お金で解決できない絶望に出会った事ついて
この半年間、諸事情で発達特性を持つ息子を自宅保育しながら在宅勤務(夫婦交代で出社)していた。
昔は、子が病気で登園出来なくなった数日間でさえ、仕事しながらの育児にアタフタと辟易していたというのに、これを半年間休まずやることになった。
これが相当参った。
かなりきつかった。
息子は一人遊びができないタイプの子なので、数秒PCで仕事しては息子の相手をする、youtube等に目を向けた数秒仕事に戻っては息子に呼ばれ・・・これを1日中やっていた。
この苦行とでも言える毎日を、半年間。ずっと。
私は凹みやすいタイプではあるが、これまで精神まで病むような経験はあまりしてこなかった。
だが、今回はダメになりそうだった。
結論、無事切り抜け休職期間にありつけた訳だが。
この時の辛さをわざわざ思い返して文章化することすらしたくないので詳しく語る気はないが、分かりやすくいうと、本当に自宅20階のベランダから飛び降りてしまおうか思った瞬間があった。
ただ本当にキツかったのは、そのようなしんどい精神状態であったことそれ自体ではなく、最早どんな方法を持ってしてもこの状況を今すぐ解決できないと気づいてしまった事だった。
(今のなっては仕事をブッチして辞めてしまうなどあったね。死ぬよりマシだよね笑)
昔から思っていた事なのだが、長い人生どこかで死になくなるほどの絶望に直面したら、有り金ほぼ使う勢いで好きな事しようと考えてた。
ありきたりな発想ではあるが。
私の趣味は海外旅行なので、仕事辞めて、とりあえず500万くらい持って、世界中の行きたいところを訪れて、好きなだけ色んなもの見て食べて、そんなことすればなんだが解決しちゃうんじゃないか?
しなかったとしても、それをせずに死ぬよりマシじゃん!!って思ってた。
でも現実は違って、
母子分離不安で発達特性のある息子を置いて、仕事も辞めて、何もかも捨てて豪遊なんて出来なかった。
死ぬほど絶望してるなら、やってしまえと思われるだろうが、母性的なものやや育児の責任感とは、それに直面しもがいている最中、簡単に捨てられるものではなかった。
そんな訳で、あれ?この絶望感、お金で解決出来ないじゃん。っていう気づき自体が救いようのない絶望だった。
今こうして文章化していると、いやいや分離不安といえどもシッターでも雇ってふらっと出かけてしまえばいいじゃないか、親が死ぬより全然マシだろうが、と自分自身に幾らでもツッコミを入れられてしまう。
なので、その真っ暗な絶望感からはもう抜けられているという事なのだと思う。
よかった。
今はそれなりに元気です!
いえい!
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