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【1989年100日旅】20日目。モスクワ

20日目。一人でモスクワ大学の寮の中庭に出ると、前日遊んだ「おもちゃのからす」君だけがいて、私に「こっち、こっち」と誘ってくれた。門を乗り越え、塀をすり抜けて彼が連れて行ってくれたのは、いつも見ているモスクワ大学とは反対側の広大な池のスペース。今は雀が丘と呼ばれているらしいけれど、当時はレーニン丘という名前だったらしい。

中庭の小さなスペースとは違い、広くて明るい。噴水からは水は出ていなかったけれど、樹々は柔らかな緑色で水面がキラキラ光り、足元の芝には白い花が咲いて美しかった。二人で池の周りを歩いて、木の下に座る。シロツメクサがたくさん咲いていたので摘んで花輪を作り、それを投げあったり、共通言語もないのにおしゃべりをして、光る水面を眺めた。

大人になって確信したけれど、言葉のうまく通じない男女が、五感に心地よい場所にいると空気はすぐに甘くなってしまうものだ(それは困ることでもある)。私はやせっぽっちでぺったんこの11歳だったけれど、いろんなことをわかっていた。

しかし、気づいたら帰らなくてはいけない時間になっていた。その日は母とバレエを見にいく約束をしていたからだ。良い感じの雰囲気の中、急に立ち上がって走り出す私を見て、「おもちゃのからす」君はさぞびっくりしただろう。もちろん説明する努力はしたけれど、「ママ、バレエ、夜!」と繰り返すだけだったから、伝わらなかっただろう。

その後、ちょっとおしゃれして母と二人でボリショイ劇場でバレエ観賞へ。演目は「ガイーヌ」。ハチャトリアンの「剣の舞」が使われる演目で、バレエダンサーの皆さんの身体能力はすばらしかったけれど、ストーリーはよくわからなかった。

のちに調べたら、「ガイーヌ」はソ連の集団農場コルホーズの話だった。コルホーズ! ソ連に対するスパイにはからずも協力してしまって苦悩するけれど、最後には問題を克服して幸せなコルホーズ生活を続けるという、THEソビエトなプロパガンダ作品。それをバレエでやるなんて、さすがソ連だ。「知り合いの日本人が沢山来ていたけれど、つまらなかったようでKさんは途中で帰った」と日記にあった。

そんな感じの20日目。旅は残り80日。

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