角形の和などについて語りながら、その語りに添うような動きを取る。中川は自身の内側から何かを引きずり出すような動作を見せる。アンジェリスは体の芯を外へと押し出していくような動きを。横谷は、速度のある動から静へと瞬時に移動する。皆、中にある「私」をなんとかして外に出して、形のあるものにしようとしている。

 アンジェリスのソロパートの前に、質問コーナーがあった。アンジェリスを知るために、前もって用意した質問へ彼が答えたことを、客が当てる、という主旨である。アンジェリス以外の3人はマイクを持ち、客席とコミュニケーションを図ろうとする。しかし、フランス人であるアンジェリスには、3人が話す日本語も、スクリーンに映し出された日本語の文字もわからない。耳にした単語の音に合わせて、体を動かすのみである。
 いわゆる自己紹介は、言葉によってなされる。名前を名乗り、出自や趣味などを話す。しかし、言葉の壁がそこにあったならば、どうすればいいのだろうか。身振り、手振り、表情、そういった体からの発信を行うしかないのではないだろうか。そんなことを考えていたからか、その後のアンジェリスの動きと、言葉にならない叫びが、誰より強く自己紹介をしているように思えた。
 
 彼らは途中、客席まで寄り、観客とコミュニケーションを取ろうとする。突然の接近に観客は戸惑うが、演者の動きに反応していた。その後、4人がそれぞれに言葉をつぶやく場面がある。そこで中川が人との距離感について話していた。その距離は、近づけてみたり、引いてみたりしてみて、意外と遠いほうがよかったりすることもある。距離感は実際に体を動かして、近づけてみないとわからない。言葉巧みに近寄られようとも、言葉にならない何かが足らない、あるいは過剰な場合に、私達は違和感を覚えるのだろう。

 自己紹介は難しい。言語に優れているほうが有利だが、言語と同時に非言語で自然に発しているものも、私達は敏感に読み取っている。私が伝えたい「私」以外の私が届いてしまうこともあるかもしれない。それはしかし、言語の壁を越えて私達が理解しあう可能性を持っている。

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