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おかえりモネとアオハライド(前編) ⑫

 おかえりモネについて悶々と考えていると何故か、少女漫画の名作アオハライドの中の様々なシーンが目の前によみがえってくるという現象が私の中で何度か起きて、なんでアオハライド?と思われる方は多いかもしれないがおかえりモネの中に描かれる主に恋愛関係をアオハライドになぞらえると意外にもピタリとはまる。なので今日は、気分転換におかえりモネをアオハライドになぞらえて考察してみることとする。

 まず大前提として、おかえりモネもアオハライドも共に「すれ違い」をテーマにした物語である。このnoteを読んで下さった読者の中にはアオハライドを読まれたことがない方も多いと思うので簡単に説明すると、漫画アオハライドは咲坂伊緒先生が書かれた王道少女漫画で、その根強い人気でTVアニメ化及び実写映画化もされて、世界各国の言語にも訳されている大人気の少女漫画だ。私は去年、コロナで自宅で過ごす時間が増えた時に出会い、電子漫画で購入した後、あまりに好きで全巻紙でもそろえてしまったほどだ。

 アオハライドの主人公は、吉岡双葉と田中洸(高校時代は馬淵洸)という2人のソウルメイトのような男女で、中学の同級生である。男子嫌いで知られていた中学時代の双葉にとって洸だけは特別な存在であり、洸にとってもそれは同じだった。密かに思い合っていた二人は、夏祭りに共に行く約束をするが、約束の三角公園の時計台の前に洸は現れない。洸への思いは双葉の中でずっと心の奥に封印したまま、双葉は高校に入学し、そして馬淵と苗字を変えた洸が同じ高校に入ってくるところから物語がはじまる。

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 アオハライドの中で洸は心にトラウマを負った存在として描かれる。あの夏祭りの日の淡い約束を守らなかったのも、両親のいざこざから離婚に発展し、洸は母親についていくことになり長崎に急に移り住むことになったからだ。その転校先の長崎でしかも、母が不治の病に侵されていることがわかり、母の末期に洸は一人なすすべもなく、母に寄り添い続けやがて母は亡くなってしまう。母が亡くなって、洸は元の自宅、つまり父の元に戻ってきたが、今だに母の旧姓を名乗ったままである。つまり、母を失くした、そして母の死に対して自分は無力であったという意味で、洸と亮には共通するものがある。

 洸にはりょーちんと違って、非常に健全な思考の持ち主である兄がいて、しかもその兄が洸と双葉の高校の先生をしている。登場シーンは少ないが洸の父も穏やかで安定した存在として描かれている。そこが亮と大きく違う。洸は心の傷を、自暴自棄になる、家族の団欒の時間を拒むといった形で、こうした抵抗で表現できる。亮は、新次がアル中で荒れているのでそれはできない。一人強くピンと張り続けなければならない。そして洸は高校で双葉に再会したので、2人が同じ時を刻めるという点では大きく違う。

しばし心を閉ざす洸について双葉が洸の兄である田中先生に言う言葉が秀逸だ。

双葉「せんせーい、せんせーい! 洸くんがまだ心の扉を開けてくれませーん!! ダミーの扉はバカバカ開くけど、本当に開けて欲しい扉には二重に鍵がかかってて…」
田中先生「それはちょっと違うかな …鍵穴どころかドアノブも作り忘れたから、お兄ちゃんも困っている…」

双葉「だったら、ぶち破ってやる!」

 卒業文集を渡しに行った時、あるいはバス停で亮になんかあったら電話かメールでも話聞くからと伝えようとした時、モネはこの時の双葉と同じような気持ちだったのかもしれない。ただ亮のどこに扉があるか見つからなかったのかもしれない。

 アオハライドにおいて、洸は亮と同様に非常にモテる存在として描かれている。双葉はモネと同じようにモテる洸に対してニュートラルな接し方をするけれど、双葉がクラスで親しくなった友人、悠里はその逆だ。ぶりっ子であることが何が悪いのだ、可愛くあって何が悪いというキャラクターの悠里は双葉より早く「馬淵君が好き」をアピールし、悠里から洸が好きと打ち明けられた双葉は自分の胸に秘めた思いを口に出せなくなる。勇気を出して悠里に双葉が自分も洸を好きだと打ち明けた後も、女の子の可愛さ全開で抜け駆けするように悠里は洸に告白し、そしてあっけななく振られる。明日美はもっとカラリとしているが、年一回告白し続けたという、明日美の亮への接し方を彷彿とさせる。

