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おかえりモネとアオハライド(後編)⑬

 前回の記事にも書いたように「アオハライド」は双葉と洸という2人の運命で結ばれているソウルメイトの「すれ違い」をテーマにした王道少女漫画である。何度も何度も二人が思いを確かめ合いそうな瞬間があっては「すれ違い」が続く。もどかしいにはもどかしいが、二人の心情が吹き出しに言葉として描写されているので、読み手によって解釈が異なるという事態は起きない。双葉と洸が運命の相手であることに異論がある読者はほぼ出現しない。でも、おかえりモネにおいて、モネの気持ちはほとんど表に出ない。「先生と離れたくないって思ってしまうんです」も、菅波への愛情だと取る人も一方で、私には一人で抱えきれない痛みによって縋りついてしまった心を病んだ人の行動と映るという解釈の齟齬が生じる。

 またドラマ内で菅波とモネのやり取りに放送時間の多くの時間を費やし、亮が出現する時間は最小限に抑えられてきたから、余計に視聴者の中で、画面に映ったものをそのまま素直に受け取る人とそうでない人と正反対の見方をして亀裂が深まるという現象が生じているのがtwitterに寄せられる感想を眺めているとよくわかる。

 さて、今日は、前回に続いてアオハライドとおかえりモネの比較、今回はザ当て馬キャラである冬馬と菅波の意外なほど多い共通点について論じたい。

共通点1 主人公の悩み(痛み)の原因の外側にいて、悩んでいる主人公を丸ごと受け止めようとする

 アオハライドにおける冬馬は、双葉がちょうど、洸とトラウマを共有する人物である成海の出現に思い悩みはじめた頃に、彼女の心に寄り添う存在として頭角を現す。アオハライドにおいて、双葉の悩みは、洸が双葉に心を閉ざしたこと、また洸が過去に深く囚われてせっかく前に向かって動き出した洸の時間が止まってしまうのではないかとう懸念だ。おかえりモネにおいて、モネの痛みの原因は、「私が守りたいのは、この幼馴染みたいな私の大事な人たちなんです」「もう大切なものを失くして悲しんでる人は見たくない」というセリフからも明らかなように、その大元は亮である。亮の喪失、そしてその喪失に対して何もなすすべを持たないということがモネの深い痛みの原因であり、菅波はそれに対して「あなたの痛みはわからない、でもわかろうとすることはできる」とモネをまるごと受け止めようとする。

 主人公の悩みの外側にいて、その悩んでいることを丸ごと受け取めそこに寄り添うことでヒロインとの距離が近くなるというのは、わりと当て馬キャラの王道である。たとえばドラマの「恋よつづくよどこまでも」で佐藤健演じるドS医師天童の同僚、来生先生はまさにその典型例で、上白石萌音演じる新米看護師七瀬の悩みに寄り添うことで急速に七瀬との距離を縮めた。

 アオハライドで冬馬が双葉に告白するのは、双葉が洸に振られてい落ち込んでいる時だ。冬馬は双葉の心の中に洸が居座っていることを知りながら告白する。双葉が冬馬たちのバンドの練習を友人と見に行った帰りに二人きりになった際のことだ。双葉は自分自身への自己嫌悪から街路樹の植え込みのの所に座り込んでうつむいている。

 双葉「区切りつけて前に進むために、(洸に)振られにいったはずなのに、ハッキリ振られれば、心は自由になれるって思ってたのに、全然自由じゃないや。結局、今も洸に執着して、全然自由じゃない。前向きってわかんない、何をすれば前向きなの」

 するとうつむく双葉の顔の目線になるように、冬馬が突然、道に直接ひざまずく。そう、ちょうど菅波が合鍵を渡した時と同じポーズだ。

 双葉、首をあげて

「どうしたの?制服汚れちゃうよ」

冬馬 「やっとこっち向いた。そのままでいいのに、作ったりしないそのままの吉岡(双葉)さんでいいよ、吉岡さんが向いてる方が前向き、それでいいじゃん。今みたいに前を向いたら、そのままの吉岡さんがいいって言う奴がいるのに」「強気な吉岡さんも弱気な吉岡さんも、行ったり来たりして、だけどその度に自分なりに前へ進もうとする吉岡さんが俺は好きだよ」


共通点2 揺れる主人公の心に響く、しかし直接、核心はつかない気の利いた言葉をかける

冬馬はしばし、揺れる主人公の心の寄る辺となるような双葉の心に響く言葉を言う。例えば、5巻で、双葉が成海の出現に戸惑い、洸が双葉に距離を置きだしたことで不安になっている時に冬馬がいう言葉などがそうだ。弱気になったり強気になったりを繰り返す自分は全く成長していないと悩む双葉に、冬馬はこう言う。

