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年の瀬にひとこと

四半世紀も生きていると、「人生で初めて」なんてそうそう起こらなくなるものだが、今年は人生で初めて煙草を吸った年だった。


もともと煙草は大嫌いな人間で、小さい頃は父親が吸っているのをしつこく止めにいくような子どもだった。だって、学校で煙草は身体に悪いって教えられたし、それで吸う方が悪いんだしと。

歩きタバコの煙も嫌で、友達とあからさまに嫌な顔をしたこともあった。大学生になって、ヘビースモーカーの友人に煙草やめなよと嫌な世話焼きをした。(結局その人はタバコと酒が生き甲斐だったから、暫く言い続けた挙句諦めた。)

社会人になって、一気に周りに煙草を吸う人が増えた。普段吸わない子たちも1本ちょうだいともらったりしてるし、喫煙室でのタバコミュニケーションには加われない。
気の迷いで私も吸ってみよっかなって同期に言ったけれど、「お前が吸うのは空気だけでいい」と酔っ払いに返された。


一度でも煙草を吸ったら、ダメな気がして。
肺が一度でも汚れると、もう戻れない気がして。
これまで煙草を吸いたいと思ったことはなかったし、絶対に吸わないんだって謎の強い気持ちで生きてきた。





ふと、私は何に意地になってるんだろうと思ったのは今年の秋のこと。
新人の後輩がしんどくなって、新しく就任したマネージャーが退職することになって、嫌な流れの雪崩が止められなくなっていっぱいいっぱいだった頃。

なんでかわからないけど、なんかもういいかもって思った。
なんか吸ってみようかなって思った。
なんで煙草だったのかわからないけど。
もしかしたらなんか変わるかなって思った。




いざ煙草を吸おうと思った時、真っ先に頭に浮かんだのはやっぱりあいつだった。
私の知り合いの中で1番のヘビースモーカーで、私が散々煙草やめろと言った相手で、誕生日にスターターキットとか言って煙草一箱とライターをプレゼントしてくるようなやつである。プレゼントはライターだけもらって、大学卒業時に丁重に返却した。

社畜を極めているあいつを飲みに引っ張り出そうと他の友人たちと説得して、就職してはじめて有給を使わせた。「事務の人にマジかよこいつって顔された」と話すあいつは、相変わらずしっかり社畜である。



昼から飲んで、3軒目に入ったあたりで言ってみた。
「ねえねえ、煙草吸ってみたい」


いざそうなった時に渋るのだから困る。
「大学生の時の俺だったら速攻で渡してるけど、今のお前に渡すのは罪悪感と責任感が〜」
とか言い出す。今更だがな。

何回か食い下がったら渋々1本くれた。周りにiQOS勢が増える一方で、流石あいつは紙煙草を貫き通している。以前から変わらない、白い箱のWinston。ミリ数は忘れた。





人生で初めて煙草を吸った。
人生の中で絶対一度も吸わないと心に決めていた煙草を吸った。

吸った感想
・煙草をカッコよく吸うのは案外難しい。
・煙たくてむせるとかいうのはない。
・1本吸ったくらいでニコチン中毒にはならない。

そもそも吸いながら火をつけるのが難しいし、肺に入れる感じがわからない。でも、口から上手に煙を吐き出せた時ちょっと嬉しい。
自分で吸うと案外臭いなと思わないもので、口の中が煙たい感じもなかった。あいつでも、他人の煙草の煙は臭いと感じるらしいのが新発見だった。煙草の煙ならなんでもいいのだと思ってた。

1本だけだとあまり上手になれなかったけど、煙草を吸ってる私を見て、あいつが罪悪感がどうとか言ってるもんだから、これ以上吸うのはやめておいた。




こんなもんかあ。
これまでずーっと頑なに守ってきたものは、自分の意思で呆気なく破れて、でも何か劇的に変わるとかいうこともなく、ひどい罪悪感に苛まれることもなく。

こんなもんかあ。そんで、多分、こんなもんかって思ってしまうような人間になってしまったんだろうなあ。



悪ノリがひどい友人たちだから、共通のグループに煙草を吸っている写真を送られたところ、飲み会に来てない友人たちから
「悪いものに染まらないでいてほしい」「元気でいて」「私は私でなくなった」「でも親近感わくよね」「今年一ショックだった」
と散々な言われようだった。



私は私なんだけど。
自分を律することもできなければ、口が悪くなることもあれば、たいして立派な人間でもない。
私だってそんな私のこと好きじゃないけど。




人生で初めて煙草を吸った。
だから何っていうわけでもなかったけれど、何も変わらなかったけど、もしかしたら気づいてないだけで変わったのかもしれないけど。

これを機に煙草をはじめてみるのもありかもしれないけど、悲しんでしまう人たちが、悲しんでくれる人たちがいるうちはやめておこうと思う。

そんな年の瀬。
明日からも私なりに生きていく。

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