 上記の悠里の洸への告白なども乗り越えて、双葉と洸が急接近しようとしたところに、双葉にとっての最大の障壁が現れる。それは洸とトラウマを共有した人物の出現である。中学で長崎に転校した折に、一人東京から田舎に越してきた洸をクラスになじみやすい雰囲気にしてくれた元クラスメート成海の存在だ。成海と洸は共通点が多い。同じように両親が離婚していて、成海は父親と二人で暮らしていたが、父が同じく重い病に侵されていた。二人はよく病院で鉢合わせしていた。その成海の父が亡くなり、東京の親戚の元に引っ越してきて、洸は再び深くトラウマの方に強く引っ張られる形となる。成海が、自分には洸しかいないと深く縋ったからだ。そして成海の気持ちがわかりすぎるほどわかってしまう洸も成海を突き放すことができない。

 双葉は成海に言う。「成海さんといると洸はまたあの頃に引き戻されちゃう。洸の時間が止まっちゃう。洸を解放してあげて」と。しかし成海は言う。「今、私のそばにいてくれる理由が同情でもなんでもいい。どうしても洸ちゃんがほしい。そのための手段ならなんだって使う」と。普段なら洸の閉ざした扉を蹴飛ばしに行く双葉も、この時ばかりは、洸に占めるトラウマの存在の大きさに、そしてそれを共有できなかった事実にひるんでしまいできない。

 亮は洸とは違う。亮は鋼のメンタルを持っているのかと思うほど強い。モネに2年半前に拒れてもきちんと今モネに伝えるべきことから逃げない。でも、未知のスタンスは成海と似ている。「お姉ちゃん、津波見てないもんね」は亮とモネを分け離す言葉だった。これまでどうしても二人の間の特別な空気感、二人のつながりの強さに勝てなかった未知にとって、はじめて手にしたトランプのカードでもあったと思う。もちろんあの時、家族の中でただ一人、痴呆気味の祖母と島に取り残されたその心細さ、その間に幼馴染に起きたことそれらすべては簡単には癒すことのできない大きな傷を彼女に与えたことだろう。でもそのトラウマを、モネVS亮+未知の線引きに使ったことで、彼女は過去に閉じ込められることになる。亮が苦しい中でもどんど前を向こうとしているのとは逆のエネルギーだ。彼女が発した言葉によって亮のそばにいることは可能になった、そしてモネは島を去った。でも亮と未知の距離は縮まったものの、幸せそうには見えない。そして彼女は、私は島がいい、東京より島がいいと言いながら、どこか自分で自分に言い聞かせているようであり、どこか悲しそうで苦しそうだ。過去に縋っているので、過去に縛られている。

 モネが東京行きを決意したことを伝えに気仙沼に帰ったシーンを思い出してほしい。

「私、あの日島にいなくてみんながとても大変な思いをしている時に一緒にいられなかった。(中略)島に戻れて、中学校でスーちゃんたちに会って、やっとみーちゃんに会えた時、みんな無事で本当にうれしかった。でも、なんかがもう違った。あの数日間でわたしとみんなは見たものも経験したことも違ってしまって、そのことがだんだん後ろめたさみたいになって、ここに溜まってきて苦しくなった。わたしは何してんのって。あの時、何もできなかったっていう思いは、島にいるとその思いから抜け出せなくてそれで兎に角、島を出たいって。でも今は、自分にもできることがあるかもしれないって。気象はね、未来がわかるんだよ。未来が予測できるってことは、誰かが危ない目にあうの止められるのかもしれないってことで、もしも、そんなの無理かもしれないけど、この仕事で、誰かを守ることができるなら私は全力でやってみたい。大切なものをなくして傷つく人はもう見たくない」

