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(劇評)幻想より出でしもの

エイチエムピー・シアターカンパニー「金沢ナイトミュージアム BUNGAKU Night 泉鏡花 『高野聖』」の劇評です。
2018年8月11日(土)19:00 泉鏡花記念館

 拍子木の音に合わせて演者が動き、止まる。コマ送りのようなその動きの中、止まった時の表情を、体つきを、こちらを凝視する目を、直視してもいいものかと思えてしまう。

 エイチエムピー・シアターカンパニーによる『高野聖』が、作者である泉鏡花の記念館にて上演された。格子戸のある白壁を背景にして、下手側に語り手と役者達が控える。客席の後ろには、泉鏡花父子像が見守っている。
 始まる前に、泉鏡花記念館の学芸員、穴倉玉日さんより、『高野聖』についての説明があった。この作品が書かれたのは、鏡花が師の尾崎紅葉の下にいた頃だそうだ。そして、同じ金沢出身者の山越えの体験談を元にしているという話があるそうだ。

 高安美帆の優しい語り口で物語は始められる。気付くと上手より、坊主(竹内宏樹)が、拍子木の音に合わせて進んでくる。この坊主は信州・松本を目指し、飛騨の峠を越えようとしている。その途中、茶屋で坊主は嫌味な薬売りに出会う。薬売りは山道の険しい方へ歩いて行ってしまう。百姓によるとその道は正しくないようだが、薬売りを放ってはおけない。坊主は薬売りの行った方に向かうが、大量のヒルに出くわし、血を吸われ、大変な目に遭ってしまう。
 ここで高安が客席の前へと出てきて、ヒルについて話しだす。口に何十もの歯があり、噛みついたら血を1時間も吸いつづけるという。ヒルのまねなど客にさせてみて、物語へと戻る。

 坊主は孤家(ひとつや)を見つけ、助けを請う。そこには婦人(おんな・原由恵)と、婦人を「嬢様」と呼ぶ親仁(おやじ・森田祐利栄)、体に障害がある女の亭主、次郎(森田祐利栄)がいた。婦人は坊主が孤家に泊まることを了承し、体を洗うために川へと連れていく。坊主の世話を焼き、体を洗うことを手伝おうとする婦人と、それを拒めきれずにいる坊主との、ストップモーションがライトに照らされて、ひどく艶めかしい。
 坊主は婦人と亭主と共に食事を取り、そこで一夜を過ごす。夜が明けて坊主は出発するが、婦人のことが忘れられずに戻ろうとする。そこに親仁が現れて、婦人の正体について語り出すのだ。

 手の届きそうな場所にいる彼らは、確かな肉体を持ち、動いている。生きるために欲を持った「人」そして「人ならざる者」である彼らの姿がひととき、幻想の物語から具現化していた。

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