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なぜデンマークにきたのか。

山があって、スキーが出来て、英語圏だと思っていたデンマーク。なぜこんな北まで来ることになったのか。もう100回以上話していると思う。デンマーク人にもよく聞かれる。

新聞の切り抜き

大学は女子大で、英文学を専攻していた。英文学が好きだったわけではなく、英語が得意で、受験したのが国際関係学科と英文学科。ご縁があったのが、英文学科だったのだ。なんとも安易な進路選び。大学の授業は、あまり面白くなくて、他の人に比べると英語も大して得意ではなかった。他大学のサークルに入るのが主流で、多くのクラスメイトは都内の「テニサー」(夏はテニス・冬はスキーをするサークル)に入った。ワタシは、高校の同級生を訪ねたのが縁で、上智大学の「わかたけサークル」というボランティアサークルに入った。毎週土曜日の午後、目黒区の養護学級(当時)の子どもたちと遊ぶサークルで、ワタシは大学4年間の大半をサークルに費やした。その間に、大学の掲示板でみつけた、東京日野社会教育センターのボランティアにも参加するようになった。夏は海、冬はスキーに行く子どもキャンプのボランティアリーダーだ。デンマークに行くまで直前まで続けた。サークルでの子どもたちやご家族との出会いから、障害のある子どもたちと接する仕事をしたいと考え、養護学校の教員を進路に選んだ。卒業旅行はオーロラを見にスウェーデンの北極圏へ。まつげも鼻息も凍る寒さの中、オーロラを見た。卒業旅行から帰国した成田空港で、カフェに入りふと新聞を広げたら、「デンマークで、日本人が校長のフォルケスコーレ開校」という記事があった。なんだかドキドキして、気になって、新聞を切り抜いて手帳にはさんだ。そして卒業旅行の2ヶ月後から、都内養護学校の中等部で英語の先生をはじめた。

デンマーク視察の旅

ボランティアリーダーとしてお世話になっていた、日野社会教育センターは、赤ちゃんからお年寄りの生涯教育を担う、ユニークな社会教育施設。学びの旅も数多い。その中のひとつが「デンマークに学ぶ 高齢者福祉視察の旅」だった。学生の頃から、福祉や教育に興味の合ったワタシ、気にはなっていたけれど、何しろ旅費が高い。そして就職してからの貴重な夏休み、他に行きたいところがたくさんあった。当時の館長さんに何年も誘っていただき、就職3年目の2000年、旅に参加することにした。これが、ワタシの人生の転機、いや出会うべくして出会ったか。

旅に参加することを決めてから、手帳に挟んだあの切り抜きのことを思い出した。視察旅行の一行より先にデンマークに行き、学校を見学しようと思った。学生の頃から、いつか留学したいと思っていたのだ。館長さんに相談し、現地在住のNさんを紹介していただいた。そして新聞に載っていた学校の代わりに、英語で勉強できるIPC(International Peoples College)を紹介された。2−3日早くデンマーク入りし、IPCを見学した。夏のよく晴れた気持ちのいい日で、空が高く、街は活気づいていた。IPCは夏休み中で生徒がいなかったけれど、建物が青空によく映え、ワクワクする感じがして、「いつかここに来たい!」とすぐに思った。視察旅行は、高齢者施設、精神障害者施設、幼稚園、保育園、高校、特別にアレンジしていただいた特別支援学校と、盛りだくさんだった。一週間ビッチリお勉強。行く先々で、パンチを浴びる感じ。何もかもが新鮮で、考えさせられることが多くて。高齢者のご夫婦のお宅にホームステイしたのも、大きな経験だった。彼らはほとんど英語が出来ず、電子辞書と絵でコミュニケーションをとった。英語が出来ないのに、よく私達を受け入れてくれたと思った。そして、初めて訪れた家なのに、とっても居心地がよかった。座り心地の良い椅子に座って、のんびりしたこと、テラスでゆっくりお茶をした事を覚えている。デンマーク人の暮らしぶりを垣間見たこのホームステイは、貴重な経験で、デンマーク人のことをもっと知りたい!と考えるきっかけになった。

きっと戻ってくる

旅の終わりには、「デンマークに戻ってきたい。」「きっと戻ってくることになる。」と思った。本やネットで情報を得ることは出来るけれど、彼らの暮らしや価値観を知らないと、国を支えている制度や法律は理解できないと思ったのだ。その年、ワタシは中学部1年生の担任だった。帰国後、悩んだ。友達や同僚とたくさん語り合った。パッキングの達人Hちゃんがバイト先の先輩から聞いたという「何かをやらない後悔より、やった後悔」という言葉が、ぐるぐる頭を回った。「行かなかったら一生後悔する」とまで思った。そして生徒たちが卒業する2003年春の退職を決め、準備を始めた。ワタシは英文学科卒業で、社会福祉には疎かった。日本社会事業大学社会福祉学科の通信教育を受講し、留学に備えた。退職の決心が揺らがぬよう、2003年の4月に、社会福祉実習をいれた。神楽坂にある、ビネバル出版でデンマーク語も習った。準備万端、2004年1月13日デンマークにやって来たのだ。


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Tusind tak!:トゥーザンタックDK語で「とってもありがとう」
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世界一幸せな国デンマークに住んで16年。公立特別支援学校で教員してます。デンマーク人でコックのM、サッカー少年12歳T、クリエイティブ少年K8歳と、首都コペンハーゲンから北35キロ海辺の街に在住。友人2人とmormormorというユニットを組んで、日本でおはなし会開催。

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