 モネの最後の大切なものをなくして傷つく人はもう見たくない、という言葉に、父と母と祖父は大きくうなずくのに、未知だけが複雑な表情をする。モネは高校の3年間、無力感を噛み締めていた3年間に終止符を打ち、具体的に何かを打破しようと動き出し、島を飛び出した。大切なものをなくして傷つく人を見たくないと未来へ乗り出す旅だ。過去に縋っている未知と大きな違いだ。亮と共有した過去の一点に縋っている未知には、姉の真っ直ぐさは眩しすぎたのでではないだろうか。

 そしてトラウマを共有したものだけが、トラウマを持った人を救えるわけでないというのもこのアオハライドではちゃんと描いている。洸が親友、小湊に語る次のセリフだ。

「俺、この間、貧血でぶっ倒れたじゃん?俺、消毒の匂い、ホント無理。病院、、、母親が入院していた頃のしんどい事思い出すからさ。あの姿はちょっと思い出すのキツイいんだけど、保健室も消毒の匂いすんじゃん。あん時も案の定そんな風になってたら吉岡(双葉)が入ってきてさ、俺がすげぇ、しんどい気持ちになってんのに、おかまいなしに自分の指のケガの手当し始めたんだよね、あいつ。俺それ見たらさ、めちゃくちゃホッとしたんだよね」

 この時、双葉はまだ洸が自分より成海を選んだと思っていて、洸が実は成海と付き合っているわけでないことを知らない。洸が双葉への秘めた思いがありながら成海が縋ってくるのに線引きできないことを親友、小湊は「そういう同調の仕方すんな、そういう楽の仕方すんな」と怒り、洸も「そういう楽の仕方は違うな」という事に気付く。でも一度、双葉からの告白を断ってしまった以上、成海との事にけじめをつけてから双葉に思いを告げようと考えるが、また2人はすれ違う。双葉の揺れる思い全てを優しく受け止める男、つまり当て馬君である冬馬が猛スピードで双葉と距離を縮めるのだ。そして外堀を埋められる形で冬馬と双葉は付き合うことになる。冬馬と双葉が仲良くしてるところを見るのが癪で、いつも双葉の近くを通りすぎる時は、大きな声で笑っている姿を見せるという事を洸が繰り返すようになり、それを双葉は成海さんのおかげで洸がよく笑うようになったのと勘違いする。そして成海さんに対してこう言う。

「洸ね、最近学校でもよく笑う。それって成海さんが洸と一緒にいてくれるからかもって思って。」

 成海は双葉と離れてから、思う。そう言えば、洸ちゃん、私といる時、笑っていたかな、と。そして、私ってこんな奴だっけ。もっと明るい奴じゃなかったっけ、と。

 成海に向かって放った双葉のセリフは、第13週でモネが未知に言った「でも、違くてもね、みーちゃんはりょーちんと同じ方向を見てる、それってりょーちんにとってすごく心強いと思うよ」と似ている。そして、双葉にも洸の笑い声が実は嘘っぽく聞こえていて、それを打ち消すかのようにこうした言葉を発しているところも、妙に白々しく響く上記のモネのセリフと呼応する。

 アオハライド全13巻のうち成海さんが登場したのが5巻で、洸が成海さんに、もう側にはいられないと告げたのが12巻だ。洸がもう成海のそばにはいられないと告げると成海は言う。「洸ちゃんのこと誰よりもわかってあげられるとは、吉岡さんじゃなくて私だよ、私の気持ちをわかってくれるとも洸ちゃんしかおらんとに、、」しかし、洸は双葉が自分の気持ちの真ん中にあって動いてくれない、それが自分の現実だと答える。

 第20週、りょーちんを、りょーちんさんからりょーくんと呼ぶようになった未知は確かに亮との距離を詰めていた。でも結局まだ亮の心の奥深くに踏み込めないところがあることは、「きれいごとにしか聞こえない」と真っすぐ言い放った亮のモネへの眼差しを見ればわかる。そして二人のやりとりを見ている未知は、東京に行きたい理由を家族にモネが告げた時と同じ目をした。

 何はともあれ、長くなってしまったので、今日はここまで。次回は当て馬冬馬君と菅波の意外なまでの共通点について書きたい。










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