海外協力隊活動日誌🇩🇴97日目「プエルトプラタ編」
今日の振り返り
今日は7:00に学校を出発して4時間かけて、
プエルトプラタへ。
ドミニカ共和国の歴史ツアー(社会科の授業に同行)
行きのバス内で各町々の開発事情について
先生から説明が。
正直、サントドミンゴで日本って名前はそんなに聞かないのだけれど、地方に行けば行くほど「日本」が出てくるのがドミニカ共和国。
ドミニカ共和国はフルーツやお野菜が今急速に急成長してるわけなんだけれど、ここには日本人の活躍が。日系の人たち、それからJICAの人たちが関わっていることを、今日授業で知った。
そして、すごく嬉しく思った。
こうやって、この大学の社会科の学生たちは
日本人がこの国の発展に大きく関わってだことを知って、日本に対してすごくいい印象を抱いてくれているのだな、と。
タイカ?とかコイカ、中国やアメリカの話ももちろんあるんだけれど、日本の話がとても多く感じたのは、私の思い入れのせいだろうか?
でも、どの町でもjaponésの話がでていて、本当に嬉しくなった。
わたしも少しでもドミニカ共和国の教育が良くなったよって言われるような何かのかけらにでもなれたら嬉しいと思った。
頑張らねば。
プエルトプラタに着いて初めに行ったのは
Casa Museo General Gregorio Luperón
ドミニカ共和国にも戦いがあったことを知り、
それがプエルトプラタだったことを知った。
校外学習のコースとしての学びを含んでいるので、
徒歩で周辺の歴史的場所を巡り、Fortaleza de San Felipeへ。
ドミニカ共和国の人たちが外国船の見張りをしていたところで、今はとても綺麗だった。
お昼は14:00。
これもドミニカ共和国ならでは。
食事が遅い。
お昼はドミニカ共和国料理のモフォンゴを注文。
私の知ってるモフォンゴじゃない!笑
オシャレモフォンゴでした😎
その後はイザベラへ。
コロンブスがたどり着いた地で、
コロンブスが住んでいた町。
小さなアメリカを作ったそう。
サントドミンゴにあるのはコロンブスの息子の家で、本家はイザベラ。
ドミニカ共和国の歴史の中でもコロンがすごく大切なことがよく分かった。
海に沈んでいく太陽がとても綺麗で
心が洗われる気がしました。
スペイン語のシャワーを浴びすぎて
学びも多いけど、
疲弊もするわけで、
自然と戯れて少し回復。
明日、明後日は久々何もない連休。
13連勤、頑張った私に乾杯。
ここから帰宅。
4時間の旅。
明日もがんばる!
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