【コロナ】ワクチンパスポートと人権問題を繋げて考えてみた

日本にワクチンパスポートの導入がされるかもしれないと聞いた。

「ついにそういう時代になってしまったか」

「ついに人間の選別が始まってしまったか」

私は確信した。

私はワクチン反対派とまではいかないが、できることなら打ちたくないと思っている。ワクチンに関して十分に説明されていないというか、自分自身まだワクチンがどのようなものかわかっていないので、そんな得体の知れないものを体内に入れたくはないなぁと考えているからだ。だって、ニュースを見ても「三回目を打たなきゃいけない可能性もある」と言われていて、そんな「可能性もある」という曖昧な表現をされているワクチンである時点で、信頼できるものか、打てるものか、と思っている。しかし、今は自ら希望をしなきゃ打たなくてもいいけど、きっと今後ワクチンが「強制」になることは目に見えている。そして私のような社会的身分が低い人は、逆らうことはできないんだろうな。基本的人権の一つ、「選択の自由」が損害される未来が、いつかやってくる気配を感じているのだ。

そして、きっと多くの人が疑問を持ちながら、ワクチンを接種しているんじゃないかと思う。疑問を持ってない人でも、とにかく「国に指示されたから」接種してる人がほとんどなのではないかと。

そんなワクチンだけど、最近もう嫌で仕方がないことがある。

他人に「ワクチンうった?」って聞かれること。

もうどの人にも聞かれる、もはや挨拶になっている。カフェやレストランにいっても、ワクチンの話がよく聞こえてくる。

聞きたくなる気持ちもわかるけど、知ったところでどうするんだ。ワクチンに関しては、現時点では強制されるものではないと思っているし、強制するものでもないし、自分の体のことだから、自分の選択だと思う。でも打ってないと「打ったほうがいいよ」とか、「えーまだ打ってないの」とか、否定的な答えをもらう。まるで差別をされているかのような気分になる。ひどい時は「ワクチン二回目打ってから会おう」と言われた時、「ヤバイ、こんな時代になったんだ」と震えてしまった。

ここで私は、ワクチン接種者とワクチン未接種者の「分断」が今後、世界で、少なくとも日本で発生するのではないかと思った。

そこでやってきたのが「ワクチンパスポート」

もう「分断の発生」が確定されたことを、確信した。パスポートの登場は「分断」の象徴に過ぎない。ワクチンパスポートなんて、国が国民を管理するような行為じゃん。現代の日本でやるはずがないと思っていたのに…こうやって、人権はなくなっていくんだなと思った。

コロナウイルスが感染拡大したなんて、地獄の始まりに過ぎない。本当の戦争はここからなんだと思った。今後もっと強烈なウイルスが出てきて「ウイルス VS 人間」の戦いが始まる、と予想する人もいるが、私は違うと思う。ワクチンパスポートの誕生、それによる不公平な世の中の誕生で「人間 VS 人間」の戦いが起きると思う。まさに地獄は始まったばかりなんだ。

今後、日本は社会主義国家になって「ワクチンパスポート」を通して国民を支配して、管理していくのかもしれない。ワクチン未接種者は行動が制限されて、人権損害にあたるくらいの不公平な世の中が出現するかもしれない。少なくとも、そのような現実がじわじわやってきているのを感じる。

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