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エロ記事と堕胎願望に夢幻泡影を見る──【書評】市川沙央『ハンチバック』

どうも、ライターのミキオです。今回は、ハプニングバーの超有名店「×××××」に潜入取材してまいりました。ではさっそくレッツゴー。
ペアーズでマッチングしたワセジョのSちゃんと肩を並べて入店。(待ち合わせ場所に先に着いていたSちゃん、ニコッと笑った顔が在京キー局の最初から完成された新人美人アナみたいで可愛い。黒いタートルネックニットに包まれた胸はEカップ!)
(中略)スモークガラスに手を突かせて立ちバックでSちゃんを何度もイかせている商社マンを横目に見ながら、踊り狂うサンバには観客が必要だ、と俺はリモコンに手を伸ばす。一瞬でクリアになったガラスの向こうには片手を忙しくする地蔵たちが群れをなしていた──。

 主人公はこんな風俗店体験のWEB記事を執筆したのち、人工呼吸器のアラートを聞きながら、吸引カテーテルを突っ込んで溜まった痰を吸い出す。彼女は井沢釈華、ライター登録アカウント名はBuddha、43歳。ミオチュプラー・ミオパチーのために湾曲し潰れた体で、両親が設立したグループホームに両親の億単位の現金遺産と不動産収入をもって、記事執筆で稼いだお金は寄付をしながら、「涅槃に生きている」。中2で体が呼吸に耐えられなくなってからずっと。涅槃──煩悩を滅尽して悟りの智慧を完成した境地、生死を超えた悟りの世界。

 彼女は、「両親とお金に庇護されてきた私は不自由な身体を酷使してまで社会に出る必要がなかったから、私の心も、肌も、粘膜も、他者との摩擦を経験していない」と感じ、「紗花」というアカウント名のTwitterで「生まれ変わったら高級娼婦になりたい」「普通の人間の女の子のように子供を宿して中絶するのが夢です」と書き込む。

 この背景には、彼女が有名大学の通信課程で学んでおり、目下卒論の準備中だという理由もある。卒論に書こうかと考えているのは、障害者を生みたくない女性団体と殺されたくない障害者団体の間で障害女性の尊厳が踏み躙られ続け、障害女性のリプロダクティブ・ライツが認められた1996年にはすでに堕胎が一般化して障害者殺しはカジュアルになっていたという事実だ。「だったら、殺すために孕もうとする障害者がいてもいいんじゃない? それでやっとバランスが取れない?」。彼女はそう考える。

 そのツイートをグループホームの介護士の田中が見ている。釈華は田中をインセル(経済的・非モテの結果としての独身)だと内心揶揄しつつも、1億円を支払うなら妊娠させてやると仄めかす田中を「弱者同士」だと共感的に見、実行しようとする……。

 本作のラストは賛否が分かれている。これまで一人称で語ってきた釈華の物語は、実は風俗嬢の「紗花」が「中学2年の時に兄が殺した障害のある相手を主人公に、紗花が描いた物語」だったと語る部分だ。しかし、ここは大いに評価されるべき、鬼気迫るラストだ。紗花はこう語る。
「中学2年だったあの頃も私は毎晩のようにうなされていたけれど、今でもずっと考えている。その人が最後の日まで思っていたことと、その人が最後の夜に見ていたもののことを。
 私が紡いだ物語は、崩れ落ちていく家族の中で正気を保って生き残るための術だった」

 ここでの「その人」は、紗花の語りとして読めば釈華だ。しかし釈華は「紗花」というペンネームでTwitterやエロブログを書いている。ラストの部分は釈華による、紗花を語り手にした釈華殺しの話とも取れる。すると、上記引用部の「その人」を、ここまでほとんど語られてこなかった、平均年齢よりも早くに揃って他界している釈華の両親、もしくは母ととらえることもできるのではないか。そうすると、釈華の卒論の動機だけでなく、全てを夢幻泡影と捉えようとする意図がくっきりと見えてくるだろう。作者は、ミオパチー当事者である。

(想定媒体:「月刊住職」持ち込み、または地方文芸誌・同人誌持ち込み 1564文字)


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先日、翻訳者向け書評講座に参加しました。上記はそこで提出した課題を手直ししたものです。

講師は書評家の豊崎由美さん。課題は、チャック・パラニューク『インヴェンション・オブ・サウンド』か、自由課題かのどちらかを選んで800字〜1600字で書評を書くというものでした。

そこで私、ぶっちぎりの最低点をとりまして。0点連発の最低点。それが上記の手直し前のものです。なぜ0点連発だったかといえば……自由課題がまるっきり自由ではなく、翻訳ものという縛りがあったから。ガーン。最近、あんまり翻訳の仕事をしていないから、翻訳者向けの書評講座だということを忘れていたよ。

今回はちょっとメンタル弱まり中だったので、めちゃ恐ろしげなパラニューク『インヴェンション・オブ・サウンド』はパスしたかったし、芥川賞候補作が発表になる前に文學界で「ハンチバック」を読んで、「これは推すでしょ」と思ってうきうきと提出したのでした。しかもお坊さんに読んでもらいたいと思って、めちゃはりきって「『月刊住職』持ち込み」とか書いてしまった(笑)。

『ハンチバック』、いいんですよ。読んでね。

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