「変化って揺らぎのなかからしか生まれないでしょ。だから吉岡さんが強気と弱気を行ったり来たり揺らいでるんなら、変わってると思うよ。みんなそうやって少しずつ変わってくんじゃないかな。(中略)どんどん揺らげばいいんじゃない?すっごい揺らげば、思っていなかったような、新しい何かが見つかるかもしれないよ」

ここで大事なのは、その時のヒロインに響く言葉でありつつも、決して問題の核心をついてはいけないということだ。問題の核心について触れてしまうと、どう頑張っても双葉の中から洸の存在が消えないということなのだが、そうすると冬馬に勝ち目は全くなくなる、なので、ヒロインにとって今聞きたい言葉であり、それでいて核心に触れさせないということが大事なのである。菅波先生もあなたの痛みを僕にはわからない、でもわかりたいというが、決して、あなたの痛みの原因はこの間、汐見湯で来た彼なのですね、とモネに向かって言うことはない。未知にあんなに感情的にその思いをぶつけられても、具体的に核心には触れず、やんわりとまるっと受け止める。

共通点3 相手役に比べて人物の背景に関する描写が薄い

これは当て馬あるあるであるが、概して当て馬キャラの人物の背景像は薄い。冬馬君がバンドでボーカルとギターをやっていること、姉が二人いるらしいこと、成績が50位以下に入ったら音楽活動を辞める約束を両親からさせられているらしいこと、冬馬を囲む友人グループなどの描写は漫画の中でされているが、洸が背負っている傷や、洸の家族の背景にいたるまで、きっちり描写されているのと比較して冬馬の背景の描写は非常に薄い。それは菅波先生にも共通している。あれだけ画面に出ているのに、どこの出身地なのか両親が今も存命なのか、兄弟がいるのかを視聴者は知らない。サメが好きなことと光太郎さんと呼ぶ母がいる事、そしてトラウマとなったホルン奏者の話以外、視聴者に菅波の背景は、ほとんど明かされていない。

共通点4 他の人が呼ばない呼び方でヒロインを呼ぶ

 菅波は、当初から長い間ずっとモネのことを永浦さんと呼び続け、抱擁のあと2年半の歳月が経って今は百音さんと呼んでることが明らかにされた。百音さん呼びは怒られてるみたいでいやだ、モネでいいって言ってるじゃないですかと言われても「他の人と同じ呼び方はつまらない」と頑なである。この菅波ズムが、俺たちの菅波派には胸キュンポイントでもあるらしい。

 アオハライドにおいても、ほとんどの男子同級生が双葉のことを「吉岡」と呼びつけにするのに対して、冬馬は一貫して、双葉と付き合うことになってからも「吉岡さん」と呼び続けている。

共通点5 告白(プロポーズ)をしながら、ヒロインの気持ちを聞かない

モネが、気仙沼から帰宅し、宮本のホルンの演奏を聞いた後でモネは、島に帰ることを決断したと菅波に告げる。

菅波「気仙沼と東京かぁ、、、、、。」

モネ「また遠いですね、、、、」

菅波「結婚は、保留だね」

普通の男なら、ここで、島に帰りたいのはわかった、でも君は僕たちの関係に対してどうしたいの?僕は東京に戻ることを決めたけど、君が気仙沼に帰るというのはどのくらいの期間のことなの?3年くらい?そしたら東京に帰ってくるの?それとも僕に気仙沼に来て開業してほしいの?君のライフプランの希望を聞かせてよ、僕のライフプランとすり合わせて実現可能な道を二人ですり合わせよう、となる。いくら奥手で控え目なカップルだろうがいざ自分の将来の事となればそうなるのが普通である。でも菅波はそうしない、彼女が一生別居婚を望んでるのか、そもそも結婚する意志があるのか踏み込んでは聞かない。彼女が気持ちを吐露する前に「結婚は保留だね」と結論を下し、彼女がその場で結論を出す余白を断ち切ってしまっているのだ。

これは優しさであるように見えて、ある種の横暴さでもあると私は感じた。

冬馬の場合は、こうだ。冬馬に付き合ってほしいと言われ、その告白の答えをせかされた双葉はこう答える。

「洸と成海さんが一緒にいるところを目の当たりにして、今更なんだけど、やっと目が覚めたかな、、、とは思う。だからって急に全部無くなるわけでもなく、、、、全部無くなるには多分もう少し時間がかかっちゃう、、、と思う。でも菊地君(冬馬)にそうなるのを待っててとか言えないし、、、」

付き合ってという告白に対して、双葉のような答えを返されたら、自分は振られたとあきらめるのが普通である。だがここで、冬馬は双葉の心情を丸ごと受け入れるという横暴さで、彼女の気持ちの吐露を制圧してしまうのだ。

「じゃあ、やっぱり俺と付き合おう、だって俺、言ったじゃん。吉岡さんの心に今、誰がいたって負けないって。それごと全部引き受けるって」「俺なら絶対不安にさせたり泣かせたりしない。吉岡さんは今のまんま俺のとこに来ればいい」


共通点6 お付き合いが成立するのに森林組合のような外堀埋め隊の力を必要とする

 洸と双葉の二人が互いに対して持っている思いは、自発的に生じた内発的なもの、二人だけの胸に秘め続けた思いであるのに対して、双葉が冬馬と付き合うようになるのに、例えば先に双葉の友人の悠里が冬馬の友人と付き合い出したり、親友、修子も洸を断ち切って前に進むことを進めたりと、外部の手助けがあってはじめて双葉と冬馬はカップルとして成立する。モネと菅波の場合も、同様である。森林組合、そしてスーちゃんのお節介がなければカップルとして成立することはなかっただろう。

共通点7 ここぞという、大切な瞬間にしばしば忘れさられる

 菅波の初デートは亮の上京、そして亮の失踪により見事にモネの脳裏から消えてしまった。菅波がわざわざモネの誕生日前に上京してしたプロポーズも、地元を襲った竜巻による被害でモネが島に急遽帰ることになったため、中断され菅波は待ちぼうけをくらうことになる。

 双葉も、しばしば、洸のために冬馬を置き去りにする。その一例が修学旅行で長崎を訪れた時だ。長崎が洸のトラウマの地であることを双葉はずっと気にしていたが、ハウステンボス見物の日に、ハウステンボスから一人抜け出そうとしている洸を発見して、双葉はその背中を追いかける。園内から抜け出そうとする洸を止めようと慌てる双葉に洸は言う。

「一緒に行く?」と。

ダウンロード (2)

「俺の住んでたとこ、ここから結構近いんだ。だから新しい記憶を作りに行こうと思って。きのうの夕日みたいに。でも誰かと一緒のほうが心強いなって。今、思っちゃった。トモダチ代表ってことで一緒に来て。」

 双葉は前を向こうとしている洸の姿を見逃したくなくて、付き合っている彼氏がいながらハウステンボスを抜け出すことがどんな余波をもたらすかも考えずに、洸についていってしまう。そして、冬馬は双葉が洸と二人でハウステンボスを抜け出したことを知るが決してそのことを追求しない。冬馬の心情の吹き出しとしてこのように書かれる。

「馬淵とのこと、知ってたのに聞かなかったのは、吉岡さんを試そうとしたんじゃない、、、。単に聞くのが怖かったんだ、本当は最初からずっと怖いんだ、、、。」


共通点8 ヒロインと付き合いだしたのに、ヒロインは自分に好きと言わない

 アオハライドの12巻で、双葉は洸に気持ちを告げる前に、自分から冬馬に別れを告げる。自分の中から洸の存在を消したくないという、自分の強い思いに気付いたからだ。冬馬はこう答える。

「向き合おうって話し合った時からなんか分かってた。」

「向き合ったら、吉岡さんはこの答えに辿り着いちゃうって、、、。だから毎日ずっと怖くて苦しかった。」

「終わらせたくないのに、なんか今、ホッとしてる。でも苦しいままでいいから、終わらせたくなかったな。こんな辻褄の合わない気持ち、はじめて。」

最後、去っていく双葉の後姿を見ながら冬馬の心情がこう吹き出しに添えられる。

「吉岡さんは気付いてたかな、、、、一度も俺に『好きっ』て言った事なかったこと」

ザ当て馬「冬馬」君と、菅波先生の意外なまでの共通点の多さに、書いていて自分も驚いたほどだ。それ以外にも、スキンシップが唐突であるとか、いろいろあるけれど、キリがないのでここまでにしておく。最後に、成海のことを簡単に突き放せない洸に、親友、小湊が一喝するセリフが秀逸なので、引用してこの記事を締めくくりたい。

「うぬぼれんな。自分の幸せ考えらんねー奴がほかの誰かを支えてやれるなんて、思いあがってんじゃねーっつーの